とどのつまり、世界が変わっても、人間は変わらないとかいう話
「しかし、今年の召喚の儀は豊作だったな。」
「だな。”勇者3”に”賢者が2”、さらには”グラディエーター”とか言う新スキル持ち。おかげで今年のダンジョン制覇率は俺らがTOPだって話だぜ?」
「俺も聞いた。でも、去年が不作だったから今年の伸びが際立ってるって話だぜ?そいで去年の異世界人は連帯責任ってことで”オルゲン送り”になったんだとか。」
「まあ、妥当だろうな。去年は酷かった、なんせスキル持ちが全体の2割しかいなかったしレアも無し。亜人系や異形系が多かったから交配も難しい。ステータスはそこそこ良かったらしいが、スキル無しはなあ。ダンジョンより戦地の方が向いてるって判断は妥当だと思うよ。」
「まあ、弾避け要因として下人と一緒にガンバってもらうのが一番有用だって事だろ?参謀連中の効率厨っぷりは相変わらずか。」
「いい加減デレネクの奴らも諦めれば良いのにな、召喚権200に召喚権20の弱小国じゃあどうにもならんってなんで分らんのかなあ?」
「お頭が悪いんだろ?あいつら国家間の不平等がどうとか言ってる割には戦争で狙ってるのは明らかに聖地だからな。綺麗事言うならせめて汚い部分は隠せよな。」
「無理だろ、頭悪いんだから。」
「お前はっきり言いすぎ(笑)。おっと着いたな。おい。おい!わかってるな?ダック、この中の奴に一発かませたらお前の”未払い納税”は免除してやるよ。」
「何ビビってんだ?お前を助ける為の税金を免除してやるってんだぜ?豚でチキンのお前を他校から守ってやってるんだぜ?納税は義務、小学生でも知ってるぜ。」
「おら。行けよ。中の異世界人はスキル無しの弱小ステ野郎って話だしよ。召喚者は俺らに逆らえねえんだ、正直大サービス免税だぜ?なあ?なんなら条件増やしてやろうか?そうだな、一発ヤッテ来るとか!」
「おいおい、野郎なんだろ?いくらブタちゃんのポークピッツでも初めてがやろうの後ろなんて可哀そうだろう?でも面白そうではあるな。」
「良いじゃねえか。分かったな?ダック。追加ミッションだ。」
「あの…、いくらなんでもそれは…。」
「うるせえ。なんだ?まだ足りないってか?」
「待って!…行きます…行くよ…。」
彼らは牢獄を開いた。
ー異世界人収容所:第203号室
僕、ダック・フンダルスは虐められている。
後ろの奴らは僕を助ける為と称してカツアゲしてくる虐めっこ連中だ。
親からの仕送りはほとんどあいつらに取られて「もう無い」と言ったらここに連れて来られた。
あいつらは無害だと言ったがここに入れられる異世界人がどんな奴か僕でも知っている。
無用な異世界人でも戦地に送れば弾避け程度にはなる。異世界人はたとえ死の宣告みたいな命令でも実行するのは、王族の血を継ぐものの命令には絶対服従だからだ。
そのはずだった。
ここ、収容所に居る異世界人はその絶対の命令に抵抗、もしくは命令の隙間を狙って王国に害を及ぼす存在。
長い年月の間にほとんどの上級国民に王家の地が流れているので、基本誰にも逆らえない彼らをこの収容所に閉じ込めるのは、命令権が無ければ”スキル”や”ステータス”を持つ彼らと僕たちの立場は逆転する。
圧倒的な”力”を持つ彼らを止めれる者はこの世には居ない。
そんな連中の一人が今目の前にいた。
第一印象は「美しい…女?」だ。
彼との事だったが、どう見ても中学2年生の僕らより幼く、それでいて可愛いと言うより綺麗な女性だ。
深く青い髪は長く真っすぐ腰辺りまでスッと降りている。
深く青い瞳は大きく、少しつり目勝ちだが長い牢生活のせいか、くたびれて見える。
服装はドレスだ。水色だったそれは今ではずいぶん汚れて見える。肩から先にソデは無く、スカートもとても短く、股下から下に10センチ程度しかない。
腕と足は素肌ではなく、黒い。おそらく”ストッキング”と言うやつだろう。
…どこからどう見ても”女の子”だ。だが、王国のこの手の資料が嘘と言う事は考えにくい。と言う事は彼は男なんだろう。やはり異世界は僕たちには理解できない。
彼女いや、彼の名は「ドキ」との事。スキル無し、ステータスは僕らの世界で言うと小学生のか弱い少女程度。
転生直後にすべての転生者はステータスやスキルを丸裸にされ、真名から何もかもを王国に記録され、自分達がどうしても王族に逆らえない事を教わる。
そんな一連の流れの中でまれに居るのだ。命令が聞かないやつが。
