12.それぞれのその後・国王
加筆いたしました分を連投させていただきます。
全部で15話程になります予定です。
そんなこんなでエヴィが新しい生活を満喫している頃。
お隣の王都にて、取り残された人々がそれぞれ悲喜――いや、悲哀こもごもといった様子で過ごしていた。
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王城からアドリーヌことエヴィが去って二か月。表面上は何事もなく日常が繰り返されていた。
初めは王太子妃候補の婚約破棄に行方不明にと、かつてない醜聞に社交界も騒然であったが、社交界は常に新しい噂で溢れ返っている。
移り気でかしましいことこの上ない。
国王が迅速に事態を収拾する為に動いたことに加え、新しい情報が何も入って来ないことから、人々の関心は急速にエヴィの婚約破棄と失踪事件から移って行った。
現在は新しく王太子になるであろう第二王子の婚約者に誰が収まるのかという興味と、願わくば自分の娘をと画策する権力者の様子の探り合いが激化していると言ってもよい。
舌の根も乾かぬ内にと思うが、流石にあれだけの事を引き起こしてしまった手前、第二王子の婚約者には充分な配慮がなされるだろうという目論みもあるのだろう。
臣下の前では今まで通り朗らかな王妃だが、王の前では何処か沈みがちであった。
小さい時からよく知る娘が一人いなくなったのだ。王妃としては充分配慮しているつもりでいた。友人が少ない彼女が社交界でも充分に熟して行けるよう、自分の友人達に顔つなぎもしていたし、個人的に助けてやってくれるように頼み込んでもいた。
控えめで、何でもよく出来る未来の義娘。
折に触れて心を砕いて来たが、届いてはいなかったらしい。
(届いていなければ、結果、しなかった事と同じだわ)
そして多大な執務を背負わせていたことを聞いて、気付いてやれなかったことと、何故言ってくれなかったのかという気持ちとが綯い交ぜで、酷く苦々しいような哀しいような、そんな思いでいっぱいであった。
元々、王太子妃には様々な仕事と気苦労がある。未来の王妃となれば尚更だ。
かつて同じ立場だった王妃としては、少しでもその不安を払拭してあげたいと思っていたが、貴族の親子関係はなかなか密になり難い。
身分が上がれば上がる程、間に入る人間が多くなり距離が遠くなりがちだ。
それは実の親子であっても。
その上実の親子でないふたりは、どこまで踏み込んでよいのか頼ってよいものか、お互いに手探りであったと言える。
『なんでも言って欲しい』と本心から言ったとして、『そうですか、では』と何でもいう人間もいないわけで……嗜みがあれば尚のことだ。
そう言う以外に方法もない王妃の側も、言うに言えないアドリーヌの気持ちもよく解る王は、王妃の落胆に寄り添ってやることしか出来なかった。
「王妃……そう塞いでいては身体が持たないぞ」
「でも、アドリーヌは恐ろしい思いをしているのかもしれないのです。ただただ思うしか出来ないなんて、なんて不甲斐ないのでしょう……」
「…………」
王も同じである。自分の親友の娘を預かり、大切に心砕いてきたつもりであった。
同時に将来自分のあとを継ぐ第一王子には役目や役割を、事ある度に教えて来たつもりであった。その度、困ったようなイラついているような表情を見せていた第一王子だが、責任の大きさを自覚しての意識の芽生えと焦りからだと思っていた。
かつて彼と同じ立場だった王にとっては、王子の気持ちが手に取るように解る――と思っていた。
国王がずっと家族と一緒に過ごすことは難しい。執務に公務に、すべき事は山積している。
未来の王とはいえ、全てを国王自らが教授するわけではない。子ども達の教育はある程度は信頼のおける人間に任せていく事も必要だし、時間的にそうせざるを得ない。また、専門家の方がより詳しく、高度に教えることが可能な場合も往々にしてある。
気にかけつつ、任せた人間に様子を確認しつつ、将来息子が困らないように執務を少しずつ増やしていった。かつての自分がそうであったように。
教えているときには微妙な反応でありつつも、少し時間を置けばきちんと熟している事が大半だ。ちゃんと自分の立場を自覚し、見えないところで努力しているのであろうと思っていた。存外覚えも仕事も早く、内心将来が楽しみだと思っていたが……まさかその殆どを息子の婚約者が熟していたとは。
進み具合を見る為に王と王子が一緒に執務をするときは、女官たちが簡単な物を選別して第一王子に戻していたという。
そして終わらなかった分は後ほどアドリーヌの元に戻される。
すっかり騙された王は、殆ど出来ていない王子に期待をし、これも出来るだろうかと力をつけさせるべく選んでいた執務は、全てアドリーヌの元へ届けられ負担となっていたのであった。
王が沢山執務の合間に王子に任せた物に目を通し、身についたのか出来ているのか確認もするが、勿論全てを確認するわけには行かない。大半のものは通常の執務と同じように係の者や係の部署に流れて行くことになる。過不足ないかと彼らに出来を確認したが、優秀なアドリーヌが行ったものなのだ。不足などあろう筈がない。
教育不足と思われたくない王子の周辺と、アドリーヌに意地悪をしたい周辺とが、上手く嚙み合わさってしまったが故の不幸だったのだ。
彼らは自分達に叱責や累が及ばないように、周到に周囲を欺いていたのだ。
身分が高くなれば高くなる程、機密性も増すわけで……意外なことに彼らのそれは広く知れ渡ることなく、長い時間秘密として日常として守られて来たのであった。
(……とんだ節穴じゃないか)
王は自嘲するようにそう、心の中で呟いた。
周囲は色々な考えと悪巧みを持った人間が溢れている。
この問題以外にも、本人は純粋に良かれと思っていることが、実際は酷く歪んでいることもあることだろう。それを見極めるのが王だと言われればその通りだが、全てを見極めることなど出来る筈もない。
王は神ではない。ただの人間だ。
自分の周りの人間全てを常に疑って生きることは、非常に消耗する。
親友にもその奥方にも、そして何よりアドリーヌに対して申し訳なく思っている。思ったところで何の役にも立たなければ、何かの足しになることもないであろうが。
第一王子を留学させたのは事態の収拾もあるが、一番は頭を冷やす為だ。
恋愛に逆上せあがった状態で、周囲が何を言っても届かないことだろう。障害はより一層恋心を燃え上がらせる可能性が高かった。
蟄居させたところで、相手と会えてしまうのでは意味がない。絶対会えないように物理的に距離を取らせ、自分のしてしまったことに向き合う時間が必要だと思ったからだ。
帰国後、再教育が必要であろう。
執務以前に王族としての心持ちから、今後第二王子を支える立場に変わるのだということを、しっかり教え込まねばならない。
第二王子の教育も然りだ。周囲の人間の洗い直しも必要だろう。一新する必要があるのかもしれない。
とりとめのない考えが浮かんでは、濁流に押し流されるかのように、次々と自分の周りを渦巻き、そして通り過ぎていく。
「陛下、お時間でございます」
「……わかった」
侍従の声に、諾と頷き返す。
時間は待ってはくれない。悲しくても嬉しくても、常に流れるように走るように自分達の周りを動いて行く。
項垂れる王妃の背を軽く撫でては、ため息を呑み込んで立ち上がった。
どれだけ取りこぼしがあり間違いがあるのか、いかに不安であろうとも、全て自分の責であるのだ。
自分の過ちと未熟さを知りながら、それでも進むしかないのだと自分に言い聞かせる。
以前にも増して山積みとなった執務に追われる王は、粛々と座り続けなけらばならない椅子に向かって歩き出した。
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