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 聖なる夜

 静かに雪は降り積もる。

 子供たちは皆、期待を込めて、空を見上げ耳を澄ます。

 どこからか鈴の音が響いてこないか…。

 窓ガラスに吐息を吹きかけて白く曇らせ、眠い目を擦りながら待っている。

 12月24日

 クリスマス・イブ

 誰もが幸せを願う夜。


 そんな静寂な闇に包まれる夜。死闘を繰り広げているサンタクロースたちがいた。

 彼らの名前は『老人戦隊サンタクロース・ファイブ‼︎』

「ワシたちがこんなところで諦めれば、世界の子供たちの未来はどうなる‼︎」

 子供たちの夢と希望を育む爺い サンタクロース・レッド‼︎

「私は慈悲の心で全ての生命を守り抜く」

 生命を慈しむ爺い サンタクロース・ブルー‼︎

「環境破壊は許しませんぞ」

 自然を護る爺い サンタクロース・グリーン‼︎

「世界に富を降らせましょう」

 富と繁栄を願う爺い サンタクロース・イエロー‼︎

「恋人たちの誓いは俺の糧」

 愛の伝道師 サンタクロース・ピンク‼︎

 彼らは人知れずして、巨悪と戦う‼︎

 負けるな‼︎サンタクロース・ファイブ‼︎

 立ちあがれ‼︎不死鳥のように‼︎

 イブの夜、爺いたちの雄叫びがこだまする。



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 クリスマスイブ前夜。つまり、イブイブ。


 此方は北欧の雪深い山の奥の奥の奥の…奥。

 目に見えない結界に囲まれて、グー○ル検索でも探せない場所。

 吹雪で視界も遮られる漆黒の闇。遠くに仄暗い灯りが見える。どうやら、山小屋のようだ。

 そこでは、毎年のように繰り広げられる恒例の行事がある。

「待て待て!レッド!お前、今年もトナカイなしでプレゼントを配ろうとしているのか?」

 サンタクロース・レッド(以後、レッドと略)の肩を背中から鷲掴みにして、サンタクロース・ピンク(以後、ピンクと略)がレッドの動きを止めようと試みた。如何せん、レッドとピンクでは体格に差がある。元騎士団長で体を鍛えていたレッドとただの優男のピンク。半ば、数歩引き摺られるようにピンクの腕は持っていかれた。

「クリスマスに働いているトナカイは雌ではないか。女性に重たいソリを引かせて、寒い夜を一晩中連れ回すなんて、ワシには出来ん」

 眉間に皺を寄せてレッドは抗議する。

「レッド、言い方…」

 ピンクは呆れた顔でレッドの彫り深い面持ちを見つめた。

 皆は知っているだろうか。サンタクロース(以後、サンタと略)が伴うトナカイは全て雌だということを…。

 冬の期間、立派なツノを生やしているのは雌なのだ。雄のツノは冬の間、抜け落ちている。

 レッドには特例でツノのない雄のトナカイが一頭専属で仕えていたのだが、50年ほど前、引退をしたので、その日からクリスマスイブの彼は一人で袋を抱えて、世界中の空を飛び回っている。

 しかし、何故、レッドはここまで頑なに拒むのか…。

 サンタになってからというもの、レッドはトナカイを動物と認識できない。

 サンタのトナカイは主人サンタの魔法が強力なほど擬人化が可能なのだ。つまり、そのトナカイの特徴に合わせて人間へと変身できる。

 サンタは、この時期、事務仕事にも追われているので、擬人化したトナカイを秘書として駆りだす。

 本日のピンクもその程で、若い女性を傍に忙しく動き回っている。

「何ならうちのモモちゃん貸すよ。今、教育指導中なんだけど、とてもいい子でさ。あと、何頭か見繕って」

 常時、ピンクの横に待機していたトナカイはモモというらしい。

「はーい、新人のモモです」

 何だか、ピンクの隣に並ぶとモモは、日本でいうキャバクラの同伴に見えてしまう。

 上目遣いに大きな瞳を潤ませて、甘えるような声音で挨拶を済ませたモモは、腰まである髪を丁寧に巻いおり、指先でその髪の毛をずっとクルクルと弄んでいる。

「見繕うなぞ‼︎女性に対して失礼極まりない!」

「まぁ、トナカイだけどな。レッドのそういうところ、好きだけどさ。仕事の効率化を考えないと…。働き方改革も念頭においてくれ」

 レッドの大声に対抗して、ピンクは両手の小指で両耳の穴を塞ぎながら諭した。

「ワシはトナカイなんぞ伴わんでも、スピードには自信がある‼︎仕事の効率化なんぞ関係ないわっ‼︎」

「まぁ、そうかもしれないけど…。サンタクロースがさ。大きなプレゼント乗せたソリの手綱を自分で引っ張って、走りまわる姿ってのはシュールじゃない?子供たちに見られたら、幻滅されるよ」

