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「だから、オレは元々サンタクロースではなかったんだよ。マリア姉さんに騙されたっていうかさ」

 ピンクは誰にでも打ち解けるタイプのようだ。初対面の人間でも、長年の友人に接しているかのように親しげに話す。今もまた、ピンクは何の躊躇いもなくイエローの肩を組みながら、会話を楽しんでいる。

「あっ、はい…。そうなんですね」

 イエローは一見自分より若いが、サンタクロース・ファイブで一番の年長者であるピンクへどう対応してよいものか、計りかねていた。

 この状況を知らないものであれば

『爺さんに金をたかるジゴロの構図』

と、みなされても致し方ないだろう。

「オレはさ。爺いに囲まれるよりも、トナカイの雌に囲まれたいわけさ。女大好きだからな」

 種を超越してしまうほど、ピンクは女好きらしい。

「それで、本当はオレ、サンタクロース候補だったんだけど、それを辞退して、雌ばかりのトナカイの調教師ならやるよって、天の奴らに受諾されたのよ。それでさぁ、オレ、この見た目だけど、魔力は半端ないわけね。ある時から、魔法の力でトナカイが人へと変化することが分かってさ。前から愛情を持って接してきたわけだけど、人の姿だとより優しくなれるでしょ?サンタクロースもトナカイの人の姿知れば、トナカイへ鞭打つこともなくなるかと思ってさ」

 グリーンがピンクへ訴える。

「私は動物の声が理解できますから、トナカイが人へと変身しなくても鞭を使うなどと酷いことはいたしませんよ」

 木こりだった彼は、森で長年過ごすうちに自然と調和して、いつからか木々や動物と対話ができるようになったのだ。

「グリーンは特別だからな。分かってるって…。ここに集まった爺さん達は最初からそんなことしないって。マリア姉さんがそんなサンタクロースを選出するわけないし」

 ピンクの話し方が酔っ払ってくだを巻いているように思ったイエローは不安を覚えて、ピンクが片手に持っているグラスに何が入っているのだろうと覗きこんだ。

「ピンク様は日本から取り寄せたシャン○リーというシャンパン風味のジュースを召しあがっておられます。アルコールは一切含まれておりません。クリスマスイブの前夜ですし、翌日までお酒が残ることも鑑みて、本日はサンタクロースの皆様は禁酒されております。イブの夜空はサンタクロースがソリを縦横無尽に走らせていますから、事故など起きたら大問題です」

 イエローの懸念を察して、翠が端的に答えた。

「えっ?何?オレがお酒を飲んでいるように見えたの?お酒は好きだけどさ。子供たちが待ちに待った夜を台無しにしたくないじゃん。絶対に飲まないよぉ」

 イエローの頬を人差し指でなぞりながら、ピンクが口を窄めて物申す。イエローの髭が邪魔で顎まで指がたどれないので、それも増して不服気だ。

「でっ、さぁ。あれっ?どこまで話したっけ?そうそう、雌のトナカイに囲まれてオレはそれなりに充実していたの」

 バンバンと背中を叩かれて、温かい中国茶を口に運んでいたイエローは両手で茶碗を押さえる。辛うじて、指にお茶がかかっただけだ。

 熱いけど…。

「それがさ。ある日、うーんと…。百年ほど前かな?オレもサンタクロースのユニフォームも持ってるんだよ。何せ、ほらっ、サンタクロース候補だったから、押し付けられたってか。それがさ、突然、赤色からピンク色に変わったわけよ」

 イエローは思い出す。

 自分のユニフォームも赤色だったはずなのに、ある朝、目を覚まして着替えようとすると、黄色に変色していたことを…。

「クローゼットの奥に仕舞い込んでいたから、それにも気づかないまま、過ごしてたんだけどさ。ある日、マリア姉さんがものすごい剣幕で怒涛の如く、人の住まいにやって来てさ。

『貴方、何でユニフォームがピンク色になったこと、気づかないのよ‼︎』

あん時のマリア姉さんは怖かったわ。美人が怒ると迫力が増すわな」

 唇に人差し指を押し当てながら、天井を仰ぎみるピンクは当時のことを思い起こしているようだ。

「なんでも、マリア姉さんの提案で、五人のサンタクロースを正義の味方にするんだって言い始めて…。わけわからんよな。けど、天の上層部がそれを受理したらしくて、ユニフォームの色が変わることがその証なんだと」

 イエローは戸惑いながら、レッドへ視線を送る。

「あー。ピンクはいつもこぉーだ。気にするな」

 レッドはイエローの動向にいち早く気づき答えた。がっ、イエローは別の答えを求める。

「あのぉ、レッドさんは赤色のユニフォームのままですよね?」

「あぁ、そのことか…」

 レッドやここに集結したサンタ達は現在、上下白のスウェットを着ている。サンタクロースファイブの会議中との解説がなければ、爺さん達の集会所での井戸端会議、若しくは老人ホームのリビングルームとしか見えないだろう。実際、今のところはただの談笑だ。

 通常、レッドは他多くのサンタと同じく赤色のユニフォームを身に纏っているので、イエローは腑に落ちなかったのだ。

「レッドはベルトが他のサンタクロースの違うのじゃよ」

 ブルーがレッドの代わりに答えた。レッドは頷く。

「凄く微妙なんだが、ワシのベルトは黒ではなく金色なんだよ。ワシも気づかずにマリア様から怒られたくちでな」

 豪快に頭をガシガシ掻きながらレッドが話す。

「そうでしたかな…。実は私もマリアさんに怒られましてね。私の好きな色に変えてくれたんだなって感動しましたが、まさかサンタクロースグリーンに選ばれたとは夢にも思わなんだのです」

