黒鉄衆③
はあ……カイさんってやっぱり攻撃が下手ですよね」
「うるせえよ、ベラ」
ほら、ベラにバカにされることになった。これが嫌だったのだ。
空から降ってきた全身鎧の中身は<未開>メンバーのヴェロニカである。アートも小柄だが、ベラはさらに背が低く、俺より頭2つ分は小さい。都市は広いとは言えそんな矮躯で全身を鎧で覆い、身の丈以上の大剣を振り回す者などベラしかいない。まだ<旅団>に所属中に、迷宮で初めて戦闘している全身鎧の彼女を見たときは、こんな悪態をつかれることになるとは思っていなかった。
普段は常識人だが、力こそが正義と考えている節があるらしく、顔に似合わない脳筋思考にとらわれることがたびたびある。顔に似合わないというのは、中身が全身鎧姿からは想像できない華奢な少女だからだ。
乱入者に魔獣たちは怯んだ様子だったが、それでもベラの矮躯を見てか、じりじりと近寄ってきた。1体はベラに昏倒されて数が減ったが、まだ3体いる。数の面では向こうが有利だろう。
「アートさんが北に向かいました」
「ああ、知っている。音が聞こえた」
少し前に北から聞こえたあの音だ。あれが聞こえて、アートの到着を知り、そして状況的にベラがこちらに来るだろうと気づいて急ぎ始めたのだった。二手に分かれるとすればアートの真逆に行くのが最も効率的だ。アートに援護は必要ない。
「それとカイさんお疲れさまでした」
なんのことだととぼけて見せるが、ベラにはばれているらしい。攻撃を受けた俺の防具を見ながらベラは続ける。
「南門を魔獣たちが諦めないようにするためにわざと攻撃を受けたりしていたんですよね? 理由もなく、あの程度の魔獣からカイさんが攻撃を受けるなんて信じられないです」
「……」
東門と西門の魔獣を討伐後、討伐隊が北と南に移動するのが今回の作戦だった。つまり、東門と西門の魔獣が増えると北門への援護が遅れるし、討伐隊移動後に東門や西門を襲われると都市が被害を受ける。そうならないために魔獣を南門に釘付けにさせる必要があったのだ。
ある程度の知性をもつ魔物であれば、攻めきれないと理解すると撤退し、他の仲間と合流しようとする。俺にはそれを追えても、討伐できるだけの攻撃力がないため、魔獣に攻めきれると思わせて南門の襲撃を続けさせるしかなかったのだ。そのためにわざと攻撃も受けた。ベラが言っているのはそのことだ。
「ここからは普段通りにしていいですよ。逃げた敵も私が討ちますから」
「全く頼りになるなあ、うちのお姫様は」
再び、ベラが魔獣3頭のうちの1頭に向かって駆け出す。残り2頭は当然のように彼女を囲んで攻撃を仕掛けてきた。ベラは全く気にする様子がない。攻撃を受ける気なのだ。彼女は全身を鎧で覆っていることもあってそういうことがしばしばある。そういうところが脳筋って言われる原因の1つなのだが、危ないから防げる攻撃は防いでほしい。
仕方ないから走ってベラと魔獣の間に割り込んだ。1頭は盾で突き飛ばしてからもう1頭の動きは正面から止める。その頃にはベラは大剣を魔獣に叩き込んでいた。たった一撃。長い夜攻撃をしのいでいた魔獣はたった一撃の前に倒れた。小柄な背丈からは想像できないくらいの破壊力だ。信じられないことに、ベラは1人で城壁を破壊できる。歩く攻城兵器である。
「カイさん、私のほうが先に走りはじめてたのにいつの間に私に追いついたんです? いつも見てますが、その足の速さはズルですよね」
「俺の取り柄をズルとか言うなよ。それよりも防げる攻撃はちゃんと防げ」
「あの狼に一撃入れたあとで防御はちゃんと間に合うはずでしたよ。まあ、今はオートでバリアが展開されてるので」
