華陽②
俺が元<護送旅団>所属だと知ったことで態度が硬くならないか心配だったが、ダンたちは変わらずに接してくれた。もともと近い年であったし、俺から頼んだのもある。今は<旅団>ではないし、普通にパーティメンバーとして扱ってほしいと。
ダンたちはこれを了承し、晴れて俺は<華陽>の仲間になったのだ。呼び名も呼び捨てでと言ったのだが、それだけはカイさんのままだった。
夜が明け、村に入って村長に挨拶と状況の確認をする。村長は今回の依頼主だ。魔物が発生する山の近くにある村の住人は多かれ少なかれ戦闘の心得があると聞いたことがあったが、確かに村長にも昔は魔物を討伐していた面影が残っているように見える。
依頼の魔獣に関してはまだ被害を出していないようだったが、追加の目撃情報も無し。村長との話もそこそこに、目撃情報があった場所の調査のために、山に入ることにした。入る前にダンが陣形を確認する。
「いいか、基本は前衛のエメットが攻撃を受けてそこを俺が攻撃、フリーダが援護射撃、ジャナが支援だ。フリーダやジャナに攻撃が向いたときは俺がフォローに入るが、今回は助っ人としてカイさんが入ってくれる。だから俺は少し攻撃寄りで動くと思う。それでも大筋は変わらない。基本に忠実に役割をこなすこと。以上」
基本を毎回確認するようにしていると、歩きながらダンが話してくれた。基本に忠実に行うことが最も命を長引かせてくれるのだと。
どこかで聞いたような響きだと思っていたら、<旅団>の昔の指針に感銘を受けたのだと照れながら言われた。聞いたことがあるわけだ。リーダーのエクスさんが時々言っていた。
山の麓ではほとんど遭遇しない魔物だが、山頂に近づくにつれて徐々に数が増していく。魔物は魔力の溜まり場から発生するのだが、この山は山頂付近にそれがあるのだそうだ。
魔力の溜まり場はほとんどが迷宮になっており、山がそうなるのは珍しい。迷宮と違うのは閉鎖環境ではないため、魔力が溜まりすぎることもなく、それほど危険ではないことだろう。
それでも魔力濃度が薄いとはいえ、魔力のたまり場に居続けると魔物は強くなる。普通は魔物には成長の上限があるのだが、稀に発生する成長の上限が高いものは早急に討伐しなければならない。今回の依頼がまさにそうだ。そして運の悪いことに、目当ての魔獣を見つけられていない。
捜索を続けていると、本命ではないものの、魔物と遭遇した。今日の調子と連携の確認をする。<華陽>の面々は前評判通り筋が良い。組合が討伐を任せた理由もわかる。まだ伸び代も残っているな、とそこまで考えて、アートたちのことを思い出した。あいつらは今も魔物を刈り続けているのだろうか。
* * *
「待て、魔物の気配。大きめだ」
先頭を歩くエメットが立ち止まり、注意を呼びかける。フリーダも頷いていた。確かにいる。だが正面ではない。エメットが指を指すのは右前方向の藪だ。
「俺からだと姿は見えない。<華陽>で索敵できるやついるか?」
「私が索敵できる。ちょっと待って……」
迷宮は階層が深くなるほど構造が複雑化し、目視で確認しづらい場所から魔物からの奇襲を受けることがある。それを避けるため、ある程度の実力以上のパーティは索敵魔法を使えることを組合から必須とされていた。このパーティでは魔術師のフリーダが使えるようだ。
「体長3mくらい。熊型。というか大きさからしてもただのヒグマ? でも確かに魔物の気配ね……」
「依頼の魔獣か?」
「わかんない。でも普通の魔獣じゃなさそう。なんか違うのよね……」
魔物というのは、魔石を核にして動く物全てを指し、その中の獣型のものを魔獣と呼んでいる。魔物の力は魔石から漏れる力で大まかにならわかるのだが、素人の索敵ではほとんど当てにならない。
自分たちが戦った魔物が強かったのかどうかは、討伐後の魔石の大きさで確認するのが一番間違いなく、組合での報酬決定の最終基準もそうなっている。それでも確かめるのは明らかに強力な魔物から漏れる力はすぐにわかるからだ。俺には魔力感知の才能はなくて知らない感覚なのだが、他と比べて格が違うのだと言う。
「あ、気づかれた」
「魔力感知持ちか!」
突然魔獣が藪の中から現れた。魔獣は時折普通の動物には無い特殊な能力を持つことがある。その1つがこの魔力感知だ。