 そんな二人の夫婦漫才、失敬、やり取りを部屋の一角で生温かい目で見守っている集団がいる。

「ホント、毎年飽きないもんじゃ」

 冷静な口調で述べつつ、椅子に腰掛け、ブラックコーヒーを啜っているのは、サンタクロース・ブルー(以後、ブルーと略)。

 お腹の前で銀色の盆を両手で持ちながら、毅然とした姿勢で立っているのはトナカイの翠。

 このトナカイも秘書である。肩で切り揃えた艶やかな黒髪がサラサラと揺れており、少し目尻のあがった切れ長の目を伏せて待機している。

「これが始まらないと、ファイブ会議ではないでしょうよ」

 ブルーへ言葉を投げかけ、テーブルを挟んでブルーの対面に座っているのが、サンタクロース・グリーン(以後、グリーン)。

 その二人と一頭の近くで、暖炉に薪をくべているトナカイはカエルラ。同じく秘書だ。

 先に述べた翠はグリーンのトナカイ。

 こちらのカルエラはブルーのトナカイで、仕事を円滑に進めるため、金髪の波打った髪をいつも一つに束ねている。厚い唇が特徴的で優しい顔立ちをしているのだが、それよりも、膨よかな胸元に視線を向けてしまいそうだ。

 少し離れて、心細そうに様子を伺っているのが、サンタクロース・イエロー(以後、イエローと略)。サンタクロース・ファイブで欠番だったイエローへ今年から新しく加わったサンタである。

「何でピンクさんは、レッドさんにタメ口なんですか?」

 唐突にイエローがブルーとグリーンに質問をする。

 最初、質問の意図が掴めなかった二人は顔を見合わせて、首を傾げた。

 カエルラがその二人へ補足説明をする。

「多分、ピンク様のお姿から

『どうして、あんな若造が、威厳のある老人に偉そうな口の聞き方をしているのか?』

と、イエロー様はお聞きになられているのだと思われます」

「あっ!いえっ!ピンクさんを若造なんてっ!そんな誤解を招く説明‼︎」

 狼狽えたイエローを横目に、グリーンは長く豊かな髭を優しく撫でおろしながら、改めてレッドとピンクを見比べた。

 生前、レッドは伯爵という地位で騎士団長という立場でもあった。そのためか、人柄か、貫禄があり、思慮深い面持ちをしている。白く立派な髭も口元に蓄えているので、見た目だけでいうならば、ピンクよりは随分と年老いてみえる。

 ピンクといえば、軟派な優男。死亡したおり、齢50前であったうえ、美丈夫で魅力的な容姿をしているので、地上に降りれば、今でも幾多の女性達を虜にできるだろう。

 本来、サンタクロースは老人でなければ認定されないため、ピンクは希少なサンタクロースといえる。

「見た目に惑わされるではない」

 ブルーがイエローへ答えた。

「ピンクはあれで、私らの中では年長者ですからな」

 グリーンも一言つけ加える。

「へっ?」

「ピンクは魔女狩りが行われていた時代、見も知らぬ少女を魔女裁判で助けて、自らが犠牲となり火炙りの刑に処せられてから、ここに居るんじゃ」

 ブルーは一口珈琲を含むと続けた。

「初代がスカウトしたとの噂もあるしのぉ」

 初代サンタクロースはニコラウスという。

 サンタの中でも伝説の人物である。

 貧しい家庭の暖炉に干していた靴下の中へ煙突から、彼は金貨を投げ入れていたらしい。ナイスコントロールの持ち主だ。

 現在はサンタを引退しており、天上で野球チームを作ったとか、作らないとか、色々な噂で今でも話が尽きない。

「因みにレッドを誘ったのはピンクらしいですぞ」

 グリーンがブルーに伝える。

 いつの間にか、テーブル端の椅子に所在なさげに着座しているイエローが再び尋ねた。

「そんなレッドさんはどのような経緯でサンタクロースに?」

「あの人は破格ですからね。騎士団長引退後、屋敷を孤児院にしたらしいです。執事さんやメイドさん達は困ったでしょうね」

 グリーンが何度も髭を指で整えながら、笑顔で教えてくれる。グリーンは穏やかな光を湛える瞳の持ち主で柔らかな顔立ちをしており、この場にいるサンタクロースでは一番サンタクロースらしさを醸しだしている。

