2-6
11
先に動いたのは一ノ瀬だった。
彼は刀を振り上げ、そのまま投げた。
(え?)
まさかの投擲である。
侍のように敵を斬りつけると思っていたが、どうやら違うらしい。
俺たちは入り口から動いていない。
つまり、青木との距離は5m程度あった。
刀はくるくると回りながら、青木の足元へと刺さる。
外した?
そう思う間もなく、一ノ瀬が能力を発動した。
人が能力を見る瞬間など滅多にない。
能力を使うことは犯罪だし、犯罪者と遭遇することも基本的にはない。
天使教授の宿題として、いくつかの事件で能力を見た、その程度だった。
そんな俺でも、一ノ瀬の能力が常軌を逸しているのはわかる。
「なんだこりゃ…」
思わず口から言葉が漏れる。
いや、誰だってそう思うだろう。
目の前に青木がいた。
瞬きをしていた間に、青木が目の前に瞬間移動したように見えた。
いや、俺らが瞬間移動したのか?
辺りを見渡すと、その両者とも間違っていたことがわかる。
一ノ瀬が刀を投げた直後、刀の軌道に沿って空間が消滅していた。
青木がいた位置と、大教室の入り口が地続きになっている。
意味がわからないって?
俺のセリフだ。
何が起きているかわからないが、2号館の大教室は歪みまくっていた。
無理やり、青木と一ノ瀬の距離を0にした。
そうとしか言いようがない。
「『2点を1点にする』。それが一ノ瀬の能力だ。訳のわからなさではトップクラスの能力だが、強さは異常だ」
依田ちゃんは全く動じずに解説してくれた。
刀の軌道の始点と終点を一点にしているらしい。
いやいやいや。
訳わからないって。
一ノ瀬は、地面に刺さっている刀をすぐさま抜く。
そして、青木を斬る。
一ノ瀬が刀を投げてから僅か1秒の出来事だった。
青木は後ろに倒れ避けようとしたが、両手が無くなる。
刀の軌道に入ったのだろう。
刀には当たってはいないが、始点と終点の間に入ってしまったのだ。
その空間ごと無かったことになった。
肘から先がなくなり、血を撒き散らしながら青木は倒れる。
「くくく、はははははははははははははは」
もう一振り。
青木の両足も、空間ごと消滅した。
「はははははははははははははははははははは」
青木は狂ったように笑う。
痛みで頭がおかしくなったのだろうか。
一ノ瀬は、返り血すら浴びずに決着をつけた。
(強過ぎだろ…)
依田ちゃんの足を一瞬で消し飛ばした、『転写』の能力者、青木。
彼も決して弱くはないはずだ。
だが、能力者同士の戦いは先行が基本的に勝つ。
いかに相手より能力を先に発動できるかが問題だ。
そこを、一ノ瀬の能力はカバーしている。
距離を一瞬で詰め、相手に致命傷を与えることができる。
これが、『holders』2位の実力者。
(これで2位なら、1位の佐々木ショウはどんだけ強いんだよ…)
「はははは。流石は一ノ瀬タイチ。お前が2号館に来た時点で俺の運命は終わっていたと言うわけか…」
四肢を失ってもなお、青木は普段通り喋っていた。
だが、その顔に余裕はない。
おいおい、ここで青木を殺しちゃったら目的とかわからないだろ。
流れるような攻撃で止める時間すらなかった。
一旦、『無かったこと』にするか?
