納税
都市はいるだけで金がかかる。毎月都市に納める税のほかに、食費はかかるし、ホームのローンだってまだ残っている。職業特有の出費もある。俺ら冒険者だと、防具の整備費や、毎月払わなければならない冒険者組合の会費などだ。
これらは何もしなくてもかかる費用だが、それだけを払っていれば生活できるというわけではない。たまには贅沢をしたいだろうし、新商品が発売されれば買ってみたい。
他にも、それぞれの趣味・趣向もある。アートであれば、面白そうだからという理由で、いろいろなところに行きたがり、余計な交通費や宿代がかかる。ベラなら、美容グッズだったり筋トレグッズだったりを買い漁る。ドーラは毎週のように新しいゲームを買い足すし、俺だって飲み歩くのが好きだ。
繰り返しになるが、都市はいるだけで金がかかるのだ。
なぜこんな話をしているのかというと、今日が月末だからである。
俺の少し前を、ピリピリしながら歩くベラを見る。今日は迷宮へ行くわけではないため、防具は身につけていない。そのため後ろ姿は小柄で華奢な少女なのだが、目つきだけが物騒だった。
普段の彼女は、物々しい鎧で全身を固めて、魔物の群れの中に単身飛び込み、身の丈以上の大剣を振り回す戦闘狂だ。鎧を着ていないと、その容姿から非力で可憐な少女に見られるが、今の目つきこそが彼女の本質を表している。
そんな益体もないことを考えていると、前方からこちらに向かってきた冒険者らしき少年が歩いてきた。まだ冒険者となってから日が経ってないのだろうか、初々しさが垣間見える。
彼はベラの姿を認めると、彼女の揺れる髪に目を奪われ、直後に彼女の眼光に怯えて顔をそらした。それでも、すれ違う際にベラの横顔に視線を送っているのが見えて、俺は苦笑する。さっきは振り返ってまで見る人もいたか。それだけ彼女の容姿が目を惹くということだ。身なりさえ整えれば、どこかのお嬢様と言っても通用すると思う。
「大人気だな。歩くだけでみんな見てくれる」
「カイさん、なんか楽しそうですね。この通りに不相応な者がいるのが珍しいんでしょう。私は少し小柄ですから」
せっかくだからからかってやろうとかけた言葉に、後半は忌々しげに吐き捨てるように彼女は答えた。ベラはその身長の低さから年齢よりも幼く見られることに我慢ならないらしい。
それにしても優れた容姿ではなく、子供だということで注目されていると思っていたのか。彼女がいつもより機嫌が悪い理由がわかった。
俺の期待していた反応とは違ったが、確かに彼女の言うことは一理ある。この道は組合へ続いていて通行人はほぼ全員が組合に用があると言っても良い。不相応かどうかや子供に見えるかどうかはともかく、見慣れない者を周囲は珍しがっているのだ。
俺たちが組合に行くのは、遠征からの帰りに、その足のまま寄ることが多く、だいたいが夜になる。そのため、俺たちが昼間にこの道を通ることが少なく、ベラが鎧を脱いでくることはさらに少ない。多くの人からはレアキャラのように見えるのだ。
「私、この時間が人生で一番嫌いです」
それは顔を見ればわかる。注目されることを言っているのではないともわかっていた。目的地に近づくにつれて、ベラの顔がさらに険しくなってきている。適当に相槌を打っていると、彼女はヒートアップしてきた。
「どうして自分から支払いをしなければいけないんですか! それもこんなところまでわざわざ足を運んでまで!」
「でも取り立てがホームまで来たら怒って締め出すだろ」
「当然です」
言っていることが滅茶苦茶だ。普段はパーティの中で一番まともなのに、金のことになるとおかしくなるのだ。守銭奴なのである。彼女は自分の大切な金を自ら手放すことに耐えられないのだった。
激昂したベラが道行く人々に剣を向けないか、戦々恐々としながら、ようやく冒険者組合の建物の前まで辿り着く。実は、ここでベラが組合を叩き壊そうとしないかを最も心配していた。今回は大丈夫だったらしい。
実のところ、俺たちのパーティ<未開の探求者>の"予想外の出費ナンバーワン"はアートやベラが壊した街の修繕費である。金の管理に厳しいくせに、自分も今パーティが直面している借金地獄の原因の1つなのだから、自覚を持ってほしい。
