2-5
08
「うわぁ!」
「っ!。何だよびっくりしたぁ」
「今どういう状況!?」
依田ちゃんは、呆れた様子でこちらを見ていた。
辺りは薄暗く、外にいるのは確かだった。
「1号館から出て、2号館へと向かう途中だ。2号館に『秘密結社』の青木が潜んでいるんじゃないかって話になったからだな。おい、2号館で何があった?」
彼女はすぐに俺が能力を使ったことを察したようだ。
的確な状況説明を行ってくれた。
ええと、頭が働かない。
心臓の音がうるさいほど脳内に鳴り響いている。
依田ちゃんの足元を見ると爆裂した形跡はない。
若々しい足がしっかりと生えていた。
いや、俺は何をいっているんだ。
一旦落ち着こう。
「ええと、とりあえず2号館に行くのはやめよう。死ぬ」
「おいおい、またかよ」
やれやれ、と彼女は言いながら1号館へと向かう。
やれやれはこちらのセリフだよ。
依田ちゃんはいつも緊張感がないのだ。
彼女が死にかけて、何度それを無かったことにしたのか。
もはや、彼女は俺の能力頼りで油断しているのかと思うくらいだ。
(それだったら、信用してくれてるみたいで何だか嬉しいが)
そんなことはさておき、依田ちゃんにあらかた事情を説明した。
「俺たちの後ろに立っていたのは青木で間違いないな」
「何で?振り返る前に能力を使ったから顔までは見れてないんだけど」
「『転写』ってのはそういう能力だ。俺の足に無理やり何かを『転写』したんだろうな。だから足が弾け飛んだ」
んん?
『転写』って、そういうこと?
音声を文字にする『転写』じゃなくて、印刷とかそっち系の『転写』か。
文字とかを紙から紙に押し付けて写すように、
何かを足に『写した』ってことか?
いやいや。
そんなのアリかよ。
何でもありじゃないか、そんなの。
頭に『転写』したら、頭が弾け飛ぶのか?
初見殺しの不可避の能力。
無理だ。
素人が戦う相手じゃない。
どうすればいいんだ。
実際に攻撃を見た俺とは対照的に依田ちゃんは落ち着いていた。
依田ちゃんは、まったくと言いながら続ける。
「悔しいが、頼るしかないな」
「え?」
「一ノ瀬タイチ。『holders』で2番目の実力者。あいつの能力に比べたら『転写』なんて可愛いものだぞ」
***
09
1号館で予想が捗ったので、ついつい2号館へと足を運んだ俺たちだったが、そこがおかしかったのだ。
元々、一ノ瀬と小野崎は「違法能力者集団がオズ大学と関わっているかもしれない」という話で1号館まで来たんだった。
それを、俺たちが興味本位で関わってはいけない。
能力があったからなんとかなったものの、余計なことをした。
自分の力を過信しすぎると、いつか痛い目に遭う。
今回も、青木が俺の肩に手を置くのではなく能力を使っていたら、終わっていた。
死んだ後に能力は使えない。
俺が死んだ、という事実だけは無かったことにはできないのだ。
「こんにちは」
「邪魔するぜ」
そう言って、1号館に小野崎と一ノ瀬は入ってきた。
昨日ぶりだったが、なぜか随分と久しぶりにあったような気がした。
一ノ瀬の余裕のある表情はとても安心できるものだった。
だが、それに対して彼の口からはあまり良い話を聞くことができなかった。
「オズ大学常駐『holders』がだが…、どうやら今年度に入ってから失踪していた」
「は?」
「思ったより、事件は大きいかもしれない」
一ノ瀬の話によると、そもそも大学などの教育機関には『holders』が配属されているとのことだ。
規模によって配属人数はまちまちだが、オズ大学は2人いたらしい。
1限から5限の講義が終わるまで8号館にいて、学生と共に帰る、それが普段のルーティンだ。
もちろん、『holders』に対しても定期連絡を行なっていて、活動日誌なども書かれている。
『holders』本部は、何も違和感を感じなかったので、オズ大学には介入しなかった。
だが、今年度に入ってからオズ大学在中の『holders』を見た人はいなかったらしい。
教員も事務職員も一度も目にしていない。
それでも、定期連絡や活動日誌は継続的に続いている。
昨日も当然のように定期連絡が行われていたようだ。
誰もいない部屋から。
「俺たちも青木レナの事件があったから気がつけたが、発見はもっと遅れたかもしれない」
「た、たいへんですね」
「ああ。この大学は危険だ。」
一ノ瀬はチラッと小野崎を見る。
