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 イエローは日本上空を飛んでいた。

「イエローはん…。素敵なイルミネーションやなぁ…」

 トナカイへ変化したタイガーが陽気な口調でイエローへ声をかける。

「うん、綺麗だね…」

 街を彩っている沢山のイルミネーションが煌めいている。空から見ると、まるで地上で星が瞬いているようだ。

「見てごらん…。寒いのに子供たちはまだ起きてるよ…」

 イエローは窓辺から空を見上げている子供たちの様子をみて微笑んだ。頬を紅く染めていたり…。ガラス窓に小さな手形をつけたり…。指先に息を吹きかけ、暖めている子もいる。

 だが、子供たちにはイエローやタイガーの姿は見えていない…。

 耳を澄ませば、子供たちへ届くようサンタの鈴の音は響き渡る。見えない存在を信じてもらえるように…。

 イエローは子供たちが望むことへ、勇気と希望を振りかけた。夢を成長させるかは本人次第だ。あと、特別に少しだけ健康の運気を添える。

 イエローは一応、富と繁栄を象徴するサンタだ。グリーンが教えてくれた『縁』…。

 まだ幼い子供には無数に繋がった糸があり、少しでも長生きをすれば、その縁を掴むことができるだろうと、イエローなりに考えた結果だ。



 サンタは平等に子供たちの願いを叶える。些細な魔法おくりものではあるが、皆に行き渡るように、一人一人に時間が割けないのだ。

 しかしだ…。イエローの手綱は思う方向へ進まない…。

「願いが強いな…」

「ホンマですね…。引っ張られてますやん」

 タイガーも前脚で宙を掻くが、身体は地上へ降りていく。

「うわぁぁ…」

 負けじとタイガーは無理に足掻いたが、身体はどんどん左へ傾いていく。

「はぁ…。このまま、様子を見ようか…」

 イエローは呟いた。

 真摯な眼差しをした子供が窓辺で何かを願っている。無機質な白い建物の頭上に総合病院と看板が掲げられていた。

「お願いです…。お婆ちゃんの願いを叶えてください…」

 室内側の窓の出っ張りへ小さなクリスマスツリーがチカチカと点灯していた。

 小さな少女はその窓枠へ肘をついて両手を組んでいた。その近くには、今にも死に絶えそうなおばあちゃんがベッドで寝ている。

 個室のようで他の病室より広く、上質なソファなぞも完備されていた。

 彼女の傍らには黒いマントを被った高身長で細身の男が控えていた。穏やかな表情で彼女の死に逝くのを見守っているのは死神だ。

 彼らは魂が迷わないよう天から遣わされる。

 天に所属しているので同僚といえるが、彼らは神であるので、人間の身であるサンタにとっては尊ぶ上役である。

「邪魔をしてはいけないけど…」

 子供の純粋な願いを無碍にすることはできない。躊躇していると、死神と視線が交差する。イエローは無表情で真っ白な肌をした死神においでおいでと手招かれた。

 死神に呼ばれるとは、ちょっと笑えないと思いながら、愛想笑いを浮かべてしまうイエロー…。

「会いたかったんだよね…」

 知り合いでもない死神にそう告げられて、イエローは慄いてしまう。

「えっ?何でですか?」

「この国では新幹線という乗り物があってね。黄色の新幹線を見ると幸せになれるんだってさ。その感覚に似てるのかな…」

 死神は無口なものと思い込んでいたイエローだったが、目の前の死神は口が滑らかだ。警戒していた気持ちが少し緩む。

「よく分かりませんが…。そのように言ってくださり光栄です」

「サンタクロース・イエローは今年からサンタクロース・ファイブのメンバーになったんだろう?会えたのはレアだよね?ありがとう…」

「いえいえ…。お礼を言われるほどでは…」

 サンタ帽子を脱いで後頭部を掻きながら、イエローは恐縮していた。病室へお邪魔するにあたって、タイガーはトナカイから愛嬌ある笑窪を浮かべた人間の姿へと変化している。

 少女の目にイエローやタイガーは映っておらず、一心に夜空を眺め祈っている。

 もし突然、鍵の掛かった窓から二人が現れれば、科学の発達したこの現代、不審者扱いされるのは間違いないだろう。魔法の力で姿は隠していた。

「あの子も君も…。彼女もついているね…。イエロー効果かな…」

 死神はそっと笑う。幾筋もの星が流れる静寂な夜空を見ているようだ。死神の瞳が深い藍色をしていることにイエローは気づいた。

