黒鉄衆①
村に戻ると前の日の出発前には見かけなかった馬がいるのが目に入った。村長に討伐の報告にいくと、組合の制服を着た人物が一緒にいる。俺の姿をみるとこちらに向かってきた。
「お疲れさまです。<未開の探求者>のカイさんですよね? <未開の探求者>に強制依頼になります。都市に戻ってください」
<未開の探求者>――知名度が低すぎて略称は決まっていないが、たぶん<未開>――は俺が今所属しているパーティだ。<未開の探求者>の2人を迷宮で一方的に知ったときも衝撃的だったが、互いに認識しあったときもそれはそれで衝撃的だった。なにせ、<護送旅団>が解散してソロで活動をしていたところ、「体が大きくて荷物持ちに適任だと思った」という信じられない理由でスカウトされたのだから。
一緒にいたダンたちは突然のことできょとんとしている。俺はというと、こういうことが今までに何度かあってようやく慣れてきたところだ。
「緊急ですか?」
「事態はかなり深刻ですが、都市には明日の朝までに間に合えばよいことになっています。また、そちらは<華陽>の方々ですよね? こちらは強制依頼ではありませんが<華陽>にも依頼が来ています」
都市からきた組合職員から話を聞くと、どうやら俺が依頼を受けたものとは別の魔物討伐依頼があったらしい。目撃情報がかなり広い範囲で数も多かったため、組合は移動量の多い活発な個体であると予想し、警戒レベルを上げて依頼をかけた。目撃された魔物は元々かなり強い種類であったために、組合が依頼受領を認めたのは<黒鉄衆>だけであった。
<黒鉄衆>――通称<黒鉄>――は<護送旅団>が解散した今、都市でトップと言われるパーティの1つだ。そのパーティが討伐に向かったのだから安心だと思いきや、敗走したらしい。姿形が全く同じ個体が5頭いたとのことだ。目撃情報が広い範囲だったのも複数の個体の目撃情報だと思えば納得できる。
最初から5頭いたと知っていれば、<黒鉄>の実力なら遅れはとらなかったはずだ。しかし、1頭目と相対しているときに、他4頭からの奇襲を受けたらしい。後衛が襲われ、戦線は崩壊した。後衛の付与術師が襲われ、それを魔術師が庇って負傷したのだそうだ。攻撃を受ける際に自分にバリアを張ったため致命傷にはならなかったものの重体、付与術師も軽傷を負った。
「エメット、魔術師ってとっさに覚悟を決められるやつじゃないとなれないのか?」
「さあ……」
「2人ともなんで私を見ながら言うわけ?」
またフリーダに睨まれた。
戦線が崩れた<黒鉄>は撤退。無事だった者で再度討伐に向かいたくとも<黒鉄>は前衛の多いパーティであり、後衛に代わりはいなかった。後衛がいなくなると実力が半減するため、加勢が必要になったということだ。
「そうは言っても俺も前衛なんですけど……。<白金>ではダメなんですか」
<白金聖霊>――通称<白金>――は<黒鉄衆>と並ぶ都市トップのパーティだ。<黒鉄>とは陣形や戦術の価値観の違いから仲が悪いことで知られている。<旅団>が解散したことによって空いた都市1位のパーティの座を争っているという噂だが、魔物との戦いで喧嘩は控えるくらいの分別はあるだろう。
「<白金聖霊>は他の都市にヘルプのために遠征中です。頼めるのがカイさんだけというのもありますが、<未開の探求者>全員に依頼を受けていただきたく、アーサーさんとヴェロニカさんにも使いを送っています」
そういえば強制依頼だったな。俺らというよりはアートの魔法が目当てだろう。ダンたちは初めて出てくる名前にきょとんとしている。しかし気になることがある。
「……アートを呼び戻す程ですか?」
魔獣5頭程度なら俺と<黒鉄>でなんとかなる。今回の魔獣の情報はわからないが、たいていの魔獣は特に苦戦することもなく対処可能だろう。そこにアートが加わるのは過剰戦力ではないか。あいつは1人で魔獣の数体など一蹴できる。