 グリーンは髭をさすりながら、ホホッと声に出して笑った。

「あぁー。でも、レッドだけじゃなく、儂たちのベルトも金色じゃけどな。イエローのも金色になっとったじゃろ?」

 コーヒーを口に含みながら、ブルーがイエローに問いかける。

「そうですね…。金色でしたっけ?」

 ユニフォームが黄色になったことに驚いて、ベルトまで気が回らなかった。

「そんなもんだろう?ワシのベルトが金色になったからって、そんなに驚くことないよな?」

「マリア姉さん、怒りすぎなんだよ。ちゃんと説明してくれなきゃって」

 軽やかな足取りでカエルラがテーブル脇に歩みよるとクリスマスのお菓子シュトレンを各サンタに配る。粉砂糖が満遍なく振りかかっているこのお菓子は、中のドライフルーツやバーターなどの食材が日に日に生地ヘ染み込み、毎日風味が変わっていく。

 グリーンはこのシュトレンが好物らしく、皿を持ちあげると、目を輝かせて眺める。

「おやっ、モモはどうしました?先ほどまでピンクの傍らにいらっしゃったのに…」

 シュトレンから目を離すと辺りを見渡し、グリーンはこともなげに告げた。

「んっ?あぁ、モモちゃんなら、着替えてくるって」

 ピンクがイエローの肩を抱いたまま答えた。イエローは何でも話を素直に聞くので、ピンクに気に入られたようだ。他のサンタならば、途中で話の腰を折られる。

 …着替えてくる?

 サンタ達の頭上にハテナマークが飛んだ。

 トナカイが擬人化した場合、皆、茶色のスーツを纏い、インナーは白のタートルネック、白のタイツで揃えて、黒のショートブーツを履いている。

 カスタマイズでスーツの縁取りを各サンタの色に変えたり、スカートの形をフレアーやマーメイドなどお好みで変更しているが、モモは何を思って着替えているのか謎だった。

 おもむろに部屋のドアが開く。

「どうかしましたか?」

 一斉に視線を浴びたモモがたじろぎながらも問いかける。

「随分と清楚になりましたね」

 グリーンが言葉を漏らした。

 モモは先ほどまでと打って変わり、スカートを膝上からふくらはぎまでのミモレ丈へ、巻き髪も腰までのストレートへ伸ばし、付け睫毛等で華美に施していた化粧を洗い流した。今は紅を軽く差しているだけだろうが、元々整った容姿をしているため、モモは十分に美しい。丸みを帯びた可愛らしい目鼻立ちをしているために愛らしさもある。

「申し訳ありません。可愛くなりたいとピンク様隊トナカイ仲間のお姉様方にお伝えしたところ、日本の雑誌を勧められまして…。その通りにしてみたのですが、どうやら私には似合わなかったようです」

「前の姿が悪いわけじゃないのじゃ。可愛らしかったし…」

 ただし、ミニスカートからのぞく太ももが老人の目の保養、いやいや目に毒だったとは言いづらいらしく、語尾を濁し、ブルーは遠くを見つめた。

「まぁ、どちらでもよく似合っているとは思うが、女性が足腰を冷やすのはどうかと思うので今の方が良かろう」

 レッドが皺を刻んだ人好きする笑顔でモモに伝えると、何故かモモは頬を染めて下を向いてしまった。

「モモちゃん、レッドの臨時秘書として頑張ろうって気合をいれてたんだよ」

 ピンクは自分の隊のトナカイ達がモモの話で色めいてたことを思いだす。多分、モモはこの豪傑な白髪の爺さんに恋している。

『記憶はないはずなんだけどな…』

 ピンクはモモを一瞥した。

「そうなのか?それはすまないことをした。けど、孫のような愛らしい乙女にソリを引かせることは出来んよ」

 レッドはモモの恋心を知る余地もなく、孫としか見えないモモを気遣った。

「ならさぁ…。オレ、レッドの事務仕事を代わりに担っているじゃん。それをモモちゃんに回してもいい?忙しいしさぁ。事務仕事だけなら、構わないでしょ?」

 ピンクは何の因果か『愛の伝道師』としてのサンタである。例え、種を越えるため結ばれない愛だとしても、モモを応援したいという気持ちを抑えきれない。

「ふむっ、大変ではなかろうか?」

 レッドは筋肉逞しい太い腕を組むと、怪訝な顔で考え込んだ。どうも、女性に負担をかけるのが嫌らしい。

「わっ、私、頑張ります。レッド様にご迷惑をおかけしないよう、お役に立ちたいです」

 涙目で訴えかけ、胸の位置で両手を握りしめるモモの様子にレッドは驚いたが、破顔するとモモの頭をポンポンっと優しく叩いた。

「では、お願いするとしよう。ただし、事務仕事のみだからな」

 グリーンは朗らかな声で笑い、ブルーはやれやれっといった顔で苦笑する。

 温かな空気に包まれたこの空間でイエローだけ不安が募る。

『私のトナカイはどうなるのでしょう?』

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