しかし、彼女はすでに開き直っていた。粉砕した都市の設備を前にして、「これは必要な出費でした」というベラの言葉を何度聞いたかことか。あいつの顔が鎧で覆われていて良かったと思う。もし全く悪びれない表情で、何度もこんなことを言われたら何を言ってしまうかわからない。
ベラが息を整えて組合に入っていった。今日の目的は都市の税と組合費の支払いだ。組合は役所の役割も担っているため、2つの支払いは組合に行くだけで良かった。月に2回も同じことをすることになれば、俺の胃が保たないため、役所も兼任している組合には感謝だ。
都市の税の金額は、都市に提出している職業によって大まかに分類される。俺らが所属している冒険者というのは、残念なことに貧困層も多いため、基本的に税は少ない。最低ランクの冒険者であれば、なるためのハードルが低く、誰でもなれる職業だからだろう。
しかし、それでは冒険者は税金の面で優遇されている、と他の職業の者から紛糾されるため、帳尻を合わせる必要がある。高ランクの冒険者に課せられる税を高くするのだ。ちなみに組合費も同様に、低ランク冒険者と高ランク冒険者とで金額に大きな差がある。
そのため、都市の中にいる高ランクパーティは丁重な扱いを受ける。組合からしてみればせっせと金を納めてくれる高額納税者であり、都市内の困ったことを解決してくれるなんでも屋だからだ。他の都市に流出でもしたら大問題である。
そして俺たちのパーティ<未開の探求者>は最高ランク、Sランクパーティであった。冒険者の中では最も納める税と組合費が大きい。どのくらい違うのかというと、俺1人で少なくとも平均的な冒険者が納める税や組合費100人分以上の額を納めている。やむを得ない理由を知っているとはいえ、俺が目の前の彼ら100人分の税を支払っていると思うと、複雑な気分だ。
しかし、パーティランクが高いからといって、俺らがちやほやされているかというと、あまり心当たりはない。迷宮に潜りっぱなしな上に、低報酬な依頼だと突っぱねることもしばしばのため、知名度が低すぎるのだ。そこらの急成長中の中堅パーティのほうがよほど知名度が高い。
だからと言って、組合に所属せず、組合費を節約するほうが良いのかとなると、それは現実的ではない。主に組合は、冒険者の冒険以外の雑務を担っている。これには依頼人との交渉や素材販売ルートの開拓、冒険者間の情報の売買の仲介など非常に多岐に渡る。組合費をケチるよりは、その労力を買った方がよっぽど安くつく。都市から組合に補助もでているため、組合費は労力と比較すると比較的安価であることも大きかった。
ちなみに、組合への所属は強制ではない――上記の理由から、所属しない冒険者のほうが少数派ではある――が、都市への納税は義務のため、払わないという選択肢はない。
「あのー、手伝いましょうか?」
「……」
ベラが4人分の手続きを進めていると、親切そうな組合職員が彼女に近づいてきた。ベラは親の仇を見るような目つきで書類を睨み、記入に集中しているようで気づいていないようだが、困っている子供を助けようと思ったのだろうか。
先ほどすれ違った少年もそうなのだが、未成年でも冒険者になることができる。そのため、ベラくらいの子どもが冒険者をやっていても不思議ではないのだ。数は少ないため、珍しがられるだろうが。
もっとも小柄なだけでベラもそれほど幼いわけではない。むしろパーティリーダーであるアートのほうが年下だ。
「あのー、すみません。何かお困りのことは――」
「あ? なんですか?」
「ひっ……」
うわ、ベラのやつ、書類を睨んでた顔のまま、声をかけてきた職員の方を見やがった。ガンを飛ばしているようにしか見えない。なまじ顔が整っているだけに、小柄ながら迫力がある。突然睨みつけられた職員は表情に怯えが浮かんでいたが、立ち去るつもりはないらしい。愛想笑いでもして一度引っ込めば良いのに。職務に忠実すぎのも困ったものだ。
「お困りでしたら、書類の記入などお手伝いしますが……」
「え? ああ、大丈夫です。毎月やっていることですので」
「毎月?」
