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華陽③

「――右前!」


 本命との遭遇は突然やってきた。俺が<華陽>に協力することを改めて決意した数日後、俺らは前にエメット、後ろに俺、間に他のメンバーという編成で移動していたが、魔術師のフリーダに向かって魔獣は真っすぐに突進してきた。


 間一髪でエメットが魔獣を盾ではじく。猪型のようだ。四足歩行なのに背丈が俺くらい大きい。エメットよりも練度が低い盾持ちだったら今の攻撃で壊滅していたし、ジャナがとっさに付与をかけていたのも功を奏した。やはりこのパーティはレベルが高く反応も良い。


「こいつ、索敵魔法の範囲外から一直線で来た……?」


 フリーダの呟きを深く考える時間もなく、そのまま戦闘に雪崩れ込む。猪型の魔獣の攻撃は至ってシンプルな突進である。来るとわかっていれば対処はたやすい。突進を俺かエメットが受けて、ダンが一撃を加えれば良いのだ。


「待って、こいつの魔力ちょっとヤバいかも……。私が覚えてる今までのどの魔物よりも強い……」


「じゃあこいつが大本命ってわけだ」


「これまで隠れ続けてきた相手。私たちが倒して都市に帰って報酬もらう」


「……」


「……そうよね。今日で依頼を達成させましょ!」


 いつもは気が強いフリーダが弱気になったら他の3人がフォローし、討伐対象が過去最強だったとしても引かないスタンス。冒険者好みの性格だ。彼らには素質がある。アートやベラが喜びそうなやつらだと考えながら、俺は受け止めていた猪を押し返して、仕切り直した。距離が開き、<華陽>と魔獣が睨み合う。


 先制したのはフリーダだった。一般的な杖より小さめの杖を振り、火力よりも速度を優先した攻撃を魔獣に命中される。それはただ魔獣を興奮させるのみに終わった。挑発を受けた猪はまたフリーダに向かって突っ込んできた。それをエメットが受けて弾く。すかさずダンが一撃を入れた。


「すまない。2回受けてみてわかったが、あいつの突進を完全に受け止めるのは俺では無理だ」


 ダンの一撃に怯む魔獣にフリーダが攻撃魔法を放っている間、エメットが俺たちに伝えてくる。


「いや、十分だ。自分の後ろを守れればそれで問題ない。今はカイさんもいるから、エメットはフリーダを、カイさんはジャナを守ってくれ。俺は大丈夫」


「「了解」」


 リーダーの指示で陣形を少し変える。猪型の魔獣は直線的な攻撃しかないため、魔術師と付与術師を盾役の背後に置くのだ。そうなるとダンが狙われたときに危険に思えるが、ダンはこう見えて<華陽>で頭1つ抜けて強い。


 エクスさんもアートも、パーティリーダーというのはなぜかどこもそうなのだが、メンバーの中で圧倒的なほど強いのだ。血気盛んな冒険者をまとめられるのは力だけということかもしれない。


 それに、気のせいでなければ、あの魔獣は執拗にフリーダとジャナを狙っているように思えた。ジャナへまっすぐきた突進を俺が受けきり、ダンが一撃を加え、フリーダへの攻撃をエメットがはじくとフリーダが魔法を放つ。


「少しずつだが着実に削っている。時間の問題だ。何か問題が起きたやつは言ってくれ。必ずなんとかする」


 ダンが攻撃を加えながら味方を鼓舞する。フリーダもジャナも魔力回復ポーションを飲みながら「問題なし」と返事をした。俺とエメットも首肯してダンに伝える。型にははめている。あとは地道に削り取るだけだ。<華陽>には派手さはないものの、このような基本に忠実な動きは高いレベルでこなすことができた。




 魔獣と遭遇したときはまだ日が沈みかけの時間だったが、もう月が高く昇っていた。なんとなくこれで折り返しだと思い、明け方には村に戻れるなと考えていた矢先だった。敵の動きが変わった。今まで突進一辺倒だった魔獣がゆっくり回り込みながら間合いをとりはじめる。


