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第参話:禍しき過去

 暗闇の中に差した一閃の光が目へと入り込み、私の意識は覚醒した。ゆっくりと目を開けてみるとどこかの病室の様な場所に寝かされており、違和感を覚えて顔に触れてみると顔の右半分を覆う様に包帯が巻かれていた。近くには椅子に座ったままベットへ倒れ込む様にして眠っており殺月さんの姿があり、その様子を見るにどうやら少なくとも一日は経過している様だった。

 幸い顔以外の部分は無事だったらしく問題無く動かす事が出来たが、一時的にとはいえ視界の右半分を失っているというのはかなり不便だった。


「殺月さん。殺月さん」

「ん……ぇ……?」

「おはよう。えっと、何が起きたのか教えてくれる?」


 殺月さんは私が目を覚ました事に安心したのかわんわんと泣き始めたが、背中を擦り何とか宥めるとあの時何が起こったのかを教えてくれた。

 私達が居た喫茶店の厨房から何かが割れた音がしていたが、あれは予想通りグラスだったらしい。その破片がガスチューブの表面に傷を付け、部屋にガスが溜まり始めた。しばらくした後、調理用にとコンロを点火したところガスに引火して大爆発を起こしたのだ。私は丁度座っていた場所が悪かったらしく爆炎に吹き飛ばされて気を失い、殺月さんは何とか助かったらしい。


「ごめんなさっ……ぁ、あたしのせい、で……」

「殺月さんのせいじゃないよ。ほら、こうやって生きてるじゃない」


 そう、私は奇跡的に助かったのだ。それが彼女の持つ能力の一部に取り込まれているからなのか、それともただの偶然に過ぎないのかは分からなかったが、いずれにしても重症だけは免れた。

 その後病室へとやって来た医者に詳しい話を聞くと顔の右半分が熱傷を負っており、しばらくはここに入院していなくてはならないとの事だった。私としては別にそこまでする程の事ではないと感じたが、心配そうにこちらを伺う彼女のために大人しく入院する事にした。


「あの……日奉さん」

「うん?」


 病室に戻るなり、彼女はある話を伝えてきた。それは私にとっては触れられたくない、忘れられない過去に関するものだった。

 私は表向きは日奉一族の養子という形になっている。しかし、だからこそ当然私の両親の事も調べられていた。医者は緊急連絡先に記されている番号に電話しても誰も出なかったため、私の両親の方へと連絡を入れたらしい。そして両親の事について聞かれたのは、友人である殺月さんだったのだ。


「ひ、日奉さんのご、ご両親……その、亡くなってるん、だね……」

「……そうだね。昔ね」


 あの二人を殺したのは私だった。いや、二人だけではない。あの村に居た全員。あの儀式について知っている全員を殺したのだ。全て事故に見える様に細工し、野生動物も関わっているかの様に偽装した。そして一人残された私は自ら警察へと出向いた。当然捕まるためではない。居なくなったアサちゃんの捜索をしてもらうためだった。

 結局あの子は見つからなかった。どこをどう探しても、警察犬を使っても、彼女の痕跡はどこにも残っていなかったのだ。発見されたのは私の手によって殺された村民だけであり、警察は謎の怪死事件として調査を開始した。


「……ね、ねぇ日奉さん。お話聞いたんだけど……お、お家、今どこにあるの……?」

「どこって……もう変な殺月さん! 知ってるじゃない」

「ち、違くて……えっと、実家の方……」


 完全に私の失言だった。あの朝私は、妹は実家に居ると嘘をついた。しかし彼女はあの医者から村で起きた事件の事も聞いたのだろう。だからこそ、こうやって尋ねてきているのだ。あの村の唯一の生き残りは私だけであり、アサちゃんこと浅葱は行方不明者扱いなのだから。


「蛇ノ塚って言われてる山奥の—―」

「そこ……今はもうないんでしょ?」


 その通りだった。あの日私が彼らを皆殺しにしたのは、ただ復讐のためだけではなかった。全ての痕跡を消すのに丁度良かったからである。あの村は当時、ダムの建設範囲に入っていた。時折業者がやって来ては立ち退いて欲しいという懇願をしていた。だから殺した。邪魔者が居なくなった彼らはあそこにダムを作り、村の全ての痕跡は水に沈む。そうなればあの村を調べられる人間は一人も居なくなる。


