表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

6色の宝箱

作者: セクト

 カチャカチャとルービックキューブが回る音が部屋に響く。

 手の中で回る不揃いな六面体に、俺は夢中になっていた。

 一度だけ揃った唯一の面さえも、崩れてしまって元に戻せそうにない。

 それでも、手の中でくるくると回すことに楽しさを見出している。

 いつからこんなにルービックキューブに夢中になっていたのだろう。


 母が亡くなってから数年後、俺は母の実家を訪れた。

 小さい頃はよく母に連れられてここに来たのだけれど、最近はめっきり来なくなっていた。

 というのも、母が病気で寝たきりになってしまい、病院から離れられなくなってしまったのだ。

 見た目は元気そのものだが、下半身が動かなくなり、寝たきりになってしまった。

 父は忙しい人で、何日も家を空けているのがザラだ。

 俺も学校を休むわけにはいかないので、母は一人で病室で過ごしていた。

 定期的に母の病院に通ってはいたものの、寝たきりのせいで筋肉量も落ち、次第に衰弱していった。

 それから、静かに息を引き取った。

 父は後悔していた。


「うん? これは……ルービックキューブ?」

 母の実家の物置部屋を掃除していたら、カラフルな直方体を見つけた。

 手のひらに乗るより一回り大きいそれは、色が揃っていない状態で放置されていた。

 ずいぶん古くボロボロで、表面の塗装が一部剥がれてしまい、何色かわからない面もいくつかある。

「でも、ちゃんと回りはするんだな」

「おお、そんなものもあったな」

 おばあちゃんが懐かしむように後ろから声を掛けてきた。

「あいつはこれで遊ぶのが好きでのぉ、よくルービックキューブを回すのを見せてきたもんじゃ」

 母にそんな過去があったとは知らなかった。

「そういえば前に、母さんにルービックキューブを買ったんだよ」

「おーおー、まだやっとったんかい。三つ子の魂なんとやら、というやつじゃな」

 それにしても、大きなルービックキューブだな。

 買ってあげたのはこんなに大きくなかった気がする。

 よく見ると、いくつかの白いタイルには油性ペンで落書きがされている。

 物置部屋の掃除が終わった後、「あいつの遺品だと思って持っていけ」と言われ、家まで持ち帰ってしまった。

 それを見つけてはというものの、俺は毎日ルービックキューブに手を掛けて、くるくる回し続けていた。


「ねえ、これ、買ってくれないかしら」

 入院中の母は、たまにこう言って俺にネットで買物をさせていた。

 パソコンというかインターネットというか、機械類には全く明るくなかったので、自分ではネット通販もできない。

「はいはい、今度は何?」

 そう言ってねだってきたのは、ルービックキューブだった。

「母さん、できるのか?」

「あら、私を舐めないでちょうだい。これでも大会に参加したことあるのよ」

 翌週、新しく買ったルービックキューブを母に渡した。

 新品でどの面も揃っているルービックキューブを眺めて、感触を確かめるように回した後、「じゃあ、せっかくだから色をバラバラにしてみて」と言われ、手渡された。

 よくわからないけど、とにかくバラバラにすればいいんだろう?