 逃げ出すのかと思ったフリーダが遠距離大規模魔法の準備をはじめるが、予想に反して逃げる様子はない。すると魔獣は駆け出した。知性のある魔獣がずっと同じ行動をとり続けることなどあるはずがなかったのだ。猪はエメットの方へ。


 今までよりも速度が出ている気がする。動きが変わったのは助走をつけるためか。勢いのまま薙ぎ倒すつもりだ。それに気づいたエメットは盾を構え、体ごと押され体勢が崩れるもなんとかはじく。


「――!」


 しかし、はじいた先には本来エメットの後ろにいるはずのフリーダがいた。猪は想定通りとばかりにフリーダに突進する。


 詠唱中は基本的に動けない。集中を切らして魔力の制御に失敗すると暴発する可能性が非常に高くなるからだ。


 エメットも魔獣の回り込みに対応してフリーダを庇うように動いたが、背後を確認しながら動くわけにはいかないためフリーダとの位置関係が微妙にずれた。魔獣はそこを狙い、助走を増やした突進でさらにエメットを押しのけてフリーダをエメットの背後から引き離したのか。


 それを意図してやったのならば、確かにこの魔獣には知性がある。今までの捜索者から隠れられたのも合点がいく。


 そうなると今のこの状況、夜に、開けた場所で遭遇戦をしているのも偶然ではなくあの魔獣の思惑通りなのかもしれなかった。やけに魔獣に有利な状況だと思っていた。突進を遮る物は何もない場で、鼻が利く獣に有利な夜間である。


 思い返せば索敵魔法にひっかかる前に、フリーダに向かって一直線に襲ってきたし、遭遇したのではなく待ち伏せされていたのだろう。索敵魔法の範囲のことを知られていたということは、以前から見張られていたのかもしれない。


 そして今、魔獣の策略は実を結ぼうとしていた。徹底した後衛狙い。あの速度からは逃げられないし、フリーダがバリアを張ったとしてもあの勢いをまともに受けたら重体は避けられない。負傷した魔術師を庇いながらまだまだ元気な魔獣と戦闘を継続することになる。


「逃げて!」


 思わずジャナが叫ぶ。叫びながらも彼女の大きな杖は光を放っていた。おそらくフリーダに速度上昇か耐久力上昇、もしくはその両方の付与をしているのだろう。しかし、状況を理解して逃げられないと判断したフリーダは、覚悟を決めて魔法を放つ体勢に入っている。


 まだ撃たない。極限まで魔力を溜めて近距離から最大火力をぶつけるつもりだろう。猪が近づいてきてもまだ撃たない。そして杖を伸ばせば猪に届きそうだというところでようやく彼女は魔法を解放した。


「消し飛べえーーー!!!」






「エメット! どういうこと!? 私の方へ魔獣をやるなんて!」


「すまない、フリーダ! 本当にごめん!」


 フリーダがエメットを紛糾し、エメットは盛大に謝っている。魔獣は討伐され、黒こげになった猪が転がっていた。


「……? なんでエメットが謝ってるんだ? あれは作戦だろ?」


「「「「……?」」」」


 不思議そうな顔で見られる。おまえらがやったことだろ。


「二枚壁のときに時々使うんだよなあ。わざと後衛のところに誘導して油断したところをシャットアウト。そのままズドンって」


「「「……」」」


 呆れたような顔が3人とキラキラした顔が1人。勘違いがあったかもしれない。訳知り顔で解説したのが恥ずかしくなってきた。


 あのとき、魔獣の突進がフリーダに届く前に、フリーダと魔獣の間に俺が盾ごと体をねじ込むことに成功した。突進を盾で受けとめられて完全に勢いが削がれた猪にフリーダがそのまま零距離大魔法を放ったのだった。


