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01.突然の婚約破棄宣言

新連載始めました(^^)

どうぞ宜しくお願いいたします。



「アドリーヌ、貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 沢山の貴族が集う夜会の中央で、この国の第一王子であるクリストファーが高らかに告げた。

 ダンスの為の次曲を奏でようとしていた楽団の始まりの音が、まるで舞台の効果音のように響いては止まる。


 ……そして。

 賑やかに談笑の声が溢れていた宮殿の大広間には、痛いほどの沈黙が訪れたのであった。



「……本気でございますの?」


 今ほどクリストファーから婚約破棄を言い渡されたご令嬢は、小さく打ち震えながら尋ねる。

 クリストファーの婚約者であるアドリーヌ・シャトレ伯爵令嬢だ。

 亜麻色の髪に碧眼の瞳の、純朴そうなご令嬢。


 伯爵家とはいえ、王国の建国と同じだけの歴史を持つ名家のご令嬢である。

 そんなアドリーヌを睨みながら相対するのは、陽の光を写し取ったように眩い金髪に蒼眼の瞳、童話の王子様のように見目麗しい王子、クリストファーである。

 

 そして。王子の腕の中には、ふるふると震えるミラ・デュボア男爵令嬢がいた。

 小柄で愛らしいその姿は、男性陣の庇護欲を充分に抱かせることであろう。いや、同じ女性であるアドリーヌから見ても可愛いと思う。


(見た目はね)


 ……それにしても。

(……この惨状、一体どうするのだろう)


 アドリーヌは小さくため息をつきながら、しんと静まり返った大広間を見渡す。

 目を合わせてはいけないと思ったのか、数名のご令嬢方が目にも止まらぬ勢いで視線を逸らした。


(そうですよねぇ。関わり合いになってはいけないと思いますわよね……)

 解ります。と、心の中で相槌を打つ。

 


 実は王子とデュボア男爵令嬢の熱愛は、既に充分に、アドリーヌの耳にも入っていたのである。


 執務の……いや、執務の手伝いの合間の息抜きの散歩中、ふたりの逢引き現場に遭遇してしまい、申し訳なさそうに道を替えようと提案する騎士様の様子や王城の侍女の皆さんの言葉に、スッケスケに見えていたのである。


 更にはたまに出席する外せない社交界でのご令嬢方の、嘲りと同情に満ちた嫌味の端々にも。


 名家とはいえ、たかだか伯爵家。

 自分より上位のご令嬢からすれば、何故アドリーヌなのかと思うのであろう。


 ――解ります。自分でもそう思います。と、心の中で相槌を打つ。


 どうして伯爵家の身でありながら婚約の運びとなったかといえば、父親同士が乳兄弟であり親友だったからである。

 国政を執り行わなければならない王様は、身内位気を遣わない人間をおきたいと思ったそうで。それならば親友の娘が良いだろうと、超個人的な気持ちから決まった婚約であった。


 そこは王子の婚姻である。政略的にあれこれあるものじゃないかと思うのだが……どうやら王様、大変疲れ果てた末の決断だったらしく。


 それに伯爵家とは言え、過去に王女殿下が降嫁した事もあったそうで……遠い遠い遠い親戚であるという、由緒正しき家柄だった事も大きいのであった。

 

 よって生まれた時から王子様のお嫁さんというポジションを確立したアドリーヌであるが、それはそれで大変な日々の始まりであったのである。



 まずは伯爵家出身という事から、徹底的に教育がなされた。それはもう徹底的に。

 離乳してすぐ、王城にあがり教育係による教育が始まった。


 そう。王家へ嫁ぐ人なんて自分も王族か、公爵令嬢といった超・ハイグレードお嬢様が大半なのである。


 高位貴族とはいえその最下層に位置する伯爵令嬢なんて……

『名家ですって? でもたかだか伯爵家ですわよね?』なのである。


 そんな超・ハイグレードお嬢様な方々に交じってもおかしくない様にと、念入りに厳しく、徹底的にありとあらゆる教育がなされた。


 ……王子がどうものんびりされた性質だったのもあり、比較的飲み込みが良いアドリーヌが一生涯に渡って手取り足取りフォロー出来るよう、ある程度の年齢からは何故だか執務に関する教育までなされた。


 あまりに厳しい教育に、殆ど離れて暮らす羽目になった父と母は泣いて詫びていたが……物心ついた時にはそういう状況だったアドリーヌにとっては『そういうもの』であり、それが『日常』だったのである。


 そうして、伯爵家出身と言いながら王族(王子)以上に教育がなされた、スーパー・ハイパーお嬢様が爆誕したのであった。




「おい! 貴様、聞いているのかっ!?」


 クリストファー王子が、心此処にあらずのアドリーヌに向かって大声をあげる。


(あ、失敬失敬)

 ……過去を振り返っていて目の前のふたりの事を、逆に忘却の彼方へ追いやってしまっていた。


 さっきから仮にも(まだ)婚約者に、貴様と呼ばれるのは若干気になる所だが……


 会話中にすっかり自らの思考にはまり込んでしまった事にアドリーヌは申し訳なさそうな顔をして、再び王子とご令嬢の方へ顔を向けた。


「貴様は学園でミラを身分の低い男爵令嬢と貶め、挙句心無い意地悪や嫌がらせの数々を行ったであろう!」

「?」


 うん? なんですって? 意地悪に嫌がらせ?