 ルービックキューブを縦に横に捻り回し、自分ではもう元に戻せないほど十分にバラバラになった。

 その状態で母の手に乗せてあげると、じっくりとルービックキューブの各面を精査するように見ていった。

 そして、それが終わって深呼吸したかと思うと、信じられないことが起こった。

 急に手の内のルービックキューブがカチャカチャと回りだし、瞬く間に最初の綺麗な状態に戻っていったのだ。

「……え? 母さん、今何やったの?」

 1分もかかっていなかったと思う。

「ふふん、どう?」

 正直、すごかった。

 母さんにこんな才能があったなんて。

 次の週も同じようにルービックキューブを揃えるのを見せてくれた。

 揃えるたびに、俺たちは笑顔になった。

 久しぶりにあんな笑顔を見たかもしれない。

「あなたにも、教えたかったなぁ……」

 だけど、次第に上半身の筋肉も弱まってきて、手のひらで回すことも覚束なくなっていった。

 それでも母はどうしても回したくて、俺に持たせて回し方を教えてくれた。

 まあ、そのときは言われたとおりに回すだけで、覚えられはしなかったのだけれど。


 そんなことを思い出しながら、手元でルービックキューブを回していると、上から声を掛けられた。

「あのなぁ、先生の話がつまらないからと言って、カチャカチャと一人遊びするのはやめないか?」

「あっ、先生……」

 そうだ、今は授業中だった。

 最近は家で弄くるだけに飽き足らず、学校に持ってきてこっそり遊んでいた。

 夢中になりすぎて授業中なのを忘れていた。

 手元にあったそれを先生に取り上げられると、先生は興味深そうにそれを見回していた。

「そうだな、とりあえずこれは没収な。 帰りに取りに来い」

 それから授業が終わるまで、そのルービックキューブは教卓の上で静かに佇んでいた。


「来たな」

 放課後、俺は先生のところまで没収されたものを返してもらいに職員室に来た。

「先生、今日はすいませんでした」

「ほら、せめて授業中はちゃんと話を聞くこと」

 返されたルービックキューブを見ると、一面も揃っていなかったそれの一面が綺麗に白に染まっていた。

「あれ、先生遊んでいたんですか?」

「ああ、懐かしいな。 最近の子はこれで遊んでるのを見たことがないが……これはどうしたんだ?」

「物置で見つけたんです」

 ルービックキューブを見つけた事の顛末を話す。

「へぇ、お母さんもよくこんなの持ってたな」

 手渡されたルービックキューブの、揃った白い面を見ると、「for my son」と書かれていた。

「これ、お前宛なんじゃないかと思うんだ」

「え、俺?」

 俺宛とはどういうことなのか、よく理解できなかった。

「というわけで、授業もそこそこ聞いてほしいけど、これを揃えるのも頑張ってくれ。 あと5面だ」


 先生の言うことがよく理解できなかったが、とにかく俺はこれを揃えなきゃいけない気がした。

 というわけで、俺は手っ取り早く6面を揃えるため、ネットで解き方を調べた。

 風情がないとか言うな。

 こうでもしなきゃ絶対に揃わないんだから。

 とは言ったものの、解説サイトを見ても一日じゃ揃わなかった。

 塗装が剥がれてしまっている面があるんだから。

 調べながら何度も回して、色の分からない部分を予想していって、何日も掛けて、ついに6面全部を揃えることができた。

「ついに揃った……! けど……」

 これでいいのか?

 揃えたけど、何も起こらない。

 それはそうだ。

 ここは魔法の世界じゃない。

 揃えたら発光して何か魔法的なことが起こるんじゃないかとちょっと期待はしてたけど、流石にそんなことはなかった。

 色の揃った六面体を眺め回しても特に何もない。

「for my son」という油性ペンのメッセージだけが手がかりだ。

 もしかして、予想した色を間違えた?また揃え直し?

 そう思っていると、思わず手を滑らせて落としてしまった。

 落としたルービックキューブが偶然机の角にぶつかったかと思うと、ブロックがバラバラになって部屋中に散らばってしまった。

「うわ!やってしまった……」

 壊れたルービックキューブの小さなブロックを一つずつ拾い集めていくと、中央のブロックが少し変なことに気づいた。

「これ、開きそうだ」

 少し力を込めて開けると、そこにはメモリーカードが入っていた。

「これって……」

 俺は急いでパソコンでメモリーカードを読み取り、中のデータを確認した。

 中には俺が赤ちゃんの頃の写真が数枚と、音声ファイルが入っていた。

 それを聞いて、一人で母の墓を訪れた。


 クリアおめでとう~!

 これを開けた頃には何歳なのかな。

 家族みんな元気にしてる?

 ママ、こういうサプライズやってみたかったのよね~。

 一生開けられなかったら悲しかったよ~!

 このタイムカプセルキューブ、なに入れようか迷ってたんだけど、いいこと思いついちゃって!

 私の子供が大きくなったとき、これを見つけてくれて開けてくれたらいいなーって。

 え、見つからなかったらどうするのって?

 それはあんまり考えてなかったなー。

 もし、これを聞いてるなら、私に見せびらかしてほしいな!

 おめでとうって褒めちゃう!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