 彼女は俺が割り込んだときに少し驚いていた様子だったが、それでも冷静に魔獣に魔法を放ち、体を炎に焼かれながらも暴れようとする猪を目の前に、追撃のための詠唱をし始めた。その姿にどこか貫禄を感じたのは俺だけではないはずだ。


「まさか使うとは思ってなかったが、これ以上ないタイミングだった。ラストヒットしたいっていうフリーダのためにどこかで練習したのか?」


「そんなわけないじゃない! あんなの苦し紛れの偶然でしょ」


「おっしゃる通りです……」


 フリーダがエメットを睨む。そうだったのか……。


「だ、だが冷静に魔法放ったじゃないか」


「それはフリーダだから……」


 そう言ったダンもフリーダに睨まれる。理由になってないが納得はした。フリーダだからか……。そう思っていたら俺まで睨まれた。ジャナも睨まれて大きな杖の影に隠れようとしている。同じことを思ったらしい。ひとしきり睨んだ後、フリーダはため息をついて言った。


「まあ、私もあれだけラストヒットしたいって言ってたんだし、今回はこれくらいで許してあげる。次から気をつけなさいよ」


「本当にごめん。気をつけます……」


「何はともあれ、依頼は完了だ。早く村に報告入れて帰ろうぜ。報酬が俺らを待ってる」


 この依頼の報酬は、普段から稼ぎが良いはずの<華陽>にとっても良い金額であるはずだ。俺の言葉に、ダンたちは魔獣から魔石を取り出すと、依頼達成の実感が沸いたのか顔をほころばせて拳をぶつけあったり、手を叩きあったりして互いを称えていた。俺も最後にああして仲間と喜びを分かち合ったのはずいぶん前だったか。そんなふうに1人物思いに浸っていると、ダンが俺のほうを向いて手を挙げている。


「!」


 彼らの意図することがわかって俺も彼らのほうへ駆け出した。手をダンに勢いよく打ち付けて俺も彼らの輪に入る。こういうのも久しぶりだ。いつもはもっと少数での探索が多いから、こんな人数で騒ぐのは半年くらいなかったかもしれない。


 ダンとエメットに、もみくちゃにされていると、思い出したようにフリーダが胸あたりの高さで手の平を上に向ける。不思議そうに見る俺たちの前で、悪戯をするような表情のフリーダはそのまま魔法の火の玉を打ち上げた。


「これ、やっとかないとね」


 打ち上がった1輪の花火が咲いて散っていく。こうして<華陽>は、俺の知らないところで今まで戦い続け、そしてこれからも俺の知らないところで冒険を続けていくのだろう。だが、今だけは俺も<華陽>の一員なのだと、他の4人と一緒に勝利の余韻に浸るのだった。



  * * *



 魔獣討伐後の下山中、俺はジャナの質問攻めにあっていた。


「<旅団>は二枚盾ですよね!? さっきの囮作戦、よく使ってたんですか!?」

「盾の1人はカイさんでもう1人は『鉄塔』ですよね!? どんな方でしたか!?」

「付与術師のイリエスタさんの話を聞かせてください!」


 登山時とは勢いが違う。魔獣への警戒度が下がったためか、かなりぐいぐいくる。初日以降、ジャナはあまり表情が変わらず、やっぱりそういう子で、あのときだけテンションが高かったのかと思っていたが、俺が最初に感じていた印象は間違っていなかった。ジャナはかなりの<旅団>ファンである。<旅団>のことを口にする彼女の表情はとても生き生きしていた。


 彼女の質問に適当に返事をしながら、後ろを歩く3人に助けを求める視線を送るが苦笑いしか返ってこない。全員ジャナの地雷を踏んだことがあり、<護送旅団>を一晩中語り尽くされたことがあるらしい。村に帰ったら歓待もそこそこに1人で馬で帰ろう。彼らは馬車であったはずだ。それよりは早く帰れる。


