10.住む場所が決まりました
最終話は16時頃掲載予定です。
どうぞそちらもお読みいただければ嬉しいです(*'ω'*)
エヴィはこれからの人生、好きな事をして生きて行きたいと思っている。
それは決して享楽的に暮らしたいという訳ではなく、興味のある事や意義があると思う事、心からやってみたいと思う事に時間を費やしたいという意味でだ。
人生長いが、想像しているよりも短くもある。
毎日猛スピードで流されるように生きて来たエヴィは、若いながら人生があっという間である事を知っていた。
「……で、家の保証人だっけ?」
おばば様は鴨のコンフィを口に運びながら言う。
コンフィはじっくりと火を通されて、皮はパリパリなのに中はしっとりした焼き上がりとなっていた。
庭先で採ったローズマリーが飾られ、これまた山で採って来たというキノコをマリネしたものと庭のリーフサラダが、色合い鮮やかに皿に盛り付けられている。
「はい。生活するにあたって宿屋住まいよりも家を借りた方が良いかと思いまして」
「相変わらず堅実な考えだなぁ」
魔人は兎肉のシチューをもしゃもしゃ咀嚼しながら言った。
……ウサギは根菜と一緒に煮込まれ、よく見る四角いお肉に変化していた。
捌くところを見るかと言われたが、丁重にお断りしておいた。
包丁を持って笑うおばば様と魔人は、何だかとっても怖かったのも付け加えておく。
何よりも魔人が食事をしているという事が不思議で仕方がない。
ちゃんとお食事を摂るのね……と感心しきりである。
……見た目通り、食べ方は少々豪快であるが。
魔人は鴨のコンフィを片手で持つと、大きな口を開けてガブリと噛みちぎった。
「ふぅん。家を借りてどうするんだい?」
「最初は色々な国を巡ってみようと思っていたのですが……よく考えてみれば、新しい生活の基盤を構築する方が先だと思いまして」
「ふんふん」
「住み込みでお仕事をする事も考えたのですが、多分、違和感を持たれてしまうと思うのです、色々」
「確かにねぇ」
クリストファーはエヴィを不細工だと言うが、顔の造り自体はそれなりに整っている。
まだ年齢も若く、元々着飾らない為に地味に見えるだけで、きちんと化粧をして魅せるように整えれば別人のように変身するタイプだ。
……もっとも、本人はそうは思っていない様だが……
そして物腰。長年の教育と努力の賜物である為か、多分無意識なのだろうが所作がもの凄く綺麗である。
きっと大きな肉の塊をそのまま齧っても、上品に見えるであろう事請け合いである。
一番は話し方だろう。
言葉が綺麗過ぎて、もはや違和感しか感じない。
何もおばば様や魔人のように話せとは言わないものの、平民に混じり込んだら絶対に浮きまくるに違いない。
要はパッと見ならともかく、見れば見る程、とても平民には見えないのである。
周囲を観察しながらここへ来るまでに、薄々、エヴィ自身もそれに気づいていたのだった。
「だからバレて煩わしくないように、部屋を借りてひとり暮らしをしたいんだね」
「はい!」
鼻息荒く返事をしては、力強く頷いた。
「……まぁ。賢明な判断だよな」
「……だねぇ」
だが。どう考えてもひとりで暮らして行けるようには思えないのだが……
エヴィの個人的な能力についてはもはや疑っていないのだが、ふたりから見て、今の状態のエヴィがひとり生活を営んで行ける気が全くしなかった。
「……ひとり暮らしをするなら、多少嵩んでも、暫くは宿屋で生活する方が確実だと思うけどねぇ」
なんせ料金さえ払えば食事も洗濯もしてくれるのである。掃除は宿代に込みである。
学習能力は高い彼女の事。暫く宿屋の人間がしている行動を見れば、その内自分で出来るようになる事だろう。
「……そうなのですね……」
しょんぼりしたエヴィに、魔人が仕事はどうするのか聞いてみた。
「現実的なところでは、代筆業などで生計を立てるのが良いかと思うのですが」
「適任だねぇ」
「自分でお野菜を育てたり、それを使って美味しいご飯を作ったり」
「…………」
植物は虫に食われ獣に食われ、なけなしの素材は真っ黒焦げの消し炭になる未来しか見えないのだが。
「パンを焼いたりケーキを焼いたりしてみたいのです!」
「…………。……う~ん」
「それと、おばば様は占い師と薬師をされていますが……魔法使いでいらっしゃるのですよね? 魔法というのをぜひとも見てみたいですわ! 可能なら薬師のお仕事も見学してみたいですし、更に可能ならちょっとお手伝いを出来たら嬉しいですわ!」
頬を紅潮させ瞳をキラキラさせて捲し立てる。
そう。極一部の人間にしか習得出来ないと言われている魔法と魔術。
