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魂の継承  作者: 宮藤 隆
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第三章

連載3回目です。次回で完結します。

この星の住人の異常なまでの犬への偏愛ぶりは、ナイトハルト氏に市街地を案内してもらうとより顕著になった。


すべてが犬を主体とした設計になっており、犬専用のレストラン、犬専用の服飾店、犬専用の日用品店、犬専用の宝飾品店まである。犬を主題とした美術品や絵画、工芸品も多く見られた。バスや電車の交通機関は座席がなく、人は立ったままで犬は床に悠々と寝そべっている。


犬はおしなべて従順であり、犬用の引綱リードは実用よりファッションの要素が強いように思える。ナイトハルト氏の引綱リードを見ると豪華な刺繍が施され、宝石がちりばめてある。身分を誇示する目的にも使われているようだ。


夕刻近くになると雨が降りだしたが、傘はもっぱら犬が濡れない為に使い、自分が濡れるのは一向に構わない様子であった。


「近々あなたの歓迎会を開く予定です。それまで休養も兼ねてのんびりしていてください」


ナイトハルト氏は街中を自由に出歩く許可をくれ、便利な情報端末を私に持たせてくれた。



ナイトハルト氏から、自由に外出してよいと許可を得ているにも関わらず、私は数日間、あてがわれた住まいに閉じ込もったままでいた。


ナイトハルト氏の説明は筋が通っていたが、私にはここが地球に思えてならなかった。人々の外見はもちろん、建築様式、芸術、交通機関に至るまで、あまりにも地球と似すぎている。ここは未来の地球ではないかというのが私の考えだ。


アインシュタインが相対性理論で説明したように光速に近い速度で進む宇宙船内はゆっくりと時間が進む。俗にいう浦島効果である。

私が地球に戻ったとすれば相当の年月が経過しているに違いない。未来の地球では価値観が変わり、こうした犬との共同生活が営まれていると考えても不思議ではない。


仮にそうならナイトハルト氏は嘘をついている事になるが、私を騙してなんの得があるのだろうか。未來人の考えていることはわからない。


空は連日、厚い雲で覆われており、天測でここが地球かどうかを判断する事が出来ない。ここが地球でないならアルファとベータの二つの太陽が昇るはずである。


ある朝、私がカーテンを開け、窓の外を見ると雨は止み日が射している。空はここからではよく見えない。私は寝間着のまま、部屋を出た。エレペーターを待つのももどかしく階段を駆けのぼる。ここが地球ならどんなに良いだろう。息を切らせながらやがて屋上へ出た。私は目の前の光景に膝から崩れおちた。澄みきった青空には二つの太陽が昇っていたのである。


ここが地球でないとわかり私はすっかり落ち込んでいたが、ナイトハルト氏から良い知らせが届いた。この星の宇宙開発を担当するコスモテクノス社が私の経歴に興味を示し、職員に採用したいと申し出てくれたのである。


私もこの星でいつまでも客人扱いでぶらぶらしてはいられない。気持ちを切り替え、ここを第二の故郷として根をおろした生活をしていかなければならないだろう。その為にも私にできる事があれば何でもするつもりだった。


私はコスモテクノス社を訪ねる事にした。建物は想像していたよりもはるかに小さかった。他の天体への航海を考えていない為か、この星ではここは重要な機関とはみなされていないようであった。


職員は好意を持って私を迎えてくれた。センターで私を検査した学者達のような生物学的な興味ではなく、宇宙についての私の体験談を求め、その波乱万丈の航海に驚愕し、目を輝かせた。

しかし、いざ実践的な話になるとみな口をつぐんだ。恒星間航行が可能なエンジンの開発は一向に進んでいないらしい。

二つの太陽が引き起こす磁気嵐がこの星の宇宙開発に大きな障害をもたらしている事はよくわかるが、たとえ困難があっても研究を続けていかなければ進歩はそこで止まってしまう。残念ながらここの人たちにその気力はないようであった。地球に帰る望みを絶たれ、私は大いに落胆させられた。


コスモテクノス社を後にするとあたりはすっかり暗くなっていた。


最寄りの駅で家路へ向かう列車を待っていると、反対車線の数名の男女が目にとまった。この星で今までみかける事のなかった中年の男女である。しかも犬を連れていない。成人したら誰もが犬と行動をともにするのではなかったのか。私は興味をひかれ彼らと同じ列車に乗った。


列車には犬を連れた乗客もいたが、おのおのの駅で降車し、犬を連れていない中年の男女は逆に次々と乗り込んでくる。深夜に近い時間にも関わらず列車は満車に近い状態となっていた。みな虚ろな表情で私に関心を向ける者は誰もいない。


線路は郊外へと延び、街灯ははるか遠くへ消え、景色はますますうら寂しくなっていった。乗客は一言も話さず、その視線を虚空に向けている。列車は終点に達し乗客は次々に降車した。


さびしい何もないところである。幹線道路を除き、手つかずの原野がどこまでも広がっている。道路に沿ってしばらく進むと何か大きな施設が見えてきた。

敷地には黒々とした大型の輸送車がずらりとならび、その先には途方もなく大きな丸天井の建造物があった。その大きさからすると小さすぎる入り口からわずかな灯りがもれ、男女は列をなし、そこへ吸い込まれていく。建物周囲には窓もなくどのような用途の施設なのか見当もつかない。


私はナイトハルト氏が持たせてくれた端末機でこの場所を調べた。ここは地図上では広大な敷地をもつ公園となっていた。端末情報が更新されてないのだろうか。だが、この深夜の異様な行進を見てしまうと、何か重要な秘密がここにはあると疑わざるを得なかった。


続く

今週中に最終話投稿予定です。

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