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討伐依頼

 あの2人を初めて見たのは、以前所属していたパーティで攻略最下層記録を更新したときに、次の階を見ておこうぜとなったときだった。


 下層に降りたときに聞こえたのは激しい戦闘音。こんなところで誰かが戦っている、加勢すべきかとパーティ全員で向かい、そこで見たのだ。


 敵はおそらく階層主と呼ばれる巨大な魔獣。黒い双頭犬だ。魔獣というよりモンスターというのが似合う。頭が2つもあると動きにくそうに思えるが、そんなことは全く関係ないとでも言いたげな俊敏さで駆けている。


 ちょうど今、上の階層を攻略したばかりの俺らにはまだ早い相手。それにたったの2人で立ち向かっていた。驚くべきことは2人とも小柄で、それでいて自分の身の丈の何倍もあるモンスターを圧倒していることだ。


 よく見ると、後ろで魔法を放つのはまだ小柄な少年だった。そして顔まで鎧で覆いながら、モンスターの目の前で大剣を振り回して重い一撃を浴びせているもう一人は、その少年よりさらに小さい。


 俺はただ驚くばかりだったが、他のパーティメンバーの反応は少し違うようだ。


「あいつらか。久しぶりに会ったな……」


 呆れたような顔をしながら笑っている。1人だけではなく、他にも似たような表情をしているメンバーがいた。パーティリーダーもあの2人を知っているらしい。もちろん俺と同じように驚いた顔をしているメンバーもいた。


「エクスさん。あの2人、知り合いですか」


「ん? そりゃ……って、ああ、カイが見るのは初めてだったか。以前パーティを2つに分けて、盗賊を追ったことがあっただろ。そのときに共闘してな。まあ大きくなって。それでもガキっぽさはまだ抜けてないか」


 俺もその時のことは覚えていた。確かに、エクスさんのチームにいたメンバーはあの2人を知っているような表情だ。エクスさんの言葉を受けて、そんな近所の子どもを見るみたいにと思いながら、双頭犬と戦う2人をもう一度見た。片方は全身鎧で中身が全くわからないが、少年のほうは確かに若い。


「あの全身鎧、可愛らしい嬢ちゃんが中に入ってるんだぜ?」


 その言葉にまた全身鎧の方を見たが、小柄な背丈を考えると納得がいく。それでも少女が身の丈以上の大剣を振り回している光景は想像できない。自分の想像力との戦いに苦しんでいると、双頭犬が全身鎧に向かって跳びかかっていた。あの巨体から繰り出される体当たりだ。それに対して彼女――リーダーの言葉を信じるならば――は避ける様子も逃げる様子もない。


 さすがに避けると思っていた俺は、焦ってリーダーの方を見る。俺の他にも助けに行こうとしているメンバーがいた。しかしリーダーは動く様子がなく、傍観に徹している。


 体当たりは単純な攻撃だが、圧倒的な質量差の前にはどんな小手先の技術も蹴散らす攻撃になる。これでは彼女がいくら大剣を振り回せるほど力が強くても、押しつぶされてしまっているのではないか。そう考えていると突如、双頭犬が吹き飛ばされた。


 そこには全身鎧が全く変わらない様子で立っていた。自分の何倍もの大きさのモンスターの体当たりを受けてなんともないのか? 盾を持っているわけでもないのに? 自分の目が信じられず、あの2人が既知だという表情をしていたメンバーに尋ねた。


「あの鎧、特別仕様で衝撃を逃がす仕組みでもあるんですか」


「特別仕様というのは間違いないが、たぶん普通の鎧だ。そんな仕組みがあったら魔力をごっそり持っていかれるだろ。あの嬢ちゃんはそこまで魔力を持っていないよ。持っていたら後ろで援護して、坊主を前に出させたほうが圧倒的に強い」


 全身に鎧をまといながら重い武器を扱っていることも信じられないが、それ以上に自分の何倍もの大きさのモンスターの体当たりを受けても力負けしていないことも信じられない。そんなことを信じるくらいなら、彼女は魔力を膨大に持っているが、頭のねじが外れた戦闘狂であんな真似をしていると言われた方が信じやすかった。


 彼女はさらに双頭犬へと駆けていく。彼女の身長以上もある大剣からの攻撃は一撃一撃がモンスターを吹き飛ばすほど重い。


 そんな攻撃を眺めていると、目の前の光景による衝撃で止まっていた脳がやっと動き出し、この状況を説明できる解答を導き出した。彼女はレアギフト持ちなのだろう。そして気づく。都市でも保有者が両手の指で足りるほどしかいないと言われているレアギフトのせいにするなんて、俺の脳は解答を出すつもりがないらしい。


 少年の方は桁違いの出力の魔力弾を連発している。なぜ魔力弾しか使わないのかはわからない。


 魔力弾とは魔力をただ固めて放つだけのものだ。これは誰でも使える一方で、魔力の消耗が激しく、魔術師以外が悪あがきに使うか、魔術師がとっさに出すとき以外には使わない。もっと効率の良い攻撃があるのだ。あれだけ連発できるということはこちらもレアギフトか何かだろう。もはや脳は思考を放棄していた。