それを駆使して不可能を可能にする魔法使いと魔術師。
ふたつは似ているようで非なるものらしいが、一般人であるエヴィには実は違いがよく解らない。
解っている事は、不思議な現象を引き起こせるという事だけである。
おばば様が無理なら、どこかにいるだろう魔法使いにお願いしてみる事も考えている。
「うーん。魔法使いは変人が多い上に、人嫌いの厭世家が多いからねぇ……」
何処か人里離れた森の奥にでも住んでいるに違いなかった。
魔法使いが容易に見つかる筈はなく……おばば様のように表向き別の、関連業務(?)を生業としている筈である。
「……エヴィは、魔法使いになりたい訳?」
「なれるのですか!?」
魔人の言葉に、瞳をキラキラと輝かせる。
うっ、と言葉に詰まっては申し訳なさそうに首を振った。
「……いや。魔力が殆ど無いから、魔法使いにはなれないと思う」
「ですよねぇ……大丈夫です、見てるだけで楽しそうですもの!」
おばば様はため息をついた。
「でもそれじゃ食えないだろ? 生活はどうするんだい?」
「はい。好きな事をするには不労所得を確保しないといけませんから。投資を考えています」
リスクを減らす為に分散投資をする事。
ここに来る前にも、以前から目をつけていた鉱山の株券を購入して来た。如何せんこうやって自由になってからしか売買が出来ないので、全てはこれからなのであるが……
ここ数年間練習に練習を重ねたエア投資の結果から、目利きにはちょっとだけ自信があるのだ。
「今のところ見立てはほぼ外しておりませんから、それで資産を増やして、傍らで代筆業などをすればどうかと……」
擬態に慣れて来たら少しずつ店番とか清掃とか、他の仕事に挑戦してみるのも手である。
意外な適性が見つかるやもしれない。
……あくまでも、かも、だが。
「……しっかりしているのか楽観的なのか、全く解らないねぇ」
「ほぼハズしてねぇって、すげえな」
呆れたようにおばば様と魔人が呟く。
「じゃあ、アンタさえ嫌じゃなかったら暫くここで暮らしなよ」
「えっ!?」
思ってもみないため息交じりのおばば様の言葉に、エヴィはしこたま驚いて肩を跳ね上げた。
「アンタみたいな世間知らずなお嬢様がその辺をうろうろしていたんじゃ、安心しておちおち眠れやしないよ!」
しっかり者ではあるが、悪い人間に騙されそうで心配になってしまう。
普段人間と関わらないおばば様であるが、決して人間嫌いな訳ではない。
占い師として薬師として細々と人の役に立とうとするのは、人間に愛情を持っているからだ。
ただ人間は、すぐに誰かを利用しようとするのも確かで。
悪い人間が不思議な力を使って膨大な利益を得る為に、おばば様を利用してやろうとする事に辟易している為、こうしてひっそりと暮らしているのである。
「本当に良いのですか!?」
「ああ。年を取って力仕事がキツいからさ、丁度いいさ。……だけど給料は殆ど出ないし、家事はそこのランプチャームの魔人に教わるんだよ!」
「はい、宜しくお願いします! ランプチャームの魔人さんも!!」
そう面倒そうにおばば様が言う。
そしてランプの魔人ではなく、ランプチャームの魔人なんだ……と思いつつ魔人を見たが、そういえば魔人は、ランプではなくランプチャームから出たり入ったりしていたと思い至り納得する。
どう違うのかはいまいちよく解からないけど……ティーポットの魔人とか、ヤカンの魔人とかもいるのだろうかと首を傾げた。
大喜びのエヴィを見て、おばば様と魔人は苦笑いをする。
そして、魔人は揶揄う様におばば様に顔を近づけると、喉の奥を鳴らしながら嫌な笑いをした。
「……素直じゃねぇな」
「うるさいよ! グダグダ言っているとチャームに閉じ込めるよ!」
「お~~~~、怖っ!」
……力仕事も何も、大魔法使いである彼女は魔法で済ませればいいし、何より常日頃、魔人にやらせているではないか。
魔人は太い腕を組んではため息をついた。
「……まぁ、放っておけないちゃぁおけないしなぁ」
「だろう? 気になってしょうがないじゃないか!」
なんだかんだ言いながら、ここまでひとりで頑張って来た少女。
どこか放っておけない努力家のエヴィが、今までの分も健やかに伸びやかに暮らして行って欲しいと思うのは。
ひと言で言えば、絆されたのだろう。
彼らがとても長く生きて来た為、頑張る若者に対して慈愛の気持ちが強い事と……何だかんだでお人よしで、何よりも人間に愛情を持っているからなのであろうと思う。
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