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魂の継承  作者: 宮藤 隆
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第四章

最終話となります。宜しくお願いします。


数日後、ナイトハルト氏から呼び出しがあった。歓迎会の日取りが決まったという。

その際、市民としての権利を与えるとともに今後のパートナーとなる新たな犬を贈りたいとの事であった。


「お気持ちは嬉しいのですが、私は大空そらを失ってまだ心の整理がついていません。新たなパートナーを迎えるにはもう少し時間を頂きたいのです」


おいそれと大空そらの代わりは見つかるものではない。私はそう伝えたかった。


「お気持ちはわかります。家族も同然の愛犬に先立たれたのですから。しかし、一般市民は必ずしも好意的に受け取ってくれるとは限りません。歓迎のしるしである贈り物を拒絶されたらあなたの印象はすこぶる悪いものになるでしょう。何事も最初が肝心です。あなたの愛犬への愛情はそのままで、少しずつ新たなパートナーとの関係を築きあげれば良いのです」


ナイトハルト氏の言い分はもっともであったので、結局、私はその申し出を受ける事にした。


表向きはすべてが順調に進んでいる。だが、私はもっとこの星の事を調べてみなければならない。


この街の地図上にはもうひとつ大きな公園がある。そこが本当に公園なのか確かめてみたくなった。

その場所へ行くには何度も列車を乗り継がなければならない。車内で私はさっきからひとりの男がずっと気になっていた。


私が電車を乗り換えるたびにずっと尾いて来ている。コートの襟をたて深く帽子を被っているので顔はほとんど見えない。男の真っ黒い犬が鋭い眼光をこちらに向けている。電車が発車する際に飛び降りて撒こうかとも考えたが、私は外出許可を得ているし、堂々としていなければ、かえって怪しまれるだろう。


自由を得ているといっても監視の目がある事は充分に考えられる。あの謎の施設に行った事もすでに知られているかもしれない。

最後の乗り換えの際に男が尾いてこなかったのでホッとした。私の思い過ごしだったのだろうか。


着いた場所はやはり公園ではなく、そこは私が最初に収容されていた病院に似た施設だった。


「おじさんはどこから来たの?」


私は不意に声をかけられた。この星で初めて目にする子どもだった。


「君はこの施設の子なの?」


子どもは頷いた。


「僕らは生まれた時からずっとここにいるんだ。いろいろな事を勉強して立派な大人になるためにね」


子どもは見た目よりもずっと大人びた口ぶりだった。


「おじさんは君たちの知らないずっと遠くから来たんだよ。宇宙船に乗って。信じてもらえないかも知れないが」


少年の瞳が輝いた。


「すごいや。他の星からやって来たんだね、宇宙にはたくさんの星がある事は知ってる。でも今ある宇宙船ではこの星の外に出る事が出来ないらしい。恒星間飛行には革新的な推進装置が必要なんだって。その為に僕らはここで勉強してるんだ。おじさんみたいに宇宙を飛びまわれるように。だって星には寿命があっていつかはここを出ていかなければならないんだろ」


「君は賢いな。宇宙開発をしなくても人は食べていける。でも赤ん坊はいつかは揺りかごから出て独り立ちしなければならない。今は困らなくても、その時の為に技術の歩みを止めてはならないんだ。残念ながらその事を理解している大人はこの星にはいないようだ」


私たちは年齢の差を越え、さまざまな事を話しあった。


「そろそろ行かなきゃ。ぼく一生懸命勉強するよ。おじさんにまた会えるかな?もっといろいろ話を聞きたいな」


少年はアルフォンと名乗った。


「おじさんにもこの星の事をいろいろ教えてくれるかな?必ずまたここに来るよ。近いうちにね」


私たちは再会を約束して別れた。

ここが子ども達の教育施設である事はわかった。だが、それならなぜ地図上で公園のようにカムフラージュしなければならないのか。私の不安は募るばかりであった。



歓迎会の日を迎えた。着飾った人々とさまざまな種類の犬たちが会場に集まった。

私は大空そらとの思い出を壇上で語り、暖かい拍手を受けた。


宴もたけなわとなったところでナイトハルト氏が私に目配せした。いよいよ歓迎会のハイライトだ。新しいパートナーとの初顔合わせである。


その時、ふと入り口付近に立っている一人の男に目がとまった。私は一瞬自分の目を疑った。


「野々村!野々村じゃないか!」


消息を絶った友人の野々村だ。どうして彼がここにいる。宇宙からの訪問者は私が初めてではなかったのか。男は顔をこちらに向けたが、表情になんの変化も見られない。


会場の照明が落ちた。入り口にスポットライトが当たり扉が重々しく開いた。凶悪な面構えの犬が従者に連れられ現れた。身震いするほどの威圧感だ。一歩一歩こちらへ進んでくる。犬にみすくめられると体が硬直し、四肢の自由を奪われた。


ー助けてくれ!


私は心の中で叫んだが声に出す事が出来ない。犬の引綱リードが手首に嵌められると強力な思念が頭に流れ込んできて、すべての事を理解した。


この星の犬に似た生き物は他者を思念で操る能力を持っていた。心と体だけでなく、記憶をも奪い。やがては意思を持たない操り人形にしてしまう。


だが、この星にはもともと下等生物しかおらず、彼らの文化や生活水準は低いままであった。


そんな彼らの生活を一変させる出来事があった。地球からの宇宙船が不時着したのである。乗組員には女性も交じっていた。


彼らは地球人を操り、使役動物として働かせ、交配させた。地球人は知能が高く勤勉で、何より繁殖欲求が強かった。

人口は爆発的に増加し、街は飛躍的な発展を遂げた。だが、それに伴いさまざまな問題も発生した。


地球人は成長が遅く、大人になるまでに多くの時間を要した。そこで短期間で大人になるように遺伝子を操作した。その間に施設で英才教育を施し、その知識は成人となった際、主人となる犬が享受した。


もうひとつの問題は食糧難であった。地球人は長寿で人口は増え続けていた。

そこで生産能力の落ちた地球人は収容所に送り、殺処分とした。ここで肉は食用品として加工され、これにより食料問題も解決した。私が最初に施設で食べた肉が何であったのかは言うまでもないだろう。


彼らは宇宙開発のように自分達の世代では達成不可能な事に対しては興味を示さなかった。その為、文明が一定のレベルまで達するとそこで進化は止まってしまった。


人の一生には限りがある。その生涯をかけて会得した知識を次の世代へと伝えていく事で世界は発展を遂げていくのである。

魂の継承がなければ真の繁栄は得られないのだ。犬達にはその事がわからなかったのだ。

私はあの少年が不憫でならない。彼が思い描いたような未来は永遠にやって来ない。


心と体の束縛が強くなった。主人が目覚めたのだ。わずかな自我が狩り取られていく。この手記を書くのもこれが最後になるかもしれない。なにしろ、私にはもう愛犬の姿を思い浮かべる事が出来ないのだから・・・。


ご愛読ありがとうございました。

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