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黒鉄衆②

 魔獣は次の日の夜に襲撃してきた。予想していたタイミングとしては一番早い。もっと様子を伺ってくれていれば、アートたちが間に合う可能性も増えたのだが。


「まだ暗くなりきってすらないぞ。気が早すぎないか?」


 南門に来た魔獣は4体。情報通りの狼型の魔獣だ。後方にいる伝令役が光による合図で他の門との連絡をしている。想定通り、分散してすべての門を襲撃しているようだ。それぞれの門に4体ずつ。合計16体で推定数より多いが許容範囲内である。


 魔獣間で意思疎通ができているのだろうか。そんなことを考えながら魔獣の攻撃を受け続ける。4体の連携が良い。1体の攻撃を受けきってもさらにもう1体、もう1体と攻撃に暇がない。じりじりと押されていってしまい、無理に押し返すことになった。後方にある防壁の安全圏からも魔術師が援護をしてくれるが、魔獣が気にする様子もない。距離も開いていて威力が足りないのだ。


 長い夜になることを予感しながら、ここから先の繊細な作業に集中する。


  * * *


「来た! 正面から1頭と奥にもう1頭、左右に1頭ずつ!」


 フリーダがちょうど背後にあたる位置から索敵結果を伝えてくる。同時に他のパーティからも同様の声が聞こえた。今この北門にいるのは3パーティ、<華陽>も含めてどれも中堅として知られるパーティだ。トップパーティはタイミングの悪いことに<黒鉄>以外不在だった。


 ジャナは他の門の防衛をしており、ここにいるパーティメンバーはダンとフリーダと俺、エメットだ。


「フリーダ、魔獣の強さは?」


「かなり強い。でも1頭1頭はあの猪ほどじゃないかも。たぶんだけど」


 比較対象が強すぎるだけで十分強いのだろう。あの猪はカイさんがいなければ絶対に倒せなかったと思う。長い間ダンが削って、パーティ内最高火力であるフリーダの魔法を至近距離で当ててようやく討伐できたのだ。ダンが削るにしてもそれほどの時間耐え続けることができたのはカイさんと攻撃を分散させることができたからで、俺1人だと押し切られていたし、フリーダが至近距離で攻撃を当てることができたのもカイさんが魔獣の突進を完全に止めたからだ。


「おい、ごちゃごちゃ考えてるかもしれないけど、今はやりきるしかない。大丈夫、危なくなったら撤退しても良いって言われてる」


 あれこれ考えている俺にダンが声をかけてくれた。そんなに顔に出ていただろうか。


「でも俺はエメットならできるって思ってる。フリーダも言ってたろ、あの猪よりは弱いって。あの魔獣は確かに強すぎた。でも1度も負けていなかったじゃないか。今回はそれより弱い。大丈夫さ」


 深呼吸する。そうだ、今までこんなに弱気になったことがあったか。目の前でカイさんを見て、格の差を思い知って落ち込んでいたが、あちらは最上位パーティ所属、こちらはまだまだ中堅パーティだ。差なんてあって当たり前だった。


「悪い。もう大丈夫だ。行こう」


 そして<華陽>は他の2パーティに少し遅れて魔獣と交戦を始めた。相手は4体。対するこちらは3パーティである。1パーティ1頭と少しを相手にすればよく、苦戦はするが、時間稼ぎだけが目的ならばそれほど負担にはならない。あの猪とは違って盾で弾くのがやっとというわけでもなかった。こちらの体勢や攻撃のタイミングなど条件はあるが、受け止めることさえできる。いける。あとは他の門の魔獣を討伐した<黒鉄>が加勢してくれる手筈になっている。そこまで持ちこたえれば依頼は完遂だ。




 こちらは攻撃には消極的で、防御に徹していると魔獣たちが気づき始めたくらいのときだった。援護をしていたフリーダから鋭い声が届いた。


「待って! 警戒! 敵に増援!」


 どういうことだ。すべての門に4頭ずつ魔獣が来ていると報告を受けていた。推定されていたすべての魔獣はもう観測されたはずだ。続くフリーダからの声に注意を向ける。


「3頭! 右から!」


 直後に衝撃。フリーダの声に反応して咄嗟に身体強化をして右に盾を向けたのが良かった。なんとか攻撃を逸らす。あの猪の最後の突進よりは柔らかい衝撃だ。今まで対峙していた魔獣が前から迫ってきていたが、それはダンが牽制し、奇襲を防ぐことには成功した。だが、他のパーティは負傷者が出たようだ。幸い、後方の魔術師が弾幕を張って作った時間でポーションを使って回復することができたが、敵の数は7頭に増えた。負担はおよそ2倍だ。