 ――全く身に覚えがないのだが。


 アドリーヌは首を傾げた。


「……畏れながら。わたくし、ミラ様とお会いするのは本日が初めてなのですが……殿下もご存知の通り、わたくしの中等教育課程と並行して、高等教育課程も修了しておりますので、その後学園には一度も足を踏み入れてはおりませんの」


 そうなのである。

 色々忙しい身であるゆえ、飛び級制度は無いものか学園側に確認した所、一応制度としては存在していたのである。ラッキーである。


 ただ、誰も使った人はいないのだと説明をされた。

 構う事はない。


 ……激化する王太子妃教育と王子の執務の尻ぬぐいが本当に大変で、是非とも使いたいと懇願し、猛勉強をして試験を受けて、無事合格と卒業をもぎ取ったのである。


 なお、半分言い訳だが半分は本当の事だ。


 ちなみに一歳年上のクリストファー王子は未だ在学中である。

 こちらは普通に学園生活を謳歌しているのだ。何せのんびりしているから。


「中等課程でご一緒した記憶が無いので、貶めも、心無い意地悪や嫌がらせの数々も出来ないのですが。わたくしの卒業後にご入学されたか編入なさったかではございませんか?」

「……ぐっ!!」


 ずっと市井で暮らしていた(と、風の噂で聞いた)が、二年前に男爵家の養女となったミラは、確かに高等教育課程からの編入者であった。


 王子が眉を顰め口籠った。


「そ、そんなの仲間か手下でも使ってやらせたのであろう!」

「…………」


 仲間か手下。

 アドリーヌは悲し気に瞳を伏せた。


 ……アドリーヌはぼっちである。

 

 先出の理由で高位貴族のご令嬢には睨まれているし、低位貴族のご令嬢からは敷居が高いと遠巻きにされている。

 学園時代は勉強ばかりしていたし、現在はほぼほぼ王城に缶詰状態である。


 自分の家ではないので自由に誰かを呼べるという訳でも無い。

 いや、呼べなくはないが。女官に許可を取って、申請書を書いて、王室管理局と護衛部署へ提出して……大変手間である。


 そんなアドリーヌが、どうやって仲間や手下を作るのであろうか。


 友人はともかく、せいぜいアドリーヌの知人と呼べる人たちは王城に来るご婦人方。つまりは王妃様のご友人である。


 王妃様が主催されるお茶会に出席させて貰い、仲間に入れて貰っているのだ。


 そんなやんごとないおばさま方が、何故学園で男爵令嬢に意地悪を言ったり嫌がらせをしたりしなければならないのか……


 よしんばアドリーヌを憐れんで行ってくれたとして、男爵家丸ごとギュッとやってプチッとして、もしくはバッサリとして終わりであろう。


 ……怖いので、ヤバい部分は擬音でお送りしておく。


「わたくしには常に身辺警護の為に騎士様と女官がついております。お客様とお会いします時も、何なら眠る時でさえも」

「そんなもの言い包めれば……」


 王子の言葉に、騎士と女官が膝を折る。


「畏れながら。王太子妃となられるアドリーヌ様に万が一にも間違いが起こりませぬよう、如何なる時もしっかりガッチリガードしております」


 ……騎士と女官は、護衛の意味もあるが、アドリーヌ自身の不正や不貞、その他宜しくない事を防いだり諫めたり防止したりする役目の方が大きい。


 良く言えばお目付け、見張り、教育係。

 悪く言えば密偵、監視者である。


「ならお前たちが手を下したのか!?」

 唾を飛ばしながら激高する王子に、騎士は疑問を呈し、女官は眉を顰めた。


「はぁ?」

(なんで男爵令嬢ごときに、そんな事しなけりゃならんのだ?)


 ……絶対王政のこの世界。しかし王子のあんまりな言い草に、心ばかりの反抗である。


「そうやって、ミラが男爵令嬢であるからと身分を笠に着て、貶めるのであろう!」

「いえ……初めてお会いしたので、今の今まで家格どころかお名前もお顔も存じませんでしたわ」


 ですので、貶めようも御座いませんし。王室を支えてくれる臣下である方々を有難いと思いこそすれ、その様な事で貶めもしませんが。

 ――元々どの爵位も国から認められたもの。

 爵位の差こそあれ、全て等しく尊いものでございます。


 そう至極真っ当に答えるアドリーヌ。



 ……まあ、王子の浮気相手として噂は出回っていたので、本当は家格も名前も知ってはいたのだけれども。


「そういうところだ、そういうところ! 人を小馬鹿にしたような貴様の上から目線の可愛げのないところ!……それに比べてミラのなんと可愛らしい事か!!」


 そう言うと、ギュッと肩を抱き寄せる王子と、これでもかと言わんばかりに抱きつくミラ。


 王子の発言に、段々と周りの人々も、シラ~ッとしている。


 ヒートアップしている王子と、庇われる可哀想なご令嬢を演じているデュボア男爵令嬢のふたりだけは、その事に気が付いていない様であるが……

お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら幸いです。

 


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