「<黒鉄衆>からの情報の後、組合が目撃情報を調べなおしたところ、5頭だったとしても行動範囲が広すぎるという報告がありました。他にも同じ個体がいる可能性があります。ここで"もしも"が起きれば都市は大被害です」
そういうことか。いくら負けなくても戦闘中に他の魔獣が都市に侵入したら大変なことになる。<黒鉄>レベルでなければ対処できないならば戦闘力がない一般人には大災害だ。
「今回の依頼は討伐そのものよりも都市に被害を出さないこと、ということですか……」
「その通りです。なるべく都市への被害を少なくすることが依頼内容です。被害が少なければ少ないほど報酬を支払います。詳細はヴェロニカさんに送っています」
「問題はベラたちがどれほど早く戻れるかですねえ。最終到達層の近くまで進むと言っていたので。予定を考えるとそろそろ撤収をはじめる頃だとは思いますが」
そこで、ダンがおそるおそるといった様子で切り出した。
「あの、俺たちはそんなトップのパーティが参加している案件をなぜ依頼されたのでしょう」
「ああ、すみません。<華陽>の皆さんへの依頼も説明するべきでした。実は、先ほどの魔獣の推定数が予想よりはるかに多かったのです」
推定数は15頭だという。目撃情報数とその位置から推定した数だそうだが、同種の魔獣がそんなに増えることがあるのだろうか。
「交戦した<黒鉄衆>からの情報ですが、奇襲を受けたときも魔獣間で意思疎通ができているようだった、合図のようなものは見られなかったのにタイミングが完璧だったということでした。複数で1つの魔獣なのかもしれません。魔力が関与するものは私たちの想像を超えることが多々ありますから」
それでも15頭は多過ぎだとは思うが。根拠は直接<黒鉄>に聞けば良いか。おそらく報告した本人たちも組合から聞いて驚き、同じことを尋ねているはずだ。
「<黒鉄衆>がいくら強いといえどもメンバーはせいぜい6人、負傷者も出ていて現在は4人です。魔獣全てを相手に都市を防衛するともなると明らかに人手が足りません」
「それで俺たちに加勢の依頼を?」
「その通りです。人数の関係上、防衛できない門があります。その門の防衛が依頼内容です。カイさんと違って、強制依頼ではありませんので断ることもできますが、受けていただいた場合、報酬もでます」
* * *
ダンたちは依頼を受けることにしたらしい。組合からの期待に応えたいという思いや都市の防衛に役立ちたいという思いが大きな理由だろうが、報酬が良かったというのも小さくない理由だろう。組合から直接依頼が出されることは珍しいが、その分緊急度が高く報酬も高いことが多い。
そして俺は、ジャナからまた質問攻めにあっているのだった。逃げようとはしたのだ。俺の方が1人で早く帰れるから先に行くと言って。しかし、都市に着いたらすぐに戦闘になる可能性がある、一緒に帰って交代で馬車で寝たほうが良いのではないかと引き下がられた。徹夜明けでまた戦闘になるのはきついが、それでも仮眠くらいはできると思っていたため、丁重にお断りしたら、その場でジャナは組合職員と交渉し始めたのだ。乗ってきた馬を貸してほしい、いくら払えば貸してくれるのかと。こいつ、そこまでしてついて来たいのかと引いたが、半ば脅しのような交渉をされる組合職員を見てかわいそうに思ったので、一緒に戻ることを了承してしまった。
ジャナからの質問攻撃を耐えきった俺は、都市に着くと組合の会議室に案内された。<黒鉄衆>と作戦を練るためだ。<華陽>とは別行動となった。ここで決めた作戦に従ってもらうらしい。部屋に入るともう会議は始まっているようだった。パーティリーダーのカーライルさんが前に立って説明している。
「まず前提として、今回は討伐ではなく、防衛が依頼だ。増援がくるまで都市の被害を防ぐ」
「増援って誰がくるんですか。<白>の連中?」
「組合の切り札のパーティだと。<未開の探求者>っていうらしい」
聞いたのはオルトだ。<黒鉄>の二枚壁の1枚であり、もう1枚のクレイの兄でもある。そのクレイは兄の後ろでフライアと喋っていた。