彼女は、俺たちの話を聞きながらきょとんとしている。
「何か、とてつもなくやばいものが潜んでいるのは間違いない。だから…」
「それについてなんですけど」
俺はあえて一ノ瀬の話を遮った。
彼が何を言おうとしたか察したからだ。
一ノ瀬は、一人で解決しようとしている。
俺たちはもちろん、小野崎すらも置いて。
別に、能力を使って見てきたわけではない。
彼の目だ。
覚悟が決まった、強い目をしていた。
それほど、事件は緊迫しているのだろう。
オズ大学在中の『holders』の職員とは知り合いだったのだろうか。
出会って2日目しか経っていないけど、一ノ瀬についてちょっとわかった気がした。
俺は、全説明をすっ飛ばして目的だけ伝えることにした。
「2号館に、行きませんか?」
***
10
2号館に入ってすぐに、小野崎が持っていたAW測定器が甲高い音を上げる。
AW測定器が反応するのは二つの場合だ。
1つは、能力を何度も使用していて、体から能力波が垂れ流しになっている人間に向けた時だ。
『holders』のメンバーは、自身の能力波を登録しているので反応はしない。
つまり、反応をするときは登録外の犯罪者に対してだけだ。
2つ目は、能力波がその場で溜まっている時だ。
何度も同じ場所で能力を使用すると、能力波がその土地に染み付く。
そこに人がいてもいなくても、AW測定器は反応するのだ。
一ノ瀬は、反応を示すAW測定器を見て複雑な気分だった。
それは、佐々木ソラが期待以上だったということと、大学常駐勤務の仲間が死んでいたことがわかってしまったからだ。
AW測定器が反応するほど土地に能力波が染み付いている。
それはつまり、違法犯罪者集団の根白になっているということ他ない。
何かしらの勢力が、ここで良からぬことをしている。
青木レナの宗教事件はその一端に過ぎない。
(ショウの弟がどんな物なのか様子を見に来ただけだったんだがな…)
『holders』の命令でオズ大学に来たが、1号館に行く予定などなかった。
オズ大学常駐の『holders』のメンバーに大学内を案内してもらう手筈だった。
興味本位で寄り道したが、期待以上だった。
マッシュに丸メガネと量産型大学生の見た目をしているが、その目つきだけ周りと違う。
ショウと同じ、希望を見せつけるような目。
その目つきを隠すために眼鏡をかけているのだろう。
「一ノ瀬さん!どうしますか?」
「ん?ああ」
どうやら、ぼーとしてしまっていたらしい。
ソラも小野崎も、こちらを見て判断を仰いでいるようだ。
(八雲は、この状況を予想して俺を寄越したのか)
そもそも、一ノ瀬が大学の不正調査のような小さな仕事を任されることなんて無い。
『holders』で2番目の実力者と呼ばれるほどの成績を残している彼は、基本的に違法能力者集団との抗争に明け暮れている。
珍しく軽めの仕事かと思えば、この結果だ。
「3人とも、俺より前には出るなよ」
そう言って、刀を抜く。
いつでも斬れるように。
手に力を入れながら、ゆっくりと教室の扉に向かっていく。
AW測定器が鳴ってしまったため、誰かがいたらバレているだろう。
(攻撃される前に殺す)
2号館に入ってすぐにある、大教室。
音が鳴らないようにドアを開くと、広い教室の真ん中に1人の男が立っていた。
「ようこそ」
黒髪、黒いスーツ、黒いズボン。
『秘密結社』の黒スーツ部隊の一員だろう。
彼は両手を上げ、敵意がないことを示している。
(おいおい、ここで『秘密結社』が絡んで来るのかよ)
青木レナは『秘密結社』の一員だったってことか?
それじゃあ、あの宗教も『秘密結社』の取り組みの一つ?
それよりも、大学で何をしているんだ?
能力波が土地に染み付くなんて、普通じゃない。
「誰だ?お前」
「ははは。普通、自分から名乗るものだろう。まあ、いい。俺の名は青木だ。お前らの自己紹介はいらないぞ。有名だからな。『holders』の一ノ瀬。」
男は笑いながら続ける。
「そして、佐々木ソラ。お前とはいつか接触しようと考えていたんだが、まさかここで会うとはな」
後ろをチラリと振り向くと、ソラは無言で男を睨んでいた。
部屋が暗くて表情は良く見えない。
「『秘密結社』が、ここで何をしている」
「それを言ったら見逃してくれるのか?」
男は、上げていた手をゆっくりとおろす。
一ノ瀬も、再び刀を強く握る。
「勿論、殺す」