「<護送旅団>の、カイさんの凄さが改めてわかりました」


 どうやって彼女を撒いて帰ろうかと考えていると、さっきまでの興奮が嘘のように元に戻った彼女に言われた。そうだ、彼女は俺の後ろにいたはずだからあの時の一部始終が見えていたはずなのだ。


 あれはエクスさんたちにも認められたことで、多くの方面の才能がない俺でも誇ることのできる才能であり、特技だった。


「私の目標はすごく遠いところにあるんだって、あの時思いました。同時に、こんなふうになれるんだなって。まだまだ私たちにも伸び代があることが感じられて嬉しかったです」


 眩しいと思ってしまった。期待と希望で満ちている若者が目の前にいた。久しぶりに<旅団>のようなことをしたくなる。<旅団>は後進のパーティへアドバイスなどして支援をしていた。しかし、今のジャナには他者からのアドバイスなどはもう不要だろう。


「<華陽>はまだまだ強くなっていけるパーティだ。短い間だったが、間近で見てきた元<旅団>の俺が断言する。応援してるよ」


「本当ですか! では、イリエスタさんはどんな付与術師だったのか教えてください!」


 目の前には、また重度の<旅団>ファンに戻ったジャナがいた。




「やっぱりカイさんはすごいよ。<旅団>っていうのも納得する。俺じゃ魔獣の突進をそらすことしかできなかった」


 あれからダンやフリーダの協力のおかげでなんとかジャナから離れた俺は、エメットと話していた。エメットは随分自信をなくしているようだが、そんなに自分を卑下することはない。


「だが、吹き飛ばされてはなかっただろ? いいんだよ。最初は俺も魔物の攻撃を完全に受け止めるなんてできなかった。焦らずに少しずつ力と強化の出力を上げていけばそれでいいんだ」


「そんなもんかなあ」


 せっかくだから何かアドバイスしておこう。久しぶりに元<旅団>としての勤めを果たそうとするも、ジャナにできなかった分だ。<旅団>で言われたことが何かあったか。今のパーティで言われたことはあてにならない。


 奴らのアドバイスは頭のねじがいくつか飛んでいる。何がベラの大剣を受ける訓練だ。城の壁すら吹き飛ばす奴の剣なんぞ受けていられるか。それに比べればマシだったものの、他の特訓方法も頭がおかしいとしか思えなかった。


「そうだ、ダンの剣を受ける練習はしてるか? <旅団>ではよくやってたぞ」


「やってはいるんだけど、最近頭打ちになっていて」


 身体強化は使いながらやっているか聞くと、やっていないという。


「もしかして身体強化しながら訓練を?」


「ああ、強化使いながらだと魔力の使い方も練習になって、効率が全然変わるんだよ。もっと負荷かけたいならジャナに付与してもらえばいい。ただし、最上級のポーションとそれをぶっかける人を用意しておくこと。お互いの強化がエスカレートして万が一ってことがある」


 言いながら、そういえばベラの剣を受ける訓練もこの一種かと思い至る。破壊力が違いすぎて全く別物だと思っていたが、意外とちゃんとした訓練だったかもしれない。


「訓練するのにも費用がかかるのか。強くなりたいのは山々だけどなあ」


 全くだ。何をするにしても金はかかる。ポーションにはピンからキリまであって、駆け出し冒険者が小遣いで買える薬草の延長のようなものから、ケガなど一瞬で治せるものまで存在する。


 ある程度高級なものになると馬車が1つ買えてしまうほどの値段になるのだ。医者要らずで即効性も抜群なため当然ではあるのだが、一瓶にそれだけの大枚を叩くのもバカバカしくなることが時々ある。それでも、これからさらに依頼難度が上がっていく<華陽>にとっても必要なものだろう。


 また稼がないと、と言うエメットに完全に同意しながら、都市に帰ってからの日常に思いを馳せるのだった。

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