 厳しい戦いになることを覚悟していると、フリーダから指示がきた。戦線を下げて守りを固めるそうだ。他のパーティも今の状況ではしのぎ切れないと判断したらしい。それでも今の状況、1人が倒れればそこが穴になって一気に瓦解する恐れがある。綱渡りのような戦況は変わらない。伝令役は異常を知らせてくれただろうか。増援がくることを切に願いながら、魔獣の攻撃をしのぎ続ける夜が始まるのだった。


  * * *


「来た」


 他の門から魔獣と交戦中という信号が入るころ、ここ東門にも魔獣の影が見えた。


「数は4体。他の門と同じか。いけるな? クレイ」


「行きましょう!」


 そう言って尋ねた俺よりも早く前に行ってしまったのは盾持ちのクレイだ。うちにもう1人いる盾のオルトは彼の兄である。どちらも優秀な盾持ちだが、性格が2人で少し異なり、兄のオルトは控えめで慎重な反面、弟のクレイは社交的で思い切りがよかった。どちらの性格が優れているというわけではない。戦いにおいて、慎重に戦局を見極めなければいけないときも、思い切って攻勢に出なければいけない時もある。俺が弟のクレイを連れてきたのは、早く魔獣を討伐して北へ救援に向かいたかったからだ。そのためにはどんどん前に出てくれるクレイの性格があっていた。逆に西門に兄のオルトを向かわせたのは、俺がいない中で指揮も任せられるからだ。前線で戦いながら指揮をできるやつはそうはいない。重宝される才能だ。


 魔獣の姿を確認する。狼型だ。かなり大きい。こんなに大きい種族がいたら食料不足ですぐに滅びるだろうと考えると笑ってしまった。魔物だからこのような大きさが許されるのだ。


「カーライルさん、この数相手に笑ってられるなんてさすがっすね」


「ん? ああ、リーダーだからな。リーダーが厳しい顔していたらメンバーは固くなっちまうだろ」


 クレイの軽口に適当に答えていると向こうの1頭が仕掛けてきた。開戦だ。戦う前には笑ってはいたが、実のところそれほど余裕のある状況ではない。4頭をただ討伐すれば良いというわけではなく、時間制限があるのだ。早く北門に救援へいかなければならない。俺はクレイとともに無茶に片足を突っ込んでいるような攻勢に出ていた。普段はオルトやクレイが攻撃を受けて俺とフレイアが切るのだが、今回ばかりは違う。俺が切りに行って反撃をクレイが受ける。攻めるタイミングは全て俺が決めていた。そのため俺もクレイもオーバーワーク気味だ。早くも2人とも肩で息をし始めている。




 流れが変わったのは攻撃を受けたクレイがカウンターの一撃を決めてからだった。今まで俺についてくるだけで精一杯だったクレイが初めて剣を抜いて狼に突き刺した。それを見逃さず、俺も腹に突き刺す。他の魔獣が襲いに来るが、クレイが足止めしている間に、俺はもう1本の剣を抜いて、弱った魔獣との戦いの末に首を落とした。


「やっとついてこれるようになったな」


「ええ、まだなんとかって感じですけど」


「じゃあ、ギア上げるか。まだまだ若いやつに追いつかれるわけにはいかん!」


「え、ま、待ってくださいよ!」


 1頭落とされて3頭になった魔獣たちは少し慎重になっていた、そのため膠着状態になりつつある。クレイにも疲れが見えるし、少し落ち着くべきかと思っていたところで緊急用の鐘が鳴った。ついさっきまでは順調だったはずだ。何があった。魔獣を警戒しながら後方を確認する。あれは……北門の合図、北門が緊急ということか!? これからの作戦を考え、クレイに手短に伝える。


「俺は北に向かう。だが、ここをそのまま放置するわけにもいかない。だからお前に託す。討伐はしなくていいから救援がくるまで持ちこたえてくれ」


 俺は魔獣から目を反らすことなく、クレイに話し続けた。


「いくらお前が優秀だと言っても3頭は無理だろう。あと1頭何としても削る必要がある。そうだな、あの左のやつだ。お前も一緒に来い」


 一方的に話し続けたが、最後まで真剣な顔でクレイは頷いてくれた。


「俺の、<黒鉄衆>リーダーの特攻ってやつを見せてやるよ」


 