「おい、俺は自動展開式の盾じゃないぞ」
誰が聞いてもニヤニヤしているとわかるような声のベラに反論する。
どうにも俺は手の届く範囲が広いらしい。ある程度離れた味方への攻撃も「これは間に合う」と確信できることがよくあり、あれもこれもと盾で受けていたら、<未開>のメンバーからは「盾がオート展開されている感覚」などと言われた。アートなんかは面白がってどこまで離れた攻撃に対処できるかと遊びはじめた。人で遊ぶのもやめたほうが良いし、攻撃の前に自ら身を晒すのもやめたほうが良い。
残った魔獣はおびえて背を向けて駆け出した。逃げるつもりだ。今の一撃で戦力差がわかったのだろう。賢明な判断であるが、逃げる魔獣の隣に並んだベラが一閃。鎧の重量も相当ながら、ベラは重さを全く感じさせず動く。全身鎧による防御力と、機動力を維持したままの圧倒的な破壊力がベラの強さだ。その強さを身に付けるまでは――アートが言っていたことで、俺は今でも信じていないが――見た目通りの華奢で非力な少女だったらしい。そして強さに魅せられて今の脳筋思考になってしまったようだ。
残りの1頭も一振りでベラが討伐した。到着してからベラが剣を振るったのは4回。4頭の魔獣を全て一撃で仕留めたベラは、魔石を回収してから言った。
「さあ、組合から報酬をふんだくりにいきましょう」
そうだ、ベラを表す言葉は脳筋以外にもう1つあった。ベラは守銭奴なのだ。
* * *
俺は呆気にとられていた。後方にある北門からきた魔法に合わせるように飛び出したまでは良かった。しかし、その魔法はそのまま魔獣と俺の間に着弾し、盛大な音を立てて俺と魔獣を吹き飛ばしたのだ。どういうことだ? 今までの援護ではこのような威力の魔法はこなかった。そもそも魔術師の待機しているのは防壁の上だ。距離が離れている今の状況で魔獣を吹き飛ばせるほどの魔法を放てる魔術師はそうはいない。突然のことに魔獣も警戒している。そのとき、背後から小さな影が魔獣に向かっていった。はっきり目で見えたわけではない。気がしたのだ。
そして目の前で何かが動く気配がした。次に魔獣の呻き声と崩れ落ちる音。何が起きたのかわからないままよく見ると、倒れ伏す魔獣。そしてその横で小柄な影が魔獣から魔石を取り出していた。何者かと警戒したが、おそらく増援だろう。自分が助けられて窮地を脱したことに気づく。その影に誰何しようとしたときには、その影は魔石を取り終えて立ち去っていた。後には魔石を取られて魔力に還元されている魔獣の亡骸だけが残されていた。
<華陽>の2人の方を見てみると、2人は未だに何が起きたのかわかっていないようで、戦闘時の構えのまま、消えゆく魔獣を見ていた。あの影は俺の対峙していた5頭と同様に残りの2頭も討伐していったようだ。2人のところへ行き、防衛を手伝ってくれてありがとうと声をかけるとようやく2人の時が動き始めたのか、構えを解いた。それでも混乱は収まっていないらしい。
「カーライルさん、今何が起きたのですか」
「俺にもわからん。だが、助けられたということはわかる。あれがカイの言っていた増援なんだろう」
「増援……」
剣を持った方の質問に答えはしたが、俺も信じられていなかった。一瞬で7頭すべての魔獣を討伐したのだ。そのような人間がこの都市にいたのか。都市のトップパーティのリーダーである自分でさえ、4頭を相手に2頭しか討伐できなかったというのに。
「これがこの都市や組合が最も頼りにしていた最高戦力……」
<華陽>の2人に聞こえないように呟く。あのような人物がこの都市にいたのかとしばらく立ち尽くしてしまった。