序章.1
01
葬式は、関係者のみで行われた。
佐々木家の親族は少なく、佐々木ショウとはあまり関わりがなかったからだ。
参列者のほとんどはholdersのメンバーで、かなり疎外感を感じた。
参列者は泣きそうな表情を浮かべ、ショウの死を悲しんでいた。
実際に泣き出す人もたくさんいた。
歳をとった老人も、若い女子高生も、全員が彼を思っていた。
holdersでは、とても愛されていたのだろう。
そんな様子を見て、俺は少し冷めた気分だった。
隣でなく母親の背中をさすりながら、帰りたいと心の中でつぶやく。
場違い。
その一言に尽きる。
佐々木ショウは血の繋がった実の兄だ。
同じ両親から生まれたことは間違いない。
だが、兄弟らしいことは全くしていない。
血の繋がった兄弟だと発覚したのも数ヶ月前、あの最悪の入学式の時だ。
つまり、18年間兄弟がいたことすら知らなかった。
実の母は俺を産むと同時に死に、母の妹が俺を引き取った。
隣にいる母親と血は繋がってはいないが、俺の母親であることには変わりはない。
二人で田舎で楽しく暮らしていた。
大学入学と共に、都会にきた。
そんな時に、いきなり「私はあなたの血の繋がった兄です」と言われても無理がある。
生き別れの兄弟など、実際にいても迷惑なだけだ。
佐々木ショウとのファーストコンタクトは最悪で、それ以降一度も会っていない。
この国で過ごしていれば、嫌でも佐々木ショウの名は耳に入ってくる。
holdersで一番の実力者。
最強の能力者。
日本の希望。
彼に救われた人間を数えることはできないだろう。
それほどの力を彼は有していた。
それが兄弟だからと言って、俺の生活に影響が出たわけではない。
holdersへの勧誘を断り、天使教授と依田ちゃんを選んだからだ。
だから、別に死んだって関係ない。
そう思っていたんだけど。
(なんだ、このイラつきは)
心がざわつく。
人が死んでも何も動じなかったのに。
昨日だって、秘密結社の青木が瓦礫の下敷きになって死んだ。
それでも、俺は地下図書館の行方の方が気になった。
そう。
他人、ましてや無関係な人を思うほどお人好しじゃない。
今となっては、依田ちゃんとお母さんくらいだ。
(なのに、なんで)
無関係だろ。
佐々木ショウは俺にとっては無関係な存在だ。
「ソラさん」
母親は出棺へと進み、俺はぼうと椅子に座りっぱなしだった。
急に声をかけられ前を向くと、つい最近知り合った女子高生がそこにはいた。
「小野崎ちゃん」
「この度は、ええとお悔やみ、心よりお悔やみ申し上げます」
「いいよ、前みたいにフランクに話してくれれば」
「でも」
彼女は全身を震わせながら立っていた。
その目もとは真っ赤に腫れ上がり、整った顔立ちは見る影もなかった。
「小野崎ちゃんは、えー、その。佐々木ショウとはどんな関係だったの?」
「お兄ちゃんでした。私たちが悪い大人に利用されていたのを、助けてくれたんです。その後も面倒を見てくださって」
「そうなんだ」
(俺じゃなくて、こいつで兄をやっていたってことかよ)
いや。
俺は何を考えているんだ。
別に、関係ないだろう。
「だから、ショウさんにはとても感謝しているんです」
「うん」
「だから…」
そう言って、彼女は泣き出した。
かわいそうに。
高校生ということは、まだ15歳とかだろうか。
そんな若い時に、兄貴を失ったんだ。
人生を左右する大事件だ。
一生の傷を負ったのだ。
それをいうなら。
(俺もまだ18歳なんだけど)
はぁ
今日の俺はおかしい。
まともな考えができない。
いや。今日じゃない。
天使教授から話を聞いた時からだ。
俺は、泣いている少女を前に何もできなかった。
かける言葉が見つからない。
気まずい。