「あ、あたしね、調べたんだ……そ、そしたら、な、謎の怪死事件って……」

「……殺月さん」

「ひゃい!?」

「何が言いたいのかな」

「え、えっとね……日奉さん、もしかして、い、妹さん、探したいんじゃないかなって……」


 彼女から帰ってきたのは予想外な回答だった。私は完全に疑われているのではないかと思っていたのだ。それだというのに彼女から帰ってきたのは、私を心配する言葉だったのだ。


「何で……」

「ひ、日奉さん、う、うなされてた! ずっと……ずっと『アサちゃん』って呼んでて……」

「……そっか」


 どうやら意識を失っている間に夢を見ていたらしい。それだけ私の中にはあの子が強く刻み込まれているのだ。

 ベッドから立ち上がると病室の出入り口へと向かう。


「殺月さん」

「え……?」

「もし……もし私があの子を……アサちゃんを探すのを手伝って欲しいって言ったら、助けてくれる?」

「う、うん! でも、あ、あたし何か出来るかなぁ……」

「出来るよ。殺月さんじゃないと出来ない」


 姿勢を落としてドアノブに額を当てると、そこに刻まれている記憶が流れ込んできた。それによって私を担当しているあの医者がどの時間帯に回診に来るのかが理解出来た。つまりどのタイミングで出れば鉢合わせにならずに済むのかが分かったのだ。


「殺月さん、今から……あの村に行く。来て?」

「う、うん。あの、妹さんは今でもあそこに居る、の……?」

「うん。今でもあそこで苦しんでる。私を待ち続けながら」


 服を着替えて荷物をまとめると、静かに廊下へと出ると非常階段への扉を開いた。不運を振りまく彼女が居るにも関わらず、出てすぐにそれがあるというのは何とも幸運な出来事だった。そのおかげで私は誰にも目撃される事なく外へと出る事が出来、後は敷地を脱出するだけだった。

 建物の影に隠れながら駐車場の方を見る。ここから出るためには必ず駐車場を横断しなければならず、誰にも見られずに移動するというのは困難を極めるものだった。しかし、今は彼女が居る。この子の力であれば事故や不運の確率が大幅に上昇するのだ。


「ね、ねぇ……ちゃんとお医者さんに言わなきゃいけないんじゃ……」

「ごめんね殺月さん。私、貴方が思ってる程、良い子じゃないんだよ」

「そ、そんな事ないよ……日奉さん、顔の怪我がまだ治ってないし……」


 駐車場に入って来た車が不審な動きを見せる。


「行くよ」

「え、えっ……」


 このチャンスを逃せば次が無いと考えた私は殺月さんの手を引いて動き出した。入って来た車は突然コントロールを失った様な動きを見せると、そのまま止まっている他の車へと追突した。歩いていた歩行者も何人か跳ねられており、現場は騒然となった。警備員や利用客全ての目が事故現場へ向いている隙に私と殺月さんは敷地から抜け出し、そのまま何食わぬ顔で歩道を歩いて最寄りの駅へと向かい始めた。


「ど、どうしよう……さっきの絶対……」

「殺月さんのせいじゃないよ。病院なんだから、体が悪い人の一人や二人居るでしょ」


 殺月さんに対して申し訳ないという気持ちはあった。しかしそれでも、今は不幸を振りまく彼女の力が必要なのだ。私一人の『物の記憶を見る力』では成し得ない事だった。私はいつでもそうだった。一人では何も出来ないのだ。

 駅へと到着した私は故郷の方へと続いている路線に乗り込んだ。本来であれば住んでいる場所を離れる時には当主である茜さんに話さなければならない。しかし、もうそんな事をする気にはなれなかった。もし私があの村で行われた儀式を解き明かそうとしているとあの人に知られたら、きっと私は連れ戻されてしまうだろう。もちろんバレるのも時間の問題だ。今は一刻の猶予も無い。


「だ、大丈夫かな……あ、あたし電車はあんまり……」

「落ち着いて殺月さん。大丈夫だから」


 自分のせいで脱線事故でも起こすのではないかと怯えている殺月さんの頭を撫でる。動揺すればする程、抑えが利かなくなるのであればこうやって宥めればいいだけの事なのだ。小さい頃、あの子にやっていた様に。

 しばらく撫でていると脳が痺れた様な感覚に襲われ、意識が微睡みの中へと落ち始める。私の持っている持病「特発性過眠症」の症状だった。他の人と比べれば軽度のものらしいが、それでも私からすれば十分生活に支障を来してしまう厄介極まりない病だった。


「……さん?」


 一瞬届いた彼女の声に答える事も出来ず、私の目は静かに光を閉ざした。

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