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華陽①

 この世界のあちらこちらには魔力溜まりが存在する。魔力に関しては研究が進められているが、魔法の素や魔物の発生源というのが学者でもない俺ら素人の解釈であり、日常生活する分にはほとんど間違いもない。魔力が溜まりすぎた場所は、地形が変化する場合がある。変化した地形はその見た目や内部の様子から地下迷宮または迷宮と呼ばれた。


 魔力は洞窟のような場所に溜まることが多く、洞窟の内部は階層状になり、地下に何層も続く構造になるのだそうだ。さらに壁が変化して自然には作られないような道ができる。道中にはその魔力濃度のために魔物が発生し、奥に進もうとするものを拒むのである。


 迷宮内では魔力が関与しないと生成されない資源が採れる。迷宮内の植物や鉱物から採れる資源だけでなく、偶然残った魔物の体の一部から採れる素材などがあり、迷宮が素人には危険なこともあって、地上では価値が高い。そのため、危険を顧みず迷宮に挑戦するものは多かった。


 何より、迷宮は地下深くに行けば行くほど魔物が強力になり、先へ進むのが困難になる。迷宮によっては誰も到達できなかった階層、つまり人類未到達領域が存在するのだ。そこに最初に足を踏み入れることを夢見る若者も少なくない。こうして高価な素材や迷宮の攻略のために迷宮に挑戦し続ける者たちが冒険者だ。


 組合は、冒険者を職として生計を立てる人が増えてから、彼らの支援をするべく立ち上げられた組織らしい。仕事の斡旋や素材売買の代理などが主な仕事だったようだが、規模が大きくなりすぎて半分は公共機関となり、その地域の役所のような側面を持っている。今回の魔獣討伐も、元々は迷宮を探索する冒険者の仕事ではないはずだが、このような治安維持も冒険者の仕事となっているのはそのためだ。



* * *



 依頼を受けた俺は、都市から馬で半日くらいの距離にある村に向かった。村の裏には山があり、魔物が湧く。魔力は洞窟に溜まるというのが通説だが、山に溜まることもあるらしい。都市ではそこそこ有名な、迷宮以外で魔物が発生する珍しい場所だ。そのため道路も整備されており、道中には宿もある。


 村に入って今晩泊めてもらうか、村近くの宿に泊まるか考えていると、前を進む馬車が目に入った。俺の装備は重いとはいえ、こちらの馬の負担は人が1人とその荷物だけだ。馬車を追い越す。


「おい、あんた。もしかして組合職員が言っていた追加戦力か? 後から腕利きを探して送るって話だったが」


 追い越し際に、御者をしていた男から声をかけられた。若い。俺より年下か? アートやベラよりは上に見える。組合のことについて言っているし、同業者だろうと馬を近づけた。


「ああ。ということは、そっちは先行していた<華陽>か」


 ダンといって、パーティリーダーらしい。服装からして前衛だろう。盾持ちではないのか御者をやるために盾を荷台に置いているのか、装備は剣だけが見える。荷台を見ると、中に盾持ちがいたため、このダンという男は遊撃役のようだ。メンバー編成はオーソドックスな4人パーティか。


 一緒に戦うことになるからと、この先にある宿で自己紹介をすることになった。個別で討伐しなければならない可能性も考えていたため、協力することに好意的なパーティであったことに安心する。俺という異物をパーティに入れることになるため、陣形のすりあわせも必要である。今晩の宿が決まり悩みが1つ解決した俺は、明け方に村に入ることに決めて、先に宿に向かうことにした。




 指定された宿はひどいと言うほどでもないが、良いと言うにも難しい宿だった。言葉を選ばずに表現すると、最低ランクの宿だ。建物は古く、壁も薄い。セキュリティ面も大したことはないだろう。食事にも期待しないほうが良い。


 組合が注目しているパーティがこのような宿に泊まるはずがないとは思ったが、受付に尋ねるとここから村まではもうこの宿しかないと言う。仕方ないのでここに泊まることにした。割り当てられた部屋も一晩寝るためだけの機能しかないといった具合だ。


 日が落ちる頃、<華陽>の面々が到着した。やはりこの安宿で間違っていなかったらしい。ダンたちの部屋に集まって自己紹介が始まる。狭いが、俺の1人部屋とは違ってダンたちの部屋は2人部屋だ。まだ余裕はあった。<華陽>は男女2人ずつの構成であったため、それぞれ別れてベッドに座り、俺は椅子を借りてきて座る。