「未開のなんとかって聞いたことはないですけど、組合の懐刀のパーティって都市伝説じゃないんですか?」
「都市の防衛装置があるとかないとか。私、聞いたことあるよ。それの準備ってことじゃない? きっと大砲とかあるんだよ」
「そんなの見たことないですよ。それより頻繁に問題を起こすパーティを組合が裏で始末するための暗殺特化パーティがあるって噂ありません?」
「それこそ、そんなのいるわけないでしょ」
自分のパーティが好き放題言われている。地上にいる時間が少ないせいで知名度が低いとこうなる。入ってきた俺に気づいてなかったようなので壁をノックした。
「遅れた。<未開の探求者>のカイだ。よろしく」
フライアは話を止め、俺を見て少し驚いていたが「久しぶりー」と声をかけてきた。<黒鉄>とは<旅団>のときに面識があったのだ。話もしていたし、共闘も何度かある。
「カイじゃないか。カイがきたということは<未開>って<旅団>のことか? 引退したって聞いたが、今日のために再結成してくれたのか? <未開の探求者>ってどういうことだと思っていたが、それなら安心だ」
「いや、<旅団>再結成ではなく、本当に<未開>に依頼がかかって……」
「またまた~」
カーライルさんには勘違いされるし、フライアには茶化される。確かに名前も実力も噂でしかと聞いたことないパーティがあることよりは<旅団>再結成のほうが信憑性がある。信じていなかったフライアだったが、微妙な顔をしている俺に気づいた。
「まさか本当に<旅団>再結成じゃないの?」
「そう言ってるだろ」
「状況がよくわからんが、とりあえずお前は増援の1人ってことでいいんだよな? 残りはいつだ? 何人くる?」
「残りは2人。いつくるかは、すまんが俺にもわからない。ちょうど別行動をしていたところだった」
アートとベラの名前を言ったが、カーライルさんも<黒鉄>の他のメンバーも知らないようだった。あの2人、ふるまいの派手さの割に知名度が低すぎる。
「そんなことより、会議を続けよう。あまり時間はないんじゃないのか」
「カイの言うとおりだ。今にも魔獣が都市に押し寄せる可能性がある。予測は明日だが」
「明日? 依頼を持ってきた職員も時間はまだ余裕があるような口ぶりだったな。根拠はあるのか?」
「目撃情報の広さとその時の魔獣の様子だ。さっきも目撃情報が届いたが、都市から離れている上に都市とは逆方向に移動していたらしい。すべての魔獣がその範囲に散らばっていてまだ都市襲撃の準備をしていないなら、集結から襲撃まであと1日はかかる。もっとも、集結を待たずに攻めてきてくれれば各個撃破できて楽なのだが」
魔獣間で意思疎通ができているのではないのか? 距離が離れていると疎通にも時間がかかるのだろうか。なんにせよ時間があれば防衛体制を築くことができる。今も攻めてこられても良いように、防壁付近には警備として実力のあるパーティを配置させており、連絡があり次第、<黒鉄衆>が急行する手筈になっているという。
「敵は同一種の魔物が推定15体。これが同時に都市に攻めてくることを想定して防衛する」
「15……」
カーライルさんから数を聞いたオルトが思案気な顔で呟く。
「都市の門は東西南北に4つだ。戦力を分けて防衛しようとすると人手が足りないが……」
「いや、カーライルさん待ってくれ。4つ全てを守る必要はないんじゃないのか。魔物目撃情報があった地域から近い門だけ守れば――」
言いながら、目撃地点が記された地図を見て気が付いた。都市を囲むように印がある。特に門に近づくにつれては目撃情報は多くなっている。4つ全てに関してだ。確かにこの広範囲でこの目撃数なら数15というのもわからなくはない。
「この目撃情報の分布から、この魔物は前から都市を襲撃するつもりだったのではないかという声が出ている。そう思うか?」
「ああ、これを見たらすべての門を守らないとダメだな。門の位置が把握されている」
