序章.2
03
気がつくと俺は2号館の前にいた。
瞬間移動のような何かしらの能力を受けたわけではない。
ふらふらと考え事をしながら歩いていたら、2号館に来ていたと言うわけだ。
爆散した直後は人で溢れかえっていたが、佐々木ショウの死亡に注目が移った。
誰しもが関心を失い、いつも通りの人気の少なさだ。
昼間ということもあって、学生は誰もいない。
というか、立ち入り禁止になっていた。
(2号館で青木たち秘密結社は何をしていたか、今こそ暴くぞ)
秘密結社は佐々木ショウの事件とは関係がないだろう。
observerと秘密結社は、同じ強豪違法能力集団なため、非常に仲が悪い。
これにholdersを加えた三つの勢力は、お互いを牽制し合うことで均衡を保っているようだ。
三つ巴ってやつだ。
holdersとobserverが本格的に戦い始めたので、今は秘密結社に対して誰も注目していないだろう。
今こそ、やりたい放題、2号館を探索できるわけだ。
…
というか、
そもそも、この三つの集団はなぜ争っているんだ?
なんのために、戦っているんだ?
「まあ、地下図書館に行けば何かわかるか?」
俺は、2号館だった瓦礫の前に立ち、手を伸ばす。
そして、『2号館が爆散した』という事実を歪ませた。
能力を発動した瞬間、爆発などなかったかのように、2号館が元通りになる。
瞬きをした、一瞬の間で。
(大丈夫そう…か?)
正直、こんな能力の使い方はあまりしたことがない。
基本的に事実であればなんでも歪ますことができるが、その中の情報量によってできる限界が生まれてくる。
例えば、本がいい例だろう。
本を燃やした後、能力を使って『燃えた』という事実を歪ませるとする。
もし、その本を読んだことがあれば問題なく復元することができる。
しかし、一度も読んだことがない本であれば外側だけ復元できる。
その内容までは戻すことはできない。
燃えた、という事実だけをなくした。
便利に見えて、使い勝手が悪い能力なのだ。
情報量が多いものの事実を歪ませるなら、それ相応の集中力と記憶力が必要になってくる。
つまり、2号館も完全に復活したわけではない。
俺が知っている範囲、それこそ地下図書館までの道のりくらいだ。
だが、今回はそれだけで充分だ。
地下図書館への扉を開けると、しっかりと螺旋階段が形成されていた。
爆散したのが地表だからといって、それまでの道のりが残っているという保証はなかった。
瓦礫が螺旋階段を埋めていたら、それを取り除く作業が必要となってきた。
その手間はいらないようだ。
前回と違って、恐怖心は生まれなかった。
夜でもないし、敵である青木は死んだ。
1歩踏み出す。
前回のように足が吹き飛ぶことも、後ろから肩を叩かれることもない。
なんだかんだ言って、トラウマになっていたのだとここで自覚する。
1歩踏み出せば、残りは楽なものだった。
足音が地下全体に響き渡る。
(…)
5分ほど降りただろうか。
ようやく、地下への扉が見えてきた。
上を見上げると、光がうっすら見えるだけだった。
随分と地下に降りたらしい。
今思うと、青木教授騒動からの謎が解決するのだ。
青木夫妻が何を考えて、秘密結社に何を命令されていたか。
全て暴いてやるぞ。
扉を開けると、ぱぁと光が溢れてきた。
「わっ。まぶし」
「やあやあ、待っていたよ」
…
は?
視界が光に慣れてきて、だんだん周りの様子がわかってきた。
地下図書館というのは名ばかりで、本らしきものはひとつも置かれていなかった。
壁も地面も白で統一されていて、無機質な空間。
部屋の中心に円卓があり、その周りに液晶パネルがいくつも整列している。
2号館がボロボロな建物なだけあって、この近未来な部屋が違和感でしかない。
そして、円卓の一つの席に、さらに違和感を感じるものがいた。
いや、そう。
ここにいてはおかしい存在。
部屋とその人の違和感同士で、逆にこの部屋に溶け込んでいた。
透き通るよう中性的な声。
全身を白で統一した、人間離れしたその姿。
「なんで天使教授が…」
「私がここにいてはおかしいかい?」
いや、おかしいよ!
***
04
秘密結社が活動していたとされる場所〜とか。
そもそも俺が能力を使うまで入り口は塞がれていた〜とか。
なんで俺がここにくるのがわかったのか〜とか。
天使教授の前では、全て無駄である。
この人に常識は通用しない。
雨や雪のように、突然降る天候程度に捉えていくのが精神的に正解だ。
「私と初めて会った時のことを覚えているかな」
「なんですかいきなり…そりゃ、忘れるわけないですよ」
俺と天使教授が出会ったのは、入学式の時だ。
人生の転換点はいくつもあるが、その中でも群を抜いて記憶に残る。
子供だった高校生から卒業し、大学生という大人になったのだ。
そして、振り出しに戻った日である。
『世界が崩壊した。そして、君はその事実を無かったことにした。おかえり、佐々木ソラくん。』
入学式のあった4月3日。
俺の前に突如現れた天使教授はそう告げた。
お前はこれから起きたことを全て『無かったこと」にして、戻ってきたのだと。
世界崩壊を無かったことにした。
そう言われた。
「世界の崩壊に立ち会った君は記憶を失った。あまりにも膨大な事実の書き換えは、君の脳にも影響を及ぼしたのだ。だから、誰もその事実を知らない。これから起きる世界の崩壊を知らない」
だから、俺と天使教授は手を組んだ。
『誰も知らない事実』を知っている天使教授は、あまりにも魅力的だった。
全ての事実を把握する天使教授と事実を歪ませる佐々木ソラ。
俺たちふたりの協力関係は世界を救う最も簡単な近道だった。
はずだった。
お察しの通り、全て知っている天使教授は俺に対して協力的では無かった。
協力関係を結んだはずなのに、気がつけば教授と生徒の関係になっていた。
課題と言いながら、何かしらの問題を提示し、俺に解決させる。
俺だけ損をしている気がするが、必ずメリットのあることをしていると信じている。
「どうだい、ソラくん。世界崩壊の手がかりは掴めたかい」
「それが全く掴めてないんですよね。天使教授が何も教えてくれないから」
「おいおい、君はもう大人だろう?自分で学ぶ姿勢を見せてくれよ」
課題は出しているんだし。
そう言いたげな表情でこちらを見つめてくる。
課題を通して自ら学びを見つける。
いよいよ、教授らしくなってきたな。
「そーですか、それなら、今まさにフィールドワークをしているわけですよ。違法能力者集団の一角、秘密結社の秘密に迫る!どうですか、世界崩壊調査についての第一歩としては」
「あれ?お兄さんの葬式会場でholdersの面々に囲まれ、愛されていたという事実を目の当たりにして、言葉にできない喪失感に潰されかけていたところ、現実逃避をするために地下図書館に来たんじゃないの?」
ぐっ。
図星であった。
気が付かないようにしていたし、気がついていないところもあった。
的確に、ナイフで抉るように、俺の本心を暴いていく。
「だとしても、世界崩壊調査について無関係だとは思えないですよ。なんですかこの近未来空間」
「さあ、なんだろうねぇ」
それを調べるのが、今回の課題。