第二章
私が驚いたのはナイトハルトと名乗る背の高い色白の男が流暢な日本語を話したからだ。ジャーマンシェパードに似た色艶の良い大型犬を連れている。
「驚かれるのも無理はありません。順番にお話ししましょう。まずはあなたが一番知りたいと思っている事にお答えします。ここは残念ながら、あなたの故郷である地球ではありません。ここはベネトナシュ星系第14惑星カノンです」
ナイトハルト氏はベッドの前に椅子を引き寄せて座り、犬は足元にうずくまった。
「我々は軌道上で衛星の修理を行っている際に漂流しているあなたの宇宙船を発見しました。あなたは低酸素症で仮死状態でしたが、優秀な救命スタッフのおかげでなんとか蘇生させる事ができたのです」
このナイトハルト氏の犬も病院にいる犬も良く訓練されているらしく、いっさい吠えたてる事をしなかった。
「我々は驚きを隠せませんでした。あなたは我々がお迎えする初めての宇宙からの客人でした。にも関わらず、あなたは生物学的に我々と寸分違わぬ種族であったのです。あなたが生命維持カプセルに入れていた動物も同様に」
私はひょっとしたら大空が蘇生したのではないかと期待を持った。が、ナイトハルト氏は気の毒そうな顔をして言った。
「あなたが大空と呼んでいる動物は死後数日が経過しており、我々の科学力ではどうする事もできませんでした。今は検疫をしたうえでしかるべき場所に安置してあります。慎んでお悔やみ申し上げます」
カノン星の医療はそこまでは進んでいないらしい。ただ、私は大空がぞんざいに扱われていない事を知り、いく分安心した。
「あなたが被害にあった宇宙嵐は我々をずっとこの星に閉じ込めてきました。それと同時に宇宙からの探索者もまた、この星にたどり着く事が出来なかったのです。我々の星は宇宙でずっと孤立していました。それなのになぜこのような生物学的な一致が起こるのか。私たちはこの相反する事実に悩みました」
ナイトハルト氏の説明だと今までの探査船もみな、この宇宙嵐にやられたに違いなかった。
「科学者達があらゆる議論をかわしましたが、結論は出ませんでした。あなた方の言語でいえば真実は小説より奇なり、です。これも神の思し召しと考えるより他ないのです。私は我々と同じ犬を愛する種族に出会えた事を心から嬉しく思っています」
言語についてはいまナイトハルト氏が話しているのは日本語ではなく、私の脳を調べた際に言語情報を引き出し、彼らの言語とリンクさせた微少なチップを私の体に埋め込んだのだという。
「私もこの幸運を神に感謝します。それにしても、あなた方が常に犬と行動をともにされているのには驚きました。犬を可愛がっている人間は我々の世界にも大勢いるのですが、あなた方が思っているほどの関係ではありません。地球では犬の事をバートナーではなくペットと呼んでいます」
「その話はまた別の機会に伺う事にしましょう。明日は街中をご案内します。病室にはもう飽き飽きしたでしょう、あいにく我々の星は雨期に入っており優れない天候が続いているのですが」
私はやっと外に出られる事を知り、嬉しくなった。
「この星の自然や文化や科学、芸術、さまざまなものに触れてみたいと思っています。でも、その前にお願いしたい事が有ります。私の愛犬をどこか閑静な場所に葬ってほしいのです」
上空は厚い雲が垂れ込めていて、今にも雨が降りだしそうだった。大空は市街が見渡せる丘に葬られた。私は大空を手厚く葬ってもらった事に礼を述べた。
「大空を宇宙葬にしなくて本当に良かった。あんな淋しい空間でひとりぼっちなんて寂しすぎる。大空は犬を愛する人々の惑星で安らかに眠る事ができるでしょう」
私は墓前に手をあわせた。
「この星では当然の事をしたまでです。ところで、われわれの星では成人になると犬が割り当てられ、共同で生活します。犬と寝食をともにし、どこへでも一緒に行きます。あなた方の星では犬をペットと呼んでいるそうですが、我々の生活とは少し異なるのでしようか?」
わたしはナイトハルト氏の機嫌を損ねることになるかもしれないと思いつつ正直に答えた。
「あなた方のように犬を家族同様に可愛がっている人は地球にもいます。が、大多数の人にとっては犬は愛玩動物にすぎません。知性に差がある為、対等なパートナーになるのは難しいのです。飽きたら捨ててしまう人だっています。しかし人類史上、犬ほど我々と友好的な関係を築いてきた動物は他にはいません。言葉は交わせなくても気持ちは通じあっています。私たち地球人もあなた方を見習って犬との共同関係を見直すべきかもしれません。大空があなた達との橋渡しとなり、より良い関係を築けることを私は心から望んでいます」
ナイトハルト氏は微笑んで言った。
「あなたと大空の関係はペット以上のものだったように思えますよ。あなたは地球人のなかでも我々により近い人間のようです。それではカノンの街をご案内しましょう」
続く