「奥さんはもっと困惑したでしょうね」

 この場に少しなれてきたのだろうイエローが頷きながら更に問う。すると、今まで軽快に喋っていたグリーンの顔が少し曇った。

「あの方、奥方はおられんのですよ。何でも、添い遂げられなかった姫君を一途に思い続けたとか…」

 何とロマンチストな男だろうと思った反面、イエローの心には何かがつかえる。

 レッドはピンクに負けじ劣らず、若かりし頃はきっと多くの女性からモテていただろう精悍な顔つきをしているが…。

「えっ⁉︎あんななりして、まさかのどうっ」

 イエローの後頭部にブルーの打撃が飛ぶ。スマートにコーヒーを飲んでいたブルーは、スゴい勢いで立席して、いつの間にかイエローの横まで移動していたらしい。

『…てい』

「言うんじゃない‼︎レッドがどうであれっ‼︎儂はレッドを尊敬しているんじゃ‼︎」

 ブルーは少し気難しいところがあるようだ。神経質な面構えで、生徒に厳しい校長、否、そこまでは至らなかった教頭といった雰囲気を持っている。

 軽く咳払いをして、グリーンは静かに語る。

「ごほんっ、この話には続きがありましてね。孤児院にある時から、国を追われた敵国の王子王女も紛れ込んでいたらしいんですが…。レッドはそれを承知で手元で育てていたんですな」

 ブルーの口角の片方だけ引き攣った。ブルーはこの話を知らなかったのだ。

「後にそれが自国の知るところとなり、レッドはそれでも子供達を逃したので、反逆罪として断罪され断頭台の露と消えたのです」

 グリーンは自分の語り部に酔いしれ、うっとりとしている。

「その話、どこで聞いたんじゃ?」

 レッドに傾倒しているブルーからは悔しさが滲みでている。

「私は貴方より幾分、サンタクロース歴が長いのでね。貴方がサンタクロースになる前にレッドとワインを嗜む機会があったのですよ。ピンクの話は有名ですが…。レッドはお酒の席でもないと、ほらっ、中々口を割らないものですから、そこはお酒を勧めてホホイっとですな」

 そんな話を軽々しく人に伝えても良いものなのだろうかとイエローはグリーンに対して疑問を抱いたが、好々爺は些かも気に留めてないようだ。

 一連の会話から、ピンク、レッド、グリーン、ブルー、そしてイエローと年順をイエローは把握できた。

「私は普通に余生を送らせていただきましたが、こんなところに居ても良いんでしょうか」

 イエローの疑念が声に漏れた。

 サンタクロース・ファイブは精鋭部隊のサンタである。数あるサンタの中でも選ばれしサンタなのだ。サンタ仲間の憧れの象徴といっていいだろう。

 イエローは家族に見守られ、寿命を全うした何の変哲もない人間だと自分で思っている。不安に駆られるのも無理はない。

「貧しい村を立て直したと伺ってますよ」

 グリーンは茶目っ気たっぷりにウインクするとイエローへ笑いかけた。

「それは故郷の村が、私のために無理して学資を投じてくれたので、恩返しです」

 当時、痩せ細った土地に作物も育たないという悪環境の村で、少しばかり成績優秀だったイエローは村人達の有志の資金で大学まで行かせてもらえた。感謝してもしきれない。

「そうかもしれないが、皆ができることではないじゃろ?」

「学校さえなかった村で、沢山の子供たちが貴方が創立した学校に通えたそうですね」

 イエローは投資事業で運良くひと財産を築き、そのお金を村の運営、学術、医療、インフラへ工面した。それが上手く循環され、村は発展したのだった。

「私はただの木こりでした」

 頭を掻きながら、グリーンは恥ずかしそうに笑みをこぼす。

「儂はただの海洋学者じゃ。皆、もとはただの人間じゃよ」

 ブルーは何気なく手を差しだした。

 グリーンも腰をあげて、イエローに歩みより握手を求める。

「ようこそ、サンタクロース・ファイブへ」

 イエローも二人の手を取り、かんばせをあげ満面の笑みを浮かべた。

「まだ、言い争ってますが、今年もレッド様は譲らないでしょう。ですが、ピンク様も折れそうにありませんし、お時間はかかりそうです。お茶はいかがですか?」

 翠がお盆に中国茶を三客用意して尋ねた。

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