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伯爵様は安心できます

「お姉さま!お姫様が乗るような馬車です!馬車なのにベッドみたいなふわふわな座席ですことよ!」


 ニーナがこんなに子供めいた明るい声を出したのは初めてではないだろうか。

 彼女は物心ついた時から父親からの理由のない蔑みや暴力を受けていた。

 いくら私が庇ってもあんなにあからさまな暴力男なのだ。

 彼女が大人びた話し方や振る舞いをしようと頑張るのは、生き抜くために子供であることを止めてしまったからなのだろう。

 まだ甘えてもいい子供でしかないのに、私が不甲斐無いばっかりに。


「お姉さま。痛いの?」


「目元の傷は痛くなくても涙が出やすくなるものよ。大丈夫。」


「ああ、気が付かなくて済まない。ニーナ、私の隣が嫌でなければこっちにおいで。ミアを横に寝かせてあげよう。彼女は大怪我をしているんだ。」


 まただ!


 彼はなんて過保護なの!


 私は馬車に乗るや彼に手当てをされてもいたが、私にこれ以上痛みを与えるものかと強い意志で、馬車の揺れはどうか、傷に響かないかとか、煩い位に気遣ってくれるのである。


「伯爵!大怪我なんて大げさだわ。涙一粒ぐらいで横になるなんて!」


「いーや。君の涙は私達の足元に転がる馬鹿犬よりも確実に重いはずだ。さあ、ニーナ、おいで。」


 ニーナは立ち上がって伯爵の隣に行ったのではなく、伯爵が抱き上げるようにしてニーナを持ち上げて自分の隣に乗せ換えた。

 驚いた事にニーナは伯爵の大きな体に脅えるどころか、猫のようにして伯爵の腕にしがみ付いて、赤ん坊のような歓声をあげながら彼の隣に運ばれたのだ。


「お姉さま!空をちょっと飛んだみたいで楽しいわ。」


「おじさんは肩がガタガタになっちゃったけどね。」


 ニーナは両手で口元を押さえ、くすくすくすくすと笑っている。

 私は本格的に泣きそうになり、今度こそ泣き顔を見せてはいけないと横になる動きをしながらそっと涙を拭いて誤魔化した。


「ああ、あなたのおっしゃる通り。横になったほうが楽ですわ。あなた方を乗り心地悪くさせてしまって申し訳ありませんけど。」


「気にしないで、君。元々この馬車はボスコの呪いで乗り心地は悪いんだ。」


 伯爵は足元の絨毯を爪先で突くと、絨毯ボスコが猫のようにして伯爵の足に前足をかけてじゃれ始めた。


「リーブスが一緒で無くて良かった。領地につく頃には私の革靴は三枚おろしぐらいにボロボロにされているだろうさ。」


 私達の足元には絨毯ではなくボスコがベロンと毛皮の絨毯状態になっていて、今までも彼は時々ニーナのふくらