閑話 にょろろんと秋の空
「魔人さん、魔人さん!」
森で食料を調達していると、喰えなさそうなリスや仔ウサギと戯れていたエヴィが興味津々といった様子で近づいて来た。
「どうした?」
「その足? しっぽ? ……は、どうなっているのですか?」
指をさされた先にはランプ(チャーム)の魔人の足のようなしっぽのような、にょろろんとした何かがふよふよと風に合わせて揺れているのが見える。
「……俺様の足か?」
エヴィは一瞬(それは足なのか……)と思ったが、とりあえず口には出さずに頷いた。
「…………。はい。それは方向を変える時に舵の様になっているのですか? それとも他に特別な仕組みがあるのですか?」
魔人は変な事を聞くなぁと思いながらも、エヴィがズレているのは今に始まった事じゃないかと思い直して彼女の顔を見る。
エヴィはきょとんとした顔で小さく首を傾げた。
「まぁ、あんまり意識しないけど、確かに勢いよく飛んでいて曲がる時に左右に動かしたり、風車の様に回したりはするな」
「へぇ~」
説明される内容を想像したのか、視線を上の方に向けながら間延びした声を出す。
「一番はランプ(チャームだが)に入る時だな……足からスルンと入る事になっている」
「そうなのですか!? 頭からは入れないのですか?」
「入れない事はないと思うが、入った事はないな」
「ほぅほぅ。それは確かに足っぽいですね」
「……いや、足だぞ?」
靴を履いたりお風呂に入ったりするのは足からだなと、妙な納得をしたエヴィはなるほどと感心しながら魔人の足をまじまじと見つめた。
「…………」
興味津々で自分の足のようなしっぽのような何かをみつめる少女を見て、魔人は何とも言えない微妙な表情でエヴィを見遣った。
「さ、鳥でもさっさと捕まえて早く帰るぞ。エヴィは木の実でも見つけて来るんだな」
「はーい!」
保護者(?)にそう言われたエヴィはキリリとした顔で返事をすると、魔人はため息をついた。
「あんまり奥に行くなよ? あと見慣れないものは触っては駄目だ。かぶれたりケガをするからな」
「了解ですぜ、ですわ!」
張り切ってサムズアップするエヴィを胡散臭そうな半眼で見遣ると、魔人は再び大きなため息をついたのは言うまでもない。
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秋の山は意外に食べられるものの宝庫だ。
ぱっくりと割れた殻をのぞけば宝石のような赤い果実が顔をのぞかせるザクロ。まん丸で黒光りする山栗。シャリシャリと甘いヤマボウシ。甘酸っぱいジュースやジャムにピッタリのクランベリー。
真っ青な空と真っ白な雲。澄んだ空気は空を高く感じさせるようだ。
黄色や赤の葉。来年に向け栄養を蓄える腐葉土。目の覚めるようなオレンジ色したカラスウリが目の前に垂れさがっている。
季節はすっかり秋だ。
エヴィはおばば様の本棚に並んだ図鑑を思い出しながら、熟した果実を摘み取っては籠の中に優しく入れて行く。
栗のイガの上にうっかりダイブしないように注意しながら、弾む心を抑えるようにしっかりと足を着け枯葉の重なる地面を歩く。
カサカサと真新しい落ち葉が擦れる音に視線を向けると、ゆったりと滑るように地を這うヘビが見える。エヴィが注目したのはそのしっぽだ。
――同じだ。
ヘビは気配と視線を察してか、動くのを止めては迷惑そうにエヴィを見遣る。
危害を加える訳でない事を感じると、細い舌を何度か出し入れしては迷惑そうな表情のまま再び動き出した。
勿論未来の王太子妃となるべく育てられたエヴィがヘビを捕まえられる筈など無く、噛まれないように固まったまま動く様子を見ていた。
そのすぐ横の木を小さなトカゲが走って行く。
びっくりして横目でトカゲを見れば、丸いつぶらな瞳と目が合った。
――こっちもニョロニョロしてるけど、別に脚がある……
するとトカゲはすばしっこく小さな脚を動かしては、走り去って行った。
おばば様は薬の材料としてイモリやヤモリの黒焼きを使っているが、トカゲも同じように使うのだろうか?
ひと通り説明されたが、パッと見てそれがイモリなのかヤモリなのか、はたまたトカゲなのかはエヴィには判断がつかない。ただよく目にするのはトカゲなので、きっと今のもトカゲなのだろうと思っただけだ。
ついでに、綺麗な色や変わった色のヘビやトカゲは毒があるから近づかないようにと、おばば様と魔人に散々言い含められたエヴィである。
冬になるとヘビやトカゲ達は冬眠するとも言っていた。
ついでにイモリは両生類で、サンショウウオやカエルの仲間であり、トカゲとヤモリは爬虫類だとの事である。
「……なかなか、分類というものは難しいのですわねぇ」
エヴィはにょろにょろしたしっぽを思い出しては、感慨深げにつぶやく。
青い空を見上げれば、魔人のような形の雲が目に入った。
――空を飛びますし浮いてますし、ちょっとボリュームもあるんで雲みたいでもありますわねぇ。
真っ白なふわふわの綿雲を見ながら、紫色した保護者のようなお世話係のような、とにかく人の好い魔人を思い浮かべる。
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「おーい、エヴィ。帰るぞ」
いつの間にか雉だの山鳩だのを仕留め、肩に担いだ魔人が木々の間からのっそりと顔を出した。
「はーい!」
元気に顔を向けるエヴィを見て、魔人は眉間にしわを寄せる。
……素直な娘ではあるが、だいたいロクでもない事を考えている時に良い返事になる傾向があるからだ。
エヴィの身の回りやら手に持つ籠を注意深く見遣り、特に問題が無い事を確認して深く息をついた。
「…………。いっぱい採れたみたいだな」
「はい! もう採取は慣れて来たのです!」
秋の恵みで山盛りになった籠を輝くような顔で差し出すと、鼻息荒くドヤ顔をする。
「ほ~ん。じゃあ、エヴィにも生活する上の作業でも得意なものが出来るな?」
「そうなのです! 採集は任せてください!」
籠を持つ手とは反対の手を拳にしては、薄い胸をどんと来いと叩く。
「う~ん……じゃあ、帰り道に喰えるキノコでも教えるか」
「はい! キノコ!!」
籠を持ったまんま両手を空に向かって振り上げる。
エヴィの大きな声に驚いたリスが、咥えたドングリを落としては木の枝を勢いよく走り去って行った。
「あれ! あの赤いカサに白い水玉の可愛いキノコは?」
「ありゃあ毒キノコだな」
「あの、大きな白いキノコは!?」
「そっちも毒キノコだな……」
秋の山はきのこの宝庫だ。
きのこは大変数が多い上に見分けが難しい。
山道をテクテク歩くエヴィとふよふよと浮かんで進む魔人が、道の端や木の切り株に自生するきのこを見ては、ああでもないこうでもないと言いながら進んで行く。
「食べると笑いが止まらなくなるキノコや、夜になると光るキノコもあるぞ」
「光るキノコ!? それも食べれるのですか?」
「いや、毒キノコだ。……っていうか、そんな変なキノコ喰えても食いたくねぇだろ?」
「そうですか???」
首を捻るエヴィを見ては、魔人が嫌そうに顔を仰け反らす。
「……キノコは危険だな」
――余計な事を言うのではなかった。
次から次へと毒きのこばかり指さすエヴィに小さく首を横に振ると、さて、この張り切っている状態の彼女を、どうやって意識を逸らしたら良いのかと頭を悩ませた。
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