血のつながった兄が死んだのに、泣くことすらできない。
羨ましいと思った。
俺は、誰かが死んだらここまで悲しむことができるだろうか。
呆然と立ち尽くしていると、後ろから別の少女がやってきた。
黒髪を腰近くまで伸ばした、少し根暗そうな少女。
でも、顔には見覚えがあった。
「双子?」
「あ、はい。私、小野崎ユキって言います。お姉ちゃんの双子の妹です」
「初めまして、佐々木ソラです」
小野崎、改めユイと瓜二つの顔。
顔は似ているが、漂う雰囲気は異なるものだった。
ユイが教室ないで中心人物だとしたら、ユキは窓際だろう。
彼女は興味なさそうに俺を見た後、すぐにユイの方に視線を移した。
「お姉ちゃん。行くよ」
「グスッ。うん…」
彼女は軽く会釈をしたのち、ユイを連れてその場をさった。
号泣するユイと無表情のユキ。
同じ顔立ちなだけあってとても印象に残った。
なぜか、彼女もこの葬式には場違いな存在だと思った。
02
佐々木ショウの死因は刺殺。
ナイフで背後からずぶり。
心臓を一突き。
それが、死体から得られた情報らしい。
AWは計測されず、能力を用いた刺殺ではないらしい。
ただ、ナイフでさした。
小細工なしで。
それで死んだ。
いやいや。
冗談にも程がある。
最強の能力者だぞ。
そんなことできるわけないだろう。
二番目の実力者と呼ばれる一ノ瀬ですらあんな規格外の能力なんだ。
具体的な能力はわからないが、順位をつけるということは明確な差があるのだろう。
あの一ノ瀬よりも強いとされている。
ただのナイフが通用するわけがない。
と思ってはいたが、実際に死んでしまったことは事実。
最強の能力者も、死ぬときは死ぬ。
ありえないことなんてないのだ。
「我々holdersも油断していた。ショウはほとんど単独行動をしていたし、奴に追いつける人間など、一ノ瀬くらいのものだった」
holdersの大元である国立能力病院の院長、八雲は語る。
治安維持の目的で作られた機関、holders。
その最も大きな目標は、違法犯罪者集団の撲滅だ。
それこそが治安維持につながる近道だ。
違法犯罪者はAW測定で生まれてもすぐに捕まえることができる。
しかし、大規模の犯罪者組織に属することで、守られる。
その中でも、歴史が長く人数も多い犯罪者集団が2つある。
一つ目が青木などが所属していた秘密結社だ。
全貌が秘密で包まれているこの組織は、holdersでも手を焼いている。
二つ目はobserverだ。
holdersの対抗組織として作られたこの組織は、幾度と無く戦闘を行っているらしい。
そして、佐々木ショウが中心となって戦っていた。
「そんなこと、俺に話していいんですか」
「私たちは、君に説明する義務があるから」
ないよ。
そんな義務は。
八雲院長は神妙な顔つきで続ける。
「一ノ瀬がオズ大学に行ったことは間違いではなかった。だが、そこをobserverに突かれた。今回は一つの拠点を潰しに行ったんだが、ショウ一人での行動だった」
「一人で行ったら、流石に死ぬことくらいわからなかったんですか」
「いや、ショウはその程度じゃあ絶対に死なない」
死んだんだよ。
500年に一度の天才と呼ばれる八雲院長でも、想定外のことは起きる。
人は死ぬのだ。
「ショウはobserverに殺されたわけではない」
「え?」
「結局、observerの拠点の一つは潰した。ショウはその帰りに殺されたんだ」
それだけ言うと、院長は去っていった。
ここまでが、説明義務の範囲内だったのだろうか。
死んだ遺族に話す内容ではなかった気がする。
天才の考えていることはわからない。
まあ、俺には関係がない話だ。
observerも、holdersも。
関係ない。
そう。
そのはずだ。