 馬で北門へ急ぐ。最後に年甲斐もなく無理をしすぎた。呼吸が整わない。門へ着く前に少しでも回復させておかねばならないというのに。ポーションは傷を治すことができても疲れをとることはできない。


 焦る気持ちを抑えながら、北門へ到着した。目に入った光景は、北門を託したパーティが負傷し、手当を受けているところだった。門は破られていないようだが、撤退したのか? 予測より早い。状況を確認しなければ。


「どうした、なにがあった」


「カーライルさん! 魔獣の増援です」


「魔獣の増援?」


 話によると北門に最初に来た魔獣は4体だったが、それからしばらく交戦したあとで、さらに3体からの奇襲を受けたらしい。咄嗟に気が付いた後方の魔術師による警告とサポートで戦線が崩壊することはなかったが、突然増えた敵の数に対応しきれずに負傷、ポーションを使って防衛を維持していたが、ポーションが尽きて戦線が維持できなくなったため撤退したのだという。撤退の際にも負傷者が出たそうだ。問題なく戦えるのは2人くらいか。


「それじゃあ、今あの門の向こうには……」


「7頭の魔獣が門を攻撃し続けています」


 7頭……。4頭でもクレイと2人で2頭を仕留めるので限界だった魔獣相手に1人で7頭は厳しすぎる。いや、2人は動けるから任せられるか。危険を承知で2頭任せて良いだろうか。それでも俺1人で安全に戦えるのは甘く見積もっても3頭が限界だろう。5頭相手は命の危険さえある。しかし、ここで食い止めなければ。魔獣が7頭も都市に侵入するようなことがあっては被害が想定の数倍になりかねない。


「門も7頭分の攻撃ではそう長くはもたないだろう。俺が、前に立って食い止める。今動けるものはそこの2人だけか? 悪いがついてきてほしい」


 呼吸を整えながら門の前まで来た。まだ門は耐えられるようだが、それほど長く保たないだろう。突破される前に注意を自分たちに向けさせなくては。連れてきた2人には俺が魔獣を5頭受け持つこと、2頭の魔獣を相手にしてほしいことを話した。お互いギリギリだが、これしかない。所属を聞くと<華陽>だという。カイが話していた、魔獣をともに討伐したパーティか。しっかりした実力をつけているが、まだまだ伸び代があると褒めていた。このような未来有望な若者たちに命を懸けさせることになり申し訳ないがそうも言っていられない。


 通用門が開き、魔獣が視界に入る。本当に7頭いた。死地に向かう気分というのはこのような気分だったかと久々の感覚を思い出す。年をとってから後進の育成ばかりして自身の冒険がおざなりだった。無事に乗り越えることができたら<白金聖霊>と合同で迷宮遠征なども良いのではないだろうか。


 悪くないと思いながら、駆け出した。意識を切り替える。まずは5頭を引き付ける。その後は生き残ることだけを考えろ。自分の未来のために今を乗り切れ。




 何度攻撃を受けたか何度攻撃をしたのか、今どれくらい時間が経ってるのかすらわからない。考えているのは、5方向からくる攻撃を捌くことと、魔獣たちが<華陽>の2人に行かないようにすることだけだった。今日は満月だったはずで、空を見ればすぐに時間がわかるのはわかっていたが、そんなことのために敵から視線を外して空を見上げるのは隙を自ら作ることに等しい。一瞬の隙を5頭の魔獣につかれたら最悪の場合、そのまま食い殺されるだろう。ポーションを飲むとき以外は魔獣から視線を外すべきではない。そんなポーションはあと1本、そろそろ使い時だ。背に負った傷と、牙を庇ったときに腕に負った傷が思ったより深かったらしい。動きに支障が出始めていた。後方に合図をして弾幕を張ってもらい、ポーションを飲み干す。ポーションを仰いだ時に空が見えた。まだ夜は半分と少ししか過ぎていない。魔獣の標的が俺から変わらないようにすぐに駆け出して攻撃をしかける。