「改めて、ダンだ。武器は剣でこのパーティのリーダーもしている」


 よろしくと差し出してきた手を、よろしくと握る。


「こっちはエメット。武器は主に盾、たまに片手剣も使うな。で、その隣の杖を下げてるのが魔術師のフリーダ。最後にもう1人、今は杖を持っていないが付与術師のジャナだ」


 それぞれがよろしくと言い、俺もよろしくと返す。付与術師も含めて魔術師が2人か。バランスが良い。


「戦術は……まあ、メンバー構成からわかる通り……」


「よくあるものよ。ありきたりとも言うわね」


 フリーダが横から口を挟む。彼女は見た目もだが、言動からもちょっと気が強そうに見える。対してエメットやジャナはおとなしそうだ。社交的なダンも加えれば、なるほどバランスが取れている。


「いいじゃないか、ありきたり。隙も少なくて着実なんだぞ!」


「それはわかるけど……でもいいところ全部ダンが持っていっちゃうじゃない。せっかくだし、私も活躍したいのよ!」


「そうは言っても大物の注意引くと魔術師のフリーダじゃ、もしものときがなあ……」


「防具揃えればいいでしょ!」


 部外者がいるのにも関わらず、ああだこうだと言い合っている。仲が良いパーティのようだ。それにしても、編成は教科書のお手本のようだと思ったが、戦略もそのようである。ロゼッタさんも言っていたか。よくまとまったパーティだと。ここまで基本に忠実とは思っていなかった。




 今、冒険者で最も流行しているのが、盾や重装備で固めた1人が攻撃を受け止めることで作った隙を、攻撃力の高いもう1人が攻撃するという陣形である。攻撃をする1人は身のこなしが軽く、奇襲からも自分の身を守りやすい者が多い。剣が多いが、斧や槍などを持つ者もいる。この2人を中心にパーティ編成を作っていく。魔法の才能によらず最小単位のパーティを組めることも広く流行している理由である。


 もう1人加える場合には魔術師を入れる。このあたりからは魔法適正のある仲間を見つけられるかによるため、編成はパーティの運や人脈次第になる。所属したメンバーが尽く魔法の才を持っておらず、近接特化パーティとなってしまった話は、悲しいことにそれほど珍しい話ではない。


 魔法の才能は徐々に開花していくことが多いため、駆け出しの頃は魔術師志望であっても、パーティを組んでから才能がないことが判明することがたびたびあるのである。その点、<華陽>は運の良いパーティと言えた。


 魔術師は遠距離攻撃と範囲攻撃を得意とし、広域魔法が使えれば小さい魔物は一掃できる。火や氷のような属性攻撃も可能であり、対応範囲は格段に広くなる。その反面、魔法はとっさに使えるものではなく、魔術師自身も打たれ弱い者が多いため、大きな魔物との戦いでは敵の注意を引かないようにサポートに徹することが多い。


 さらに人数を増やす場合は付与術師を入れることが推奨される。攻撃力上昇、とどめの一撃の強化、壁役の耐久力上昇などに役に立つ。魔術師は攻撃によって味方を支援するが、付与術師はその他すべての支援を担うのである。


 優秀な付与術師がいるといないとでは肝心なところで差が出る。顕著なのが戦闘継続力で、戦闘が長くなった場合でも付与術師がいることによって魔力切れ、体力切れになりにくい。付与術師のおかげで対応力はさらに広くなるのだ。代わりに、より奇襲に弱くなるため、それをフォローできるほど全体のレベルが高くなければならない。


 魔術師は、対応範囲の広さとその脆さのために、雑魚狩りと後方支援が多いのだ。フリーダが言っているのはそのことだろう。実際にはそのことに不満を持つ者は意外に少なく、魔法の派手さや手札の豊富さ、討伐した数に満足している者が多い。




「このやりとりいつもなんだよ。笑えるだろ」


 ダンとフリーダが言い合いをして、話が進まないのを見かねたエメットがそう言う。


「いや、少数派だがときどきそういう魔術師もいてもおかしくない。フリーダの言う通り防具を買えば、ある程度攻撃に参加できるんじゃないのか?」


「フリーダには重い防具は無理だし、軽くて丈夫な防具は値段が高くて手が届かないよ」


「確かにあの最高級品はバカ高いよなあ。だが、魔術師用のが最近出ただろ。あれならどうだ?」


 防具は丈夫になるほど重くなるが、素材次第で軽くて丈夫なものが作れる。もちろん迷宮産の素材を使っており、高級品だ。軽さと耐久性との両立は、値段とのトレードオフとなる。中堅パーティだと手を出せない価格帯であり、比較的攻撃に晒されることのない魔術師にまで装備させているパーティは、危険な迷宮最深部に潜る最上位パーティ以外はほとんどない。


 それが奇襲により魔術師が負傷する原因となり、問題にもなっていた。問題を解決すべく、魔術師用の防具の開発が進められ、最近になってようやく発売されたのだった。重量は軽く、普段は最低限の耐久性しかないが、魔力を流すと強度があがるというものだ。値段はそれなりだが、高級品の防具よりはお手頃価格である。