やっと人に向ける顔ではないと気づいたのか、自分に敵意を持つ者ではないと理解したのか、ベラの顔が元の端正な顔に戻ったため、ほっと一息をつく職員だったが、直後のベラの言葉に不意を突かれたような顔になる。
見慣れない子供が一生懸命に書類を書いていたら、組合に加入したばかりの初心者だと思うのも無理はないだろう。
ベラもそう思ったのか、書類を見せてランクとパーティ名を見せていた。子供に見られたことに彼女はまた少し不機嫌になっていたが、拗ねたような顔は先ほどの迫力ある表情とは雲泥の差だった。職員が怯えることもない。
「……もし何か困ったことがありましたら、お気軽にお声かけください。失礼します」
目の前にある紙に記入されていることを信じていいのかわかりかねて、難しそうな表情をしていた職員は、少し考えた後、同僚に確認することに決めたようだ。受付に戻っていった。良かった。
こんな小さな子が噂でしか聞いたことがないSランクパーティのメンバーであるはずがないと、食い下がられていたら今度こそベラの機嫌を損ねるところだった。ただでさえ支払い前の彼女はピリピリしているのだ。あまり刺激したくない。
そのまま受付の奥に戻る職員に、ロゼッタさんが話しかけていた。ロゼッタさんは、俺たちのパーティ<未開の探求者>担当の組合職員だ。彼女は俺やベラのことを示しながら話をしている。何を話しているのかまでは聞こえなかったが、<未開>のことを説明してくれているのだと思う。
俺たちはあまりにも知名度が低いので、組合の組織内でも存在を信じていない者がそれなりにいると、ロゼッタさんは以前に愚痴るように話していた。<黒鉄衆>や<白金聖霊>なら有名で、個別に説明なんてしなくても職員全体にある程度の理解があったのだろう。何度説明しても、都市伝説の話ですよね、と相手にしてもらえないらしい。
迷宮に潜ってばかりで、名前を周知させることができず、結果として説明の手間を増やしてしまい、すみません。いつもお世話になっております。
「お疲れさまでしたー!」
ロゼッタさんから見送られながら組合を出る。普通であれば毎月の納税程度すぐに終わるのだが、俺たちはパーティで抱えている借金もある。ちょうど、つい先日の魔獣討伐の際の臨時収入があったため、今日は繰り上げの返済手続きもしていたのだ。これには少し時間がかかった。
「初めて繰り上げ返済というのをしました」
手続きは難しいものではなかったのだが、初めてのため、説明を聞いていたら長くなったようだ。繰り上げた分だけ減った利子の総額に機嫌を良くしたベラが目を輝かせながら言う。今日はよく表情が変わる日だ。
「今までやったことなかったのか」
「カイさんも知ってるでしょ。私たちの家計はいつも火の車なんですー」
俺がこのパーティに加入した時から、莫大な借金は既に存在していた。同じことを俺より少し早く加入したドーラも言っていたから、火の車の原因はパーティ設立時のメンバーであるアートとベラにあるはずだ。どうしたらこんなに借金が膨れ上がるのだろうか。
自分とその相棒のことを棚に上げて、不満そうにこちらを見る彼女に対して、不思議と悪い感情はわかない。毎月やりくりする日々に慣れてしまっていた。むしろ今は借金返済に追われる日々に満足感を覚えているくらいだ。
「また遠征行くか」
「そうですねー。今度は3週間くらい行っときますか」
冗談で言ってみたが、ベラは案外乗り気らしい。つい先日に遠征から帰還したばかりなのに。ちょうど遠征に行きたい気分だったので、ありがたくベラの返事に乗っかり、話を進める。
少し前の魔獣襲撃の際にベラの戦闘を見てから、戦いに身をさらしたい気持ちが強くなってきていた。自分も戦闘狂なアートやベラのことを言えないかもしれない。
繰り上げ返済の証明書を見ながら、未だに目をキラキラさせて、ほわー、なんて言っているベラを見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。行きにすれ違った少年、今のベラを見られなくて残念だったな。いや、こちらを先に見て、勘違いするようなことがあれば、むしろそれこそ大変か。そんなことを考えながらホームに向かう俺の足取りは、いつもより軽かった。