魔力感知を持つ魔物が厄介なのは、全方向からの魔法攻撃がわかり、どんな死角からの攻撃も避けられてしまうからだ。また、魔術師がどの程度詠唱に時間がかかるのかもなんとなくわかるらしく、長文詠唱の隙を逃さず狙ってくるのだ。
「ああ、もう、面倒くさい!」
小さくて早い魔法を打ち出すフリーダ。目くらましになるかならないか程度の威力しかなく完全なサポート要員になってしまった。不意を打つための背後からの魔法も避けられるが、それは一撃を加えたダンが距離を取るための時間稼ぎだ。
文句を言いながらもこの切り替えの早さに判断力。魔力感知持ちの魔物との戦闘がわかっている。
「ほんと、めんどう」
魔法を使うのは付与術師も同じであり、ジャナが使う魔法も見切られる。普段はここぞというときの攻撃力を上昇させて相手に深手を与えるのだが、付与魔法を使うとその攻撃が魔獣には警戒され、届かなくなる。これからの攻撃は危険ですよと教えながら攻撃しているようなものだからだ。
ジャナは前衛2人に耐久力上昇の魔法のみをかけることなり、結果として魔獣に与えるダメージはダンの力によるものだけになっていた。かなり効率が悪い。
俺はといえば魔獣を観察していた。
「あれは今回の依頼対象じゃないな」
「そうね。1ヶ月前ならあれでも信じたけど、今はもっと強くなってるでしょ」
「私たちが今日あいつを見つけられて、村の人たちはラッキーだった」
確かに特殊能力もあるし、体の大きさ以上の力も持っている。しかし、どこか足りないのだ。あと数ヶ月もしたら本当に警戒しなければいけないレベルには到達していただろう。ジャナの言うとおりラッキーだ。そのように後衛で魔獣を評価していると前衛では動きがありそうだった。
「エメット、そろそろつかめてきたか?」
「ああ、力は大体わかったし、動きもわかった。ダン、ここからは本格的に攻めていこう」
盾を持つエメットの動きが変わる。今まで熊の攻撃を正面から受けないように弾いていたが、今回は完全に受け止めた。それによって熊の動きも一瞬止まる。その瞬間にダンが切り込む。剣を振るう瞬間にジャナの杖が光り、付与魔法がピンポイトで合わさる。
付与魔法は基本的には1,2分間継続するものを付与することが多いが、継続時間が短ければ短いほど強力にできる。タイミングを計らなければならず、難易度は上がるが、今回の魔物に対しては攻撃の瞬間を察知しにくくなるという効果も期待できる。
ジャナはダンの攻撃がする時だけを狙って瞬間的な付与魔法をかけているのだった。これにより、魔獣が受けるダメージは直前で跳ね上がる。
今までにない深手を負って激昂する熊にフリーダが魔法を放つ。顔の全方向を覆い、周囲で爆発する魔法だ。いくら魔法を察知できるからとはいえ、八方から迫る魔法を避けるのは不可能だったようだ。<華陽>4人全員の流れるような連携である。
「私、前に魔力感知相手に戦ったら何もできなかったから、この魔法を早く撃てるように何度も練習したの」
フリーダが自慢気に言う。魔法でダメージを受けた魔獣に、またダンが切りかかり、迎え撃とうとしたところを徹底的にエメットが潰す。盾持ちにも個性があり、人によって得意なことは違うのだが、エメットは身体強化を得意としているようだ。
近接戦を得意とする冒険者が全く魔力を持たないかというとそんなことはなく、外に放出するのは苦手なものの、体内で使うのは比較的得意である。いわゆる身体強化だ。一時的に耐久力を上昇させることで自分の何倍も大きな魔物の攻撃も受けきることができるし、攻撃する際に攻撃力を倍増させることもできる。
魔力消費が少なく、魔力貯蔵量を増やす必要があまりない反面、瞬間的な強化量と持続量の2つが求められるが、見たところエメットはこの強化量に優れているらしい。
ただし、いくら身体強化が得意といっても攻撃を受ける度に最大出力にしていては魔力の制御で疲弊してしまう。さっきまでは敵の攻撃に対する強化を調整していたのだろう。もはや魔獣の攻撃ではエメットが揺らぐことはなくなってしまった。
俺の隣ではフリーダが爆発魔法を打った後から始めている大規模魔法の詠唱を、ゆっくりと魔獣に見せつけるように続けている。熊が逃げても追撃できると敵にわかるようにするためだ。