と言う考えも杞憂だったようだ。
小野崎が青木の元へ走り出す。
そして、彼女も能力を発揮した。
その出力は桁外れで信じられないものだった。
彼女が両手を青木に伸ばすと、みるみると青木の手から血が止まった。
そのまま筋肉が盛り上がり、皮膚に覆われる。
両手両足が復活したわけではないが、生命の危機は免れたように見える。
『holders』の大元、国立能力病院の専売特許、治癒の能力だ。
攻撃の一ノ瀬と守りの小野崎。
完成されたツーマンセルがそこにはあった。
***
12
狂ったように笑った青木は次第に声を小さくし、最後には真顔になった。
「早く殺せ」
まあ、青木の気持ちもわかる。
自身の能力を使う暇もなく、四肢が消滅したのだ。
このまま尋問されるのは確定している。
しかも、治癒の能力者がいるときた。
一ノ瀬が体の部位を消滅させ、小野崎が治癒をする。
体は死ぬことはないが、苦痛だけが残る。
究極の拷問ペアだ。
(この2人がそんなことするような人には見えないが)
「一つ勘違いをしているが、俺はお前を殺すつもりはない。目的を洗いざらい喋ってくれれば、四肢も治すことを保障しよう」
「信じろって言うのか?」
「俺たちは、人殺しはしないんだよ」
さっき殺すって言ってなかったっけ?
そこからは、『holders』の2人組による尋問大会が始まった。
いつから?
何が目的で?
青木レナとはどういう関係?
などなど。
『holders』の応援も呼んではいるので、来たら連行するようだ。
俺と依田ちゃんは完全に空気になってしまっていた。
青木の口は固かった。
青木レナの夫という情報以外、口にすることはなかった。
一ノ瀬が刀をちらつかせて脅しても、びくともしなかった。
「オズ大学常駐の『holders』が2人いたはずだ。そいつらはどうした?」
「ははははは。どうしたと思う?」
「チッ。言わなくていい」
まあ、『holders』に連行したら、『洗脳』の能力者とかが口を割るようにしてくれるだろう。
そんな能力者がいるから知らないけど。
だが、『holders』ないで得た情報は俺の元へ入ってこないだろう。
俺はそもそも関係がないからな。
ただ、興味本位で首を突っ込んでいただけ。
だから、今知る必要がある。
2号館で何があったのか。
「青木さん。地下図書館には何があるんですか?」
「!」
初めて、彼の様子が変わった。
地下図書館そのものが重要なキーとなっているのだろうか?
「ソラ、地下図書館とは何のことだ?」
「オズ大学の2号館の地下には図書館があるんです」
青木は真顔のままこちらに顔を向ける。
「佐々木ソラ。貴様、どこまで知っている?」
「どこまでって…」
何も知らないけど。
なんなら、地下図書館があるって知ったのも依田ちゃん情報なんだけど。
依田ちゃんはどこまで知っているんだ?
その疑問の方が俺の中で芽生えてしまう。
「ふふふ。そっちの目的を話せば教えてあげよう」
適当にでっちあげることにした。
とりあえず、目的を話させることが第一だ。
青木の表情は以前と変わることなく、真顔のままだ。
完全に、生を諦めたような目をしている。
「そろそろ、時間だ。行くぞ、ソラ」
「え?」
依田ちゃんが唐突に割り込んでくる。
今まで何も話していなかった彼女だが、少し様子がおかしい。
まるで、何かに気が付いたかのように。
なんだ?
今の間に何か異変があったか?
「『holders』の2人も、早く2号館から出た方がいい」
「どうしてだい?依田ちゃん」
「『秘密結社』は、徹底している。青木がやられたことなんてすぐにバレるぞ」
依田ちゃんは俺の手を引っ張り、大教室の外へと連れて行く。
「ちょちょちょ。まだ何の話もできてないんだけど」
「青木は口を割らない」
「だとしても…」
「それに、2号館には大事なものが隠されているのは明確だ。それを黙っている『秘密結社』じゃない」
何が言いたいのか、さっぱりわからない。
俺たちは1号館に戻った。
『holders』の2人は応援と合流して、青木を連行するだろう。
俺たちは、情報を得る手段を失ったわけだ。
(普通に気になるから、一ノ瀬さんに頼んで教えてもらえないかな)
割と事件解決に貢献した方だと思うし、教えてくれたっていいはずだ。
そんなことを考えていたが、事件は何も解決していなかった。
俺たちが1号館に着いたのとほぼ同時刻。
鼓膜が破れるかのような爆音と共に衝撃が1号館に走った。