戦力を分けたとしても1か所に少なくとも盾が1人以上必要だ。今回の魔獣の相手をできる盾持ちは俺と<黒鉄>に2人の計3人。あと1人足りない。
「せめてあと1パーティ増援がほしいが……」
「あの魔物複数を止められるパーティ、今、私たち以外いないもんねえ」
都市にいる有望なパーティリストを組合に作ってもらい、今回の魔獣襲撃を乗り切れるか調べてみたが、望まれる盾持ちはいなかった。そもそも<黒鉄>が前衛を重視していてオルトもクレイもどちらも優秀なのだ。同レベルの者がそうそう見つかるわけがない。
「盾も3枚しかない上に、攻撃は2人だ。魔術師と付与術師は他パーティから借りることができるが、前線は他のパーティの者には危険すぎる」
盾を3門に配置し、残りの1つに戦力を集めて討伐後、他の門に移動して討伐を繰り返すのはどうかと提案したが却下された。
「うちの盾がいくら優秀といっても限度がある。複数の魔獣からの攻撃を何時間も受け続けることはできない」
盾持ちにも限界があるため、攻撃するものがいて初めて攻撃を耐える意味が生まれる。普通は無制限に攻撃を耐え続けることはできないのだ。
日が沈むまで考えても案は浮かばず、苦肉の策で、最も人が少なく被害が大きくならない北門を<華陽>含めた他のパーティに任せることとなった。東門と西門の魔物を片づけ次第、<黒鉄>が救援に向かう。ただ、トップパーティ以外のメンバーに魔獣を完全に食い止めることを求めると死傷者が出かねないため、危険そうな場合は撤退を許可する。北門が突破されることを視野に入れて避難を進めなければならない。だが、門の耐久性も考えれば時間稼ぎは十分できるはずで、破られたとしても都市の被害は最小限で救援が間に合うと予測した。
「西門と東門はこのパーティを2つに分けて他から魔術師と付与術師を借りて臨時パーティを組む。南門はカイ、お前に任せる。他のパーティからも良い腕の魔術師や付与術師もつけるが、攻撃役は出せない。悔しいがお前がこの中で最後まで立っていられると信じて託す」
「ああ、託された。安心しろ、俺なら守り切れる。大船に乗った気でいてくれ」
「さすが元<旅団>だな。……一番大変なことを任せてすまない。討伐が出来次第、そちらへ向かう」
1人で門を守るのは仕方ないことだ。現状では人数が足りなすぎる。難しいがやるしかない。
* * *
「オルトとクレイ、カイは1人で門を守りきれると思う?」
準備があると部屋を出たカイを見送りながら、ニヤニヤして聞いてくるフライアに少しイラつく。
「わかりきったこと言うんじゃない。同じ盾持ちとして悔しいけど、カイなら絶対にやる」
「やつは5年で<旅団>全員に認められて、1人でも<旅団>を名乗ることを許されたんですよ。化け物っす」
クレイも同意見みたいだ。一度盾持ちになったことがあるやつならカイのすごさはわかるし、隣で共闘したことがあればなおさらだ。カイの後ろで戦ったこともあるフライアもわかっているはずで、ただからかっているだけだった。
「まあ、そうだよねー。自分たちの心配をしますかー」
カイは自分のことを才能が足りないなどと言っている。しかし、僕は彼以上に才能を持っている冒険者を知らない。倒れる姿が想像できないのだ。普通はぽっと出の、まだ自分たちのキャリアの半分もないような新人1人に、未だに名声の残るパーティを託すことなどできないはずだ。少なくとも僕がリーダーならできない。しかし彼は<旅団>を任された。結局、カイが<旅団>の名前を継ぐことはなかったためにそのことはあまり知られていないが、それはカイ1人で他の<旅団>メンバー全員と同等の実力を持っていることになる。もしかすると、現段階ではなく未来の伸び代を考慮してパーティを任せたのかもしれないけれど、確実なことはもう隠居しているエクスさんたちにしかわからない。あれこれ考えても仕方ないと思考をここで打ち切る。
「クレイ、僕らも防衛の準備を始めよう」