魔獣は魔法を察知しても盾を抜けてくることはできず、背を向けて逃げることもできないためダンとの戦闘を強いられる。最後は順当にダンに討たれた。台本が既に決まっていたかのような討伐だ。
「エクシードさんが言っていた通り、仮想敵を設定しながら訓練していたんだ。<旅団>から見て魔力感知持ちへの対策はできてたかな」
「完璧だったよ。全く危なげなく戦うのはエクスさんが指揮してたときみたいだった」
俺の返答にダンは嬉しそうにする。事前の準備が重要だとエクスさんはよく言っていた。魔獣との戦闘で事故を防ぐために、手の内が予想できる魔獣は対応策を検討して訓練していたものだ。それが<護送旅団>の連携にも役に立っていた。
<華陽>が<旅団>を彷彿とさせるというのは、ダンが、エクスさんの言葉を調べてパーティ方針に取り入れているからかもしれない。もちろんそれについていける個々のメンバーの素質の高さも起因しているだろう。
横では、標的を失った火球をフリーダが空に打ち上げていた。火球は上空に打ち上がって花火のように弾ける。ほうと空を見上げる。
「これ、なんか依頼達成って感じでいいよな……」
「今回に限ってはまだ終わったわけじゃないけどね」
俺と同じように空を見ながら呟くダンにジャナが答える。これがパーティ名の由来かとその時気づいた。パーティ名は、自分たちで命名するものと、周りから呼ばれ続けた名前を採用するものがあるが、<華陽>は後者のようだ。いつも戦闘終了時にフリーダが打ち上げる魔法が花火のように見えるからだろう。
* * *
数日が過ぎても魔獣は現れなかった。想像していたより長引いている上に、新しく得られた情報も無い。通常ならあと2,3日で依頼キャンセルも視野に入れ始めるころだ。想定よりは長引いているが、俺はどうせ時間があるし、まだ捜索を続けるつもりだった。<華陽>はどうするのだろうか。
「俺たちも続けるよ。もともと少し無理を言ってこの依頼を引き受けたんだ」
確かに逃げ続けて力が上昇した魔獣を相手するのは、今の<華陽>には少し負担が大きい。今まで見せてもらった実力は十分高いが、不確定要素が多すぎる依頼だ。慎重なダンにしては幾分か思い切った依頼内容だった。
「報酬が目当てか? 結構出費があって今苦しいって聞いたぞ」
「ああ、ホームを買ったんだよ」
やはりか。大きな出費があると聞いて予想はしていた。パーティメンバーが固まって安定してくると、パーティの拠点であるホームを購入するパーティが多い。ホームを購入するのが夢だと語る者も珍しくない。
「俺らの夢だったんだ。場所もこだわって広い家を買った。だけどそりゃ当然値段は高くて、毎月のローンに追われる日々だよ」
「ホームにローンねえ……」
毎月の支払いでパーティの経済状況は少しずつであるが、やがて火の車となる。ローンを組む際に収入と支出の計算はするのだが、冒険者には想定外のことが多いからだ。思わぬ事故で収入が減るか支出が増えて一気に首が回らなくなるのである。
仲が良いパーティでも金銭トラブルが原因で解散となるパーティは少なくない。幸いダンたちにはまだ不慮の事故はないようだが、それでも少し値が張るホームにしたことで毎月のローンが重荷なのだろう。
彼らが泊っている宿は実力にそぐわぬ最低ランクのところだし、ここに来る時の馬車もグレードが低いものだった。パーティ存続を心配に思ったが、その後のダンの言葉を聞くとそれは杞憂だった。
「支払いは大変だけど、ホームにも、そこでメンバーと過ごす時間にも満足しているから文句はないんだ。今は頭金を支払ってカツカツだから、ちょっと大変だけど、組合に頼み込んで報酬の良い依頼を紹介してもらったし、ここを乗り切ればなんとかなるはずだ。これからあいつらともっと楽しい暮らしができると考えると毎日が楽しくて仕方ないよ」
ダンは楽しげだ。少し離れて聞いていた他のメンバーたちも照れくさそうだが、同意のようである。いくら借金があって生活も大変でも、何を幸せだと思うかは人によってそれぞれなのだ。そして返済だろうが節約だろうが、楽しんだ者勝ちなのである。
この依頼を受けて良かった。今のパーティで自分がしてきたことが間違いではなかったと改めて思うことができた。同時に彼らに依頼を絶対に達成させてやりたいと思う。
「それはなによりだ。じゃあ、今回の依頼は絶対こなさないとな」