「なんのことですか?」

「頃合だな…」

 尋ねたイエローへ返答することなく、眠っている老女の額に手を触れる。優しい柔らかな光が病室を覆い始め、その明かりはどんどん強くなる。

 イエローは眩しくて目蓋をとじた。再び、ゆっくり目を開けると目の前にいたタイガーが虎へと変貌していた。

「どっ!どうしたっ!タイガー!」

「僕も何が何だかっ!」

 大きな牙を剥き出しにして、要領よく鋭い爪で触りながら、自身の姿を確認しているタイガー。

 つぶらな瞳は人間姿のタイガーを醸しだしており、イエローは愛らしく思った。

 窓辺で祈っていた女の子は、虎の出現に言葉を失っていたが、気を取り直すと叫んだ。

「とっ!虎っ!何でっ!おばあちゃんはっ!おばあちゃんっ!」

「大丈夫よ…。朋子ちゃん…。おばあちゃんはここにいるわ…」

「おばあちゃん?」

 防空頭巾から三つ編みが覗き、モンペを履いた子供が目を輝かせて立っている。朋子と呼んだ娘の顔を撫でる。

「朋子ちゃんがサンタさんにお願いしてくれたおかげね…。古い友人に会えたわ…」

 朋子の知っているおばあちゃんではなかったが、その掌の温もりは確かに朋子の祖母の手だ。

 大きな虎となったタイガーに怯えもせず近づいていくモンペ姿の少女。

「君はあん時の…」

 恐れることなく、モンペ少女は虎の首へ手を伸ばし抱きしめた。艶やかな毛並みへ顔を埋める。

「ずっと…。ずっと…。芋なんて虎が食べてくれるわけないのに…。ずっと…。ずっと…。それでも、あの時、ちゃんとご飯を食べてくれたか…」

 言葉が詰まり、モンペ少女は最後までタイガーへ伝えられなかった。大粒の涙が頬へ落ちるのを認めながら、タイガーは答えた。

「ごめんな…。食べれへんかってん…。一口咥えたんやけど、飲みこむ力がもうなかってんな…」

「ごめんなさい…。助けてあげれなくて…」

「けど、君は来てくれたやん。それだけで嬉しかったで…」

 モンペ少女は動物園へ忍びこんだ後、周囲の大人たちからこっ酷く叱られたが、飼育員たちの温情もあり、そのまま帰されたそうだ。

 その後、空襲で家を失い、戦争で父母を亡くし、孤児となった彼女は焼け野原となった街で、残された弟と戦後を逞しく慎ましく生き抜いてきた。

 夫が一代で立ち上げた会社を二人三脚で切り盛りし、大企業とはいえないが、七百名ほどの従業員を抱えるぐらいは大きくなった。

 子供も三人恵まれたそうだ。祖母のために祈りを捧げていた朋子は末息子の娘らしい。

「タイガー…。これ袋から出てきたよ」

 イエローは香ばしく匂いたつ焼き芋を手に持つ。グローブをしていたので掴めたが熱々だ。

「一緒に食べよっか?」

「うん…」

 モンペ少女は嬉しそうに微笑む。

「ほら、君も食べよ」

「良いの?」

 人の言葉を話す虎…。ファンタジー要素たっぷりで、朋子もいつの間にか打ち解けている。

「イエローはん、分けてくれへん?僕、この手では無理…」

 タイガーは肉球をイエローへ見せる。タイガーは配慮から爪を隠していた。イエローはその肉球へ触れたい気持ちを抑えた。

 子供たちは遠慮なさそうにモフっている。

「そうだな…。貴方もどうです?」

 イエローは死神へと声をかける。

「職務中だけど、イエローがそう言ってくれるなら、断るわけにはいかないね。お嬢さん方、宜しいですか…」

 二人は無言で頷く。彼の正体を知らない朋子はイケメンな死神を前に恥じらっていた。

 イエローは焼き芋を丁寧に五等分へと割った。

 ここで時間を費やしてしまった。休憩時間は返上しなければいけないが、子供たちが嬉しそうに芋を頬張るのを認めては、それもやむ得ないことだと納得する。

「虎さん…。美味しいね…」

 虎の姿をしていても察することができるほど、タイガーが幸せそうだったからだ。



 朋子が目を覚ましたとき…。祖母は静かに永い眠りについていた。

 医者が病室の時計と自身の腕時計を交互に確認して死亡時刻を告げていた。

 病室は数分前から慌ただしかったのだが、朋子は気づくこともなく寝ついていた。慮った看護師が朋子へブランケットを掛けソファに寝かせてくれていた。

 枕がわりに朋子の頭の下へ差し込まれていたクッションの側には焼き芋の欠片が落ちていたのだった。

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