12.それぞれのその後・男爵令嬢ミラ
どうしてこんなことになってしまったのか……ミラは沢山の書類や本を目の前にして、頭を掻きむしりたい気分に陥っていた。
学ぶこともさることながら、何よりも自分がしでかしてしまった結果を、今頃正しく認識したのであった。
そもそもの事の起こりは、父――デュボア男爵が子どもを探しているというひと言からであった。数年前に病気で立て続けに子どもを亡くしたデュボア男爵家。血のつながりのある子どもを方々探していたらしい。
一方、デュボア男爵家の使用人だったミラの母は、身籠っていることが男爵夫人に知られてしまい、身重な体で屋敷を追われて王都の下町に流れ着いた。
幼い子どもを抱えての生活は大変過酷だったようで、ある日数年の過労がたたったのか、風邪を拗らせてはあっという間にこの世を去ってしまう。
それからミラは孤児院に入り、数年を過ごしたのだが……
孤児院での生活はかなり辛く、ある日生き別れた父親だという貴族がミラを引き取りたいとやって来た時には、子ども心に酷く安心したのを覚えている。父親だという見知らぬ太った男に抱きしめられた時には、久々の肉親の温もりに涙が浮かんだ程であった。
大急ぎで最低限の貴族教育を詰め込まれ、貴族の通う学園に通うこととなる。
幸いミラは物覚えが良い性質であったため、問題なく知識を習得することが出来た。
ある程度大きくなった孤児院の子どもは、王都の店や工房の手伝いをして食料や給金を貰い、それを孤児院の運営費に充てさせられていた。
少しでも好条件で働けるよう伝統として、大きい子ども達から小さい子ども達に読み書き計算や簡単なマナーなどを教えられていたというのが大きいだろう。
それに、このくらいの勉強をこなす位であの生活から抜け出せるのなら何ということもない。
(二度と孤児院には戻りたくない)
ミラは懸命に教えられる全てを吸収して行ったのである。
貴族の人間は冷たい人間だと聞いていたが、そうでもないというのがミラの印象であった。
編入したての頃は遠巻きに見られていたが、すぐさま男子生徒たちの態度が軟化した。
基本、彼らは騎士道精神に則った考えの人種である。か弱い女の子が慣れない環境で健気に努力している姿を見れば、親切にしなくてはならないというものだろう。
女子生徒は女子生徒で、一部の選民意識が強い人たち以外は困っている者には手を差し伸べるという意識を持った人間である。ボランティア精神や『持たないものに手を差し伸べる』という意識を持った人々だ。弱いものには優しいし、目下のものには『施す』人種なのだ。
また、貴族社会への帰属意識が高いのか、同じ貴族は存外優しいものであった。特に高位貴族に比べ、彼らに無理難題を押し付けられがちな下位貴族たちは仲間意識が強いというのも大きかった。
なので、敢えてミラは弱い面を隠さずに見せた。出来ないものは正直に出来ないと言い、どうせ知られているのだから市井で暮らしていたことも隠さない。するとミラを慮ってか、興味があるのだろうに、必要以上に根掘り葉掘り聞いてくる人は一人もいなかった。
一歩外に出れば溢れているような話であるのに。可哀想にと言って心底哀しむ彼女達が、ミラにとっては不思議であった。
なので、素直に教えを乞い、学び、礼を言う。
市井にいた人間であり、貴族といえ男爵家であるので全く偉ぶりもしない。
可愛らしい見目も相まって、ミラはすぐさま学園に溶け込んで行ったのであった。