「大きな出費があったばかりで、しばらくはまとまったお金が用意できないんだ」


「だから私はあの時防具が欲しいって言ったじゃない!」


「多数決で決まったんだから仕方ないだろ! それにそのときは魔術師用の防具は販売されていなかったじゃないか!」


「この2人はおいておくとして……不安かもしれないが戦闘中に喧嘩はしないから安心してくれ。ダンから名前は聞いているけど改めていいか?」


 手慣れた様子のエメットから先を促される。ダンとフリーダも喧嘩を中断して聞いてくれるようだ。いつもと言っていたのも納得だ。全員がこの状況に慣れている印象を受ける。


「カイだ。入っていたパーティが最近解散しちまって、今は別のパーティに入ってる。役割としてはエメットと被るかな。まあ、盾が増えても大丈夫だろ。明日からよろしく」


「よろしく。この依頼受けられたってことは結構な実力者だよね。前のか今の所属って私たちも知ってるところ?」


 カイという名前に少し反応があったジャナが尋ねてきた。以前会ったことはないし、俺の名前はフルネームでもそれほど珍しい名前ではない。誰かとの勘違いという可能性もあるが……。


「ああ。今のパーティは知名度が低くて知らないかもしれない。良いパーティなんだがな。その代わり前のパーティは知ってると思う。<護送旅団>って言って……」


 4人それぞれが驚きの声を上げる。解散して半年以上経つがまだ以前のパーティの名声は残っているようだ。少し誇らしい。




 <護送旅団>――通称<旅団>――は解散する前まで都市で名高かった最上位パーティの1つだ。他のパーティには手に負えない魔物討伐の役割を担っていただけでなく、後進の育成にも積極的な、都市でも評判の良いトップパーティだった。


 今流行している陣形も<旅団>が採用していたもので、さまざまな戦術を研究しては広めていた。個々の実力も他の上位パーティとは一線を画し、さらにチームワークが抜群ということで有名であり、人気も高かった。


 俺はそのパーティメンバーであった。メンバーとは言っても他のメンバーは全員ベテランで俺だけは新人だ。そろそろ引退を考えていたリーダーが解散前に1人だけ期待の新人を育てて、自分たちの後を託そうと決めて俺を加入させたらしい。そのため俺の顔や名前は他の長く所属していた有名なメンバーと比べて広がっていない。実際、俺の所属期間は5年もなかった。それでも最後の<旅団>メンバーであることには変わらないため、自分の元所属パーティと似ているという<華陽>が気になったのだ。




「<護送旅団>って、1つしか知らないんだけど、あの<旅団>……?」


「たぶんその<旅団>で合ってる。俺も1つしか知らない」


 恐る恐る尋ねてきたフリーダに言葉を返すと、興奮気味に話しはじめた。喜んでもらえて嬉しい。


「すごくない!? あの<旅団>にいたの!? ちょっと前に解散した、リーダーが……えーっと」


「エクシードさん。にわかは黙ってて。<旅団>所属のカイって名前でその年ってことは『城壁』? ホンモノ!? えーっとサインサイン……」


 ジャナの様子に、あっ、となる。フリーダの喜び方は、街中で偶然有名人に会ったような感じだった。「なんかラッキー」みたいな感じである。しかし、ジャナから受ける印象は、それとはかなり異なる。もっと重いものだ。喜んではいるようだが。


「あー、ジャナは<旅団>のファンなんだよ……。付与術師になったのも<旅団>の付与術師に憧れたかららしい。サインも迷惑だったら俺のほうから言っておくので」


 やはりそうか。おそらくであるが、ファンの中でもかなり重度の方かもしれない。俺は新人だったからあまりそのようなことに縁は関係なかったが、メンバーの有名どころは個別にファンまでついて、たまにファンサービスをしていたのだ。最初は、小柄で物静かな印象だったジャナだったが、表情が打って変わって明るくなり、詰め寄ってくる。そのことに対して少し狼狽えていると、ダンがフォローしてくれた。


 ジャナが言っていた『城壁』とは、新聞が面白がってつけたあだ名だ。名前や顔の代わりにこれは広がった。カイっていう名前がありきたりだから、<旅団>所属ということを秘密にしていれば今まで面と向かって呼ばれたことがなかった。いざ呼ばれてみるとひたすらに恥ずかしい。ちなみに<旅団>メンバー全員にこれが付けられている。新聞社は人をおもちゃにしたことを反省しろ。


「<旅団>が解散してから色紙持ち歩くのやめてた……。討伐が終わったら買ってくるからサインしてください」


 他のメンバーならともかく、俺なんかに会って喜んだり、色紙がないだけで落ち込んだり、忙しい子である。俺の名前など<旅団>の他のメンバーと比べれば、それほど有名ではないのだ。それでも俺の名前を知っていたジャナは、本当に<旅団>全体を応援してくれていたのだろうなと嬉しく思って、サインを了承してしまった。

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