 3つあったはずの命綱も全て使い切った。時間は稼いだはずだ。あとはフライアが来てくれることを祈るばかりだが、ここまで待っても来ないなら望み薄か。ほどほどで撤退して門を放棄するとどの程度の被害になるのだろうかと弱気なことを考えると、<黒鉄衆>リーダーである俺が説教をしてくる。それでも都市トップのパーティのリーダーかと。ここで敗走したら、<黒鉄>の地位はどうなるのかと。確かにそうだ。今も奮闘しているオルト、クレイ、フライアと俺の警戒不足で負傷したシャーロットやルイーたちが惨めな思いをするのではないだろうか。


 弱気な自分に鞭を打ちながら命のやりとりを続ける。最初は攻めることもできていたが、徐々に魔獣に手の内がバレてきたのか攻撃が見切られるようになってきた。受け止めて流す、かわして反撃、次はかわせない、蹴って逸らす、その次は無理だ。飛びのいて最低限の負傷で抑える。1度の攻防の度に傷が増え、それでも立ち向かわないわけにはいかない。気が付くとまたボロボロになっていた。体が重い。なんとかなると思っていたが、俺には荷が重かったらしい。責任感を原動力にして魔獣の前に立つ。今も奮闘している2人には俺が倒れるか、自分たちが危険になったら撤退するように言ってある。後衛の魔術師も撤退を支援してくれるだろう。


 自分自身の撤退も考えたが、頭の中からそれをかき消す。ここが命の使い時だと思った。倒れても往生際悪く足止めすればいくらかの時間稼ぎになるだろう。その間に、あの2人は撤退できるだろうし、フライアが救援にきて門の防衛はかなうかもしれない。オルトもこの戦いで成長しただろうし、オルトを新リーダーとした新<黒鉄衆>始動だ。その未来も悪くないか。これは諦めではない。後進へ道を譲る決意だ。3度自分に言い聞かせる。


 覚悟は決まった。後方から援護の魔法がきているのがわかる。あとは合わせて飛び出すだけだ。


  * * *


 これでもう何回攻撃を受けただろうか。もう南門をどのくらい守ったのだろう。東門や西門にいるはずのカーライルさんたちはうまくやっているだろうか。頭の隅で場違いなことを考えていたとき、北門のほうで大きな音が聞こえた。どくんと心臓が跳ねた気がした。


「!」


「北門が破られたのか!?」


 後方の魔術師たちが騒いでいる。そうか、意外と早かったなと冷静になろうとしながらも、早鐘を打ち始める心臓で自分の焦りを感じる。俺は盾を構えていた体勢を変えて、魔獣たちに向かって駆け出した。


「カイさん!?」


「自暴自棄になるな!」


 俺の奇行とも思える行動を見た魔術師たちに叫ばれる。敵のど真ん中に突っ込んで自分から囲まれにいっているのだから当然だ。しかし、援護は忘れずにしてくれる。ありがたい。早くしなければならないのだ。ここからは時間との戦いになる。後ろには絶対に通さないから今だけは我儘を許してくれ。今までの時間稼ぎから討伐へと移行しなければ。


 魔獣たちに囲まれながら、今まで抜かなかった剣を抜いて切りつける。やはり俺には剣の才能はないらしい。ダメージにはなっているが致命傷には程遠い。盾で受けて切りつける。シールドバッシュのほうがダメージになるか? 自分でも自棄になっていることはわかっていた。それでもやらねば。ほら、足音が近づいてくる。


 焦って剣を振るが今度は全くダメージにならない。さっきは今まで攻撃していなかった俺が攻撃したために傷をつけられただけか。俺は盾の才能しかなかったということをひしひしと感じた。後方からの音を聞き、間に合わないと諦めた俺は両手をだらりと下げて空を仰ぎ、大きく息を吐きだした。それを明らかな隙と見た狼が飛びかかる。


 その時、後ろから跳躍してきた影が空から降ってきて、魔獣に衝突した。鈍い音。魔獣が倒れ、小柄な影が立ち上がる。全身鎧だ。頭まで覆われていて顔は見えない。その鎧が魔獣を放置してこちらに向かってくる。ああ、嫌だ。こうなることはわかっていたとはいえ、だから俺は必死に戦ったのだ。その鎧は俺の前で立ち止まると溜息をついて高めの声で言った。




「はあ……カイさんってやっぱり攻撃が下手ですよね」


「うるせえよ、ベラ」

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