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12.それぞれのその後・過去のアドリーヌ(エヴィ)

 言っても無駄とわかった。


 お互い情が深まることもないまま離れ、遠慮と溝が深まるのは仕方のないことだ。更にそんな人間に対して、王家に物申すような面倒なことは出来ないのだろう。

 実家でも自分が異質であることを身に染みたアドリーヌは、実家でのほとんどを大人しく与えられた部屋で過ごすことにしたのであった。


『はい』と『そうですね』のみを答えながら、アドリーヌは標準装備の微かな微笑みを湛えながら考える。


 実家へ「行かない」と言えば理由を聞かれるであろう。理由など言える筈がない。


 王家にも実家にも否を突き付ける言葉しか出て来ないからだ。それ以外の言葉で上手く誤魔化すことが、全くもってできる気がしなかった。結果、実家に滞在させてあげようという王家の厚意を無にすることになる上、満足に迎え入れられないのかと実家の面目を潰すことにもなるだろう。


 どうせ何処にいても異質であることには変わりないのだ。周囲の大人が納得できるように対応するのが、一番摩擦が少なく自分も楽であると既に彼女は気づいていた。

 お互いに過不足ない役割を熟すことが求められているのだ。


 面倒でなく簡単なものごと。たとえば何か必要なものはないかと聞かれた時に、女官に言われた『いざという時の逃走用ドレス』などの、必要なものをお願いすればいいだろう。


(負担でない程度のお願いをすれば、『離れて暮らす娘の為』になにかしてあげた気分になるものね。お金は大切だけど、伯爵家にとって質素なワンピース代など気にするまでの値段でもない筈だもの)


 それだって、して貰うことには変わりない。頼らなくていいなら誰も頼る必要がないのだ。

 何もできない子どもであることが酷く歯がゆい。

 子どもである自分には誰かに頼らねば生きて行くどころかワンピース一枚も、パンのひとかけらだって手に入れることは出来ないのだ。


 そういうことを考えれば、実の親というのは有難いものだ。無力な子どもが無条件で頼ったとしても、世間一般には育ててもらうことが当たり前と考えられているのだから。このくらいのものを強請ったところで、もっと良いものを買っておあげなさいと言われて終わりな範囲だ。


 現状が両親の責任ではないことは重々承知している。だが。


(陛下方も恩を着せる方々ではないと思うけど、それでも出来る限り余計な世話にはならない方がいい。何がどう転ぶかわからない……)


 望まれた上で王城で生活をしているのであるが、それ以上のものを受け取ると、いざという時に却って自分が身軽でいられない。


(まだ婚約者というだけで、王太子妃なわけではない。王子と一緒にパーティーへ出席したり、公務もしていると言えばしているけど……)


 支給される金品を受け取るのは当然の権利だとも言えるが、王城に暮らし一流の教育を受け、身に余る生活をしていると考えれば、それが対価と言われたとしても確かにとも思う。

 多分、アドリーヌが感じるよりも格段に名誉であり誉れである対応なのだ。


 それにもかかわらず、『これは労働の対価だ』と言って金品を遠慮なく受け取ってしまえば『受け取ったくせに』と何処からか心無い突っ込みが入るのは必至なのだ。

 例え陛下方が思わなくても、王城には沢山の人間がいる。隙を待ち構えている貴族たちも。



 権利を主張するのは当然ではあるが、面倒事に発展する可能性があるのならば出来得る限り避けたい。そちらには手を付けない方が、結局は自分の為だとアドリーヌは考えていた。



 ペンダントを不思議なおばあさんこと『おばば様』から受け取ってからは、本当に必要最小限のものにとどめることにした。王家から受け取ったものは覚書をつけ、ひとつも、一エーンたりともなく失くさないように管理する。


 友人もいない、外出もしないアドリーヌには見せびらかすドレスもアクセサリーも必要ないし、お小遣いも使うことはない。衣食住は充分な程に賄われているので、それらを使わなくても生活できてしまうと言える。


 小物を隠せるカバンを見つけてから、逃走――出来たならだが――する際に使う物を少しずつ集めることにした。父から貰ったお小遣いも、女官に見つからないようここへ隠すことにしている。見つかったところで本当のことを言えばよいだけなのだが、なるべく秘密にしておいたほうがいいという判断からだ。

 手札は出来る限り無いと思わせた方が上手く運ぶ。


 城の女官や騎士と一緒では出来ない逃走経路の確認のため、屋敷の侍女と一緒に出掛けながら街の様子をつぶさに確認する。大通りの様子、辻馬車のよくいる所、乗合馬車の発着場所。


 街へ出たいと言えば、普段王城にいて珍しいのだろうと納得するようで……お互い気詰まりな時間も減らせるということもあり、ふたつ返事で了承された。そこで年に一、二度父に頼んで中に着込む質素な既製品のワンピースを一枚だけ買う。


 仕立て屋を呼ぶと言われるが、普通の子どものように街で買い物をしてみたいからと言えば、深く追及されずに許された。お釣りを返せば、今度街へ出た時に好きなものを買いなさいと笑顔と共に握らされた。

 街での買い物は貴族の子どもの冒険のような位置づけらしい。


(……実際の親には、これ位なら貰っても差し支えないだろう……)


 アドリーヌの生活費は公費で賄われている。

 無論伯爵家では辞退と自家からの支払いを申し出たのだが、丁重に断られたそうだ。

 上の配慮を頑なに、必要以上に拒むのは無粋であり、場合によっては不敬でもある。

 勿論伯爵家でも、その分国への寄付や、王家とアドリーヌへの贈り物等、全く彼女に対してお金がかかっていないとは言わないが、手元で育てるよりも確実に少ない金額であることは間違いなかった。


 まさか、他人へ『離れて暮らす実の子どもに数千エーン、数百エーンをあげたのだ』といちいち恩を着せる高位貴族はいないであろう。居たら周囲から失笑されるだけだ。


「ありがとうございます、お父様」


 数少ない自由なお金を入手するチャンスだ。有難く頂くとする。

 将来、路銀や逃走用のあれこれの資金とすることにするのだ。


 心からの微笑みを浮かべていたのであろう。父も母も、嬉しそうに微笑みながら頷いた。

(悪い方々ではないのよね……)


 きっと普通に両親の元で育ったなら、弟と同じように愛情深く大切に育ててくれたのだろうと思う。捩じれてしまった関係に、心の中でため息をつきながらも仕方がないと結論付ける。


 幾ら乳兄弟でも親友でも、身分差は覆らない。どこかに染み付いて歴然としたそれが大きく横たわっているのであろう。

 物事には大小があり、更には断れること、断れないことがあるのだ。例え友人であっても、臣下としての対応を優先しなくてはならないことがあって。


 アドリーヌについては臣下として優先させなければならないことにあてはまったのであろうと結論付けた。幾ら泣いても嘆いても、駄目なものは駄目なのだから。


 待遇改善をするような根本的な対応を望むことは無理であると解っている今、出来得る限りで力になって頂こうと切り替えるのであった。

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