彼もそんな中の一人なんだろう。たとえスキルもステータス弱者でも、ナイフ一つで人は殺せるのだ。多分彼もその一人なんだろう。
「君は、これからどうするんだい?」
ポロリと出た言葉だった。境遇は明らかに僕より悪いだろう彼に、それでもこの世界では、下方向にはみ出し者の僕。どこか同じように感じた彼は、そんな境遇でありながら王国に抵抗したのだ。だからここにいる。だが、抵抗する勇気のない僕は、抵抗しないがために、無難に、檻の外で過ごせている。
「君は、抵抗した。そして今、行動にも生存にも制限がかかっている。どうして?スキル無しでステータスが弱くても、その美しい容姿があれば貴族に取り入る事だってできたはずだ。少なくとも、牢獄よりマシな生活が出来たはずだ。なぜ、君は抵抗したんだい?」
異世界人は頭が悪いのだろうか?容姿から相手の中身を判断するのは愚かだと一連の学園生活で思い知っている。だが、この異世界人が考え無しに行動する様にはどうしても思えなかった。
彼?は綺麗な声で答える。
「たとえ世界が変わっても、俺は俺だ。牢獄が不自由?貴族に取り入るのが良い生活?スキル無し、ステータス弱者がハンデ?俺達異世界人を侮るなよ?小僧。」
それは、明確な拒絶。だが、彼のその表情は怒りでは無く、優しい表情に見えた。
「それは虚勢?それとも警告?君たちが、僕たち王家の血を継ぐ者に逆らえないのは大昔の神との契約だと聞いているよ?それは永遠だし、もし神が僕たちと異世界人たちの関係、つまり虐待を許さないというなら、それは1000年は前に止められていないとおかしいよ。ひどい待遇に見えるかもだけで、昔より改善してるんだよ?」
フフッ。と鈴の様にキレイな音で笑う彼。今の所彼が男である要素は一人称が「俺」と言う点と胸部が無い点位だ。
「無駄だよ。歴史も、神も、価値も、変わるときは一瞬で、変わらない事を選択できる世界に存在出来ない。今誰かがこの国を消し飛ばして、それが異世界人の仕業だとしたら、君たちのすべてはひっくり返るんだろうね。でもそれは大した事じゃないんだよ。未来から見れば歴史の変更があったの一文で片付けられ、神も絶対も無い事を受け入れられなかった現代を理解できず、金銀財宝をいくつ持っていようが、ある日予想できない何かで失う事が分らず今と同じ目に合うんだろうね。」
彼は何もない、石の床から椅子を生やして、座る。いつの間にか僕の後ろにも同じ椅子があった。
彼はどうぞとジェスチャーする。理解できなかった。でも、言ってることは何となくわかる気がする。
今の僕たちは2000年前にあったと言われる魔王と勇者の物語にある、王族が召喚した異世界人「勇者」を崇め、魔王を討伐した勇者と御姫様が結婚した話が理解できない。
勇者と姫様の子では命令が効かない。スキルもステータスも優秀なその子供を、誰も止めれないだろう。彼は暴君となり、次の魔王となった。
椅子に座る。彼はとても不思議だった。
命令に抵抗できる彼は、スキルを持ってないはずなのに椅子を生やして見せた。僕たちの知る限り王国の検査は完璧で、隠し事は出来ない。はずだ。
本当は彼を恐れるのが正常の感情なのだろう。だが、不思議な事だが、彼の話、そしてその穏やかな表情からはあいつらから感じる嫌な雰囲気を感じなかった。僕はわくわくしていた。
「神は、もし仮に居ないとして、どうして僕たちは君たちに命令できるんだろう?1回目の召喚はもう2000年も前だという話だけど、そのころから異世界人は王族に逆らえなかったって話だよ?でも、価値が変わっていくって話は同感だ。そして付け加えると、価値は場所によっても違うんだよ?僕はお父さんの行商について行ったことがあるんだ。信じられるかい?下人の集落では、キャップが通貨だったんだ。あの瓶飲料の蓋だよ。そして、僕たちがそこで定期的に行商を行っていくと、1年程度するとそこの通貨は銅貨に変わったんだ。キャップで取引しない僕らから商品を買う為に、僕らやほかの行商人が使った銅貨がそこでの価値になったんだ。それでもまだキャップは使われているけどね。」