「あいつ、まだ魔術師の真似事してるのか。前衛やってるときのほうがセンスあるのになあ」


 他のメンバーがぼやいている。やはりそうか。もともとは近距離主体の戦闘スタイルで、他の魔法が使えないから魔力弾を使っているようだ。それでもあの魔力量と出力はおかしい。俺は目くらまし程度の火力しか出せない。


 少年からの魔力弾と全身鎧の攻撃に晒されていた双頭犬が倒れる。あの体当たりも最後の力を全て振り絞った攻撃だったのかもしれない。まだ生きてはいるだろうが、後は一方的になるだろう。全員がそれを察して撤退の準備にかかる。


 帰り道も魔物との遭遇はあるため警戒は必要だが、いつも以上に会話が弾んだ。話題はもちろん今の2人だ。以前に共闘した話や、都市での噂話について聞きながら、どのようなパーティなのかを想像するのであった。


 これが、俺が後に加入することになるパーティ<未開の探求者>との初めての出会いだ。



  * * *



「報酬高め、期間数日、難易度は問わない……」


 組合の壁に張られた依頼を物色する。暇つぶしだが、少し稼いでおきたい。ここで見つからなければ受付に依頼を確認しにいっても良い。表に張り出されない依頼はほとんどが内容も報酬も地味だが、難易度が高すぎてお蔵入りになった案件が稀にある。


 修理から戻ってきた防具が邪魔だ。修理ついでに他の防具も全てメンテナンスに出したのが失敗だった。フル装備が戻ってきて、抱えて帰るのもどうかと思って着てしまった。危険があるわけでもない今は防具なんて邪魔で仕方ない。これから依頼に向かう者や迷宮探索に向かう者たちも周りにはいるため、浮いた格好ではないことが救いだ。


 『荷物持ち募集中! 条件:第二階層主を1人で討伐できる者』と書かれた依頼書が目に留まった。いつ見てもふざけた募集条件だ。もうずっと前から貼られっぱなしになっているそれを笑っていると、組合職員が隣の壁に新しい依頼を貼りにきた。その中の1つに目をつける。魔獣の討伐……報酬も悪くない。


 視線に気づいたらしく、少し驚いた表情をすぐに営業用の笑顔に戻した組合職員に声をかけられた。前のパーティが解散する前から世話になっていた職員の1人、ロゼッタさんだった。以前からというよりも、新人の頃から知っている。俺がこの都市にくるのと、ロゼッタさんが受付嬢として働き始める時期がほとんど同じだったのだ。年は俺より1つか2つ下のはずだが、勝手に同期のように思っていた。


「カイさん! お疲れさまです。依頼探しですか。珍しいですね」


 俺らはいつも朝早くから夜遅くまで迷宮に潜ってばかりいるから、この時間にこんなところにいるのは珍しいらしい。いや、珍しいのは依頼を探していることか。


「防具の受け取りがあって、俺は留守番なんです。受け取りも終わったので待っている間に依頼をこなそうかと」


 修理に出していたんですよと話していると、依頼を紹介された。俺もさっき目を付けていた依頼だ。


「こちらの依頼はどうですか。難易度は高めですが、カイさんなら大丈夫だと思いますし、報酬も良いですよ。ちょっと前に他のパーティが受領しましたが、追加予算が下りたので戦力を増やしたかったんです」


 ロゼッタさんから依頼表を受け取って確認する。受領したパーティが書いてあった。<華陽>――<はなび>と読むらしい。随分シンプルなパーティ名だ――残念ながら俺は最近のパーティ情報にあまり明るくない。


 ロゼッタさんの話では、この頃調子を上げているパーティだそうで、個々の実力も申し分なく、全体としてもよくまとまっていて組合からの評価も上々らしい。中堅でも上位に位置し、ゆくゆくはトップパーティになるのではないかと目されているのだそうだ。


「ちょっと昔の<旅団>を思い出すパーティなんですって。私は最近の<旅団>しか知らないので比較できないんですけど」


 <旅団>と聞いて、もう一度<華陽>の文字を見る俺に、「カイさんに言うことじゃないですね」と、少しはにかみながらロゼッタさんは言う。


「でもそんなパーティなら……」


 追加戦力が必要だとは思えない。そう言い終わる前に、1か月前の依頼なんですと言われた。そこで初めて発行日を見て気づく。確かに1か月前に発行されている。


「3週間前にも他のパーティに討伐に向かっていただきましたが、魔獣を発見することができず……。再度討伐に向かっていただいたのですが、結局未討伐のままになってしまいました」


「冒険者にも生活がありますからね……。魔獣は放置しすぎると魔力を吸って強力になる場合もありますし」


 苦笑しながら言う。依頼を達成すると報酬が出るが、討伐に失敗すると当然ながら報酬は支払われない。失敗しても組合から最低限の手当は出るが、失敗続きでは日々の暮らしにも支障がでてきて、そのまま依頼を諦めることになる。冒険者を続けるためには達成できない依頼に関わり続けることはできない。


「討伐隊から隠れることができる知能があるということは、魔物にそのポテンシャルが十分にあると思います。追加戦力が欲しいのですが、いかがでしょうか」


 改めて内容を確認しながら依頼を受けることにした。昔の<旅団>に似ているという<華陽>にも少し興味がある。


「わかりました。この依頼受けます」


「ありがとうございます! カイさんに引き受けてもらえるなら安心です。馬借りますよね? すぐ手配します」

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