「そうか、君は商人の息子だったんだね。時代を経験できるなんてすばらしい感性を持ってるじゃないか。俺の世界では硬貨や紙幣の物質的な通貨がデジタルの非物質的な通貨に代わる時代だったな。今思うと俺は時代の中に居たんだな。それを認識できてなかったとは、もったいないことをした。ああ、命令云々の事なんて俺は知らんよ。ただ、俺の様な連中がいるんだ、逆になぜ君たちは警戒しないんだろうな?それとも異世界人は、俺みたいに”めんどくさがり”の”自己中野郎”ばかりが条件なのかな?君、良い事を教えてやろう。この世界での異世界人の環境改善の為、関係改善の為に、俺から一つアドバイスだ。”俺と同じ世界の異世界人は命令が効かない”そして”俺と同じ異世界人はチート持ち”だ。ちょっといろいろ陰で調べさせてもらったが、今のところ間違いなさそうだ。」
「いままで、2000年もあなたの言う、あなたと同じ世界の異世界人がずっとこの状況で黙っていたと?それは無理があるんじゃないですか?あなたが少々特別なのは何となくわかります。もし王国相手に勝てる異世界人が居て、なぜ黙って命令されているんです?それともあなたの様に牢獄で過ごす事があなたの世界では特別な、望まれる意味があると?」
「ああ、どうなんだろうね?人によっては牢獄に入りたい人もいるんじゃないかな?でも、そんな人は俺の板世界でも特殊な変態だと思うけどね。俺は違うよ?俺はね、品定めをしていたんだよ。ここに居ればいろんな人間が来る。ちょっと悪な奴が多いかな?そういう人を見るとこの世界のちょっと悪いが分かるかな?と思ってね。結果はまあ大したことはわからなかったよ。でも、あの日、あの呼ばれた日に居た連中に尻尾振ったり、ゴマ擦ったりするのはイヤだったんだから仕方ない。俺は嫌な事はしたく無いんだ。」
「それは誰だって嫌な事はしないでしょう?」
「いや、この世界も前の世界も、みんな嫌な事ばっかりしているよ。嫌だと言って学校へ行き、嫌だと言って仕事へ行き、嫌だと言って競争社会で生きている。俺から言わせれば”だったら辞めればいい”だ。学校へ行かず、仕事もせず、社会から離れて山にでも行けばいい。」
「それは…極端すぎないか?それに、学校へ行かなければ教養が得られないし、就職できない。仕事を止めれば収入が無くなり、生活が出来なくなる。競争が無ければ人も社会も成長しない。君の言う通りにするのは緩やかな自殺でしかない。」
「その程度で死ぬならそういう人だったって事さ。なんなら死ねばいいとまで言う者も居る。そして言うんだ、「死にたくないから働いているなら、君の願は叶っているじゃないか」とね。まあそういう見方なら叶ってるんだろうが、どうにもそうは思えないんだよなあ。だから俺はとことん嫌な事はやらない事にした。結果を知る為のいわば実験だ。だから俺が牢獄で死ぬならそれが答えだったんだろうが、どうやらそうでは無いらしいんでな、この世界でも、どの世界でも結局俺がどうしたいのか?それを考えるには牢獄はちょうど良かったな。ふむ、結局俺の願いも叶っていて、世界の嫌々言う連中もみんな願いが叶ってるんかね?分らんくなってきたぞ?」
「少なくとも僕の願は叶ってないよ。虐められていい事なんて何もないし、虐めて欲しいなんて言った覚えも無いよ。親の仕送りを取り上げられ、君を犯せと言われて放り込まれたこの檻で、僕はどうすれば良いんだろうね。君、嫌な事を止めればいいと言うけど、かかわらない様に距離を置いても、嫌だと言っても、相手から嫌な事を強制されるんだ。君はずいぶん達観している様で、容姿も力も持っている様だけど、醜く、弱い僕はそうはなれそうに無いし、一生嫌な事で生きてい行きそうだよ。」
「へえ、ずいぶん大変そうなんだね。それでいて随分皮肉げだ。俺の容姿や能力を誉めてくれるのは嬉しいけどね。ありがとう。でもね、君、子の姿も能力も、前の世界の俺とは全然違う、突然こうなった。一緒なのは意識だけだ。つまりだよ?こうも考えられるわけだ”この容姿と力は突然無くなる”とね。だってそうだろ?突然降って湧いたモノがこれからずっとそのままなはず無いじゃないか。一生変わらない力を持てたなら、それはきっと力の寿命より先に力尽きただけだよ。俺が力尽きるまで転生?転移?なんてとんでも事件が起きたが、そんな事どうでも良いじゃん?たとえ、奴隷の様な待遇になっていたとして、俺がそれに不満を持つのか、それともそこで上手くやるのか、なってみないと分からない。でもさ、死ぬより嫌な事なら死ねば良いと思わないか?だって、死ぬほど嫌なら死ねるんだぜ?そして、今は死ぬほど嫌な事は無いわけだ。なら今は生きていたいんだよ、俺達はね。」
「確かに…死ぬほど嫌な事は有るけど、死にたいと考える事は有るけど、実際に死にたいとは思わないなあ。お父さんとお母さんに申し訳ないしね。なんと無く分かるような分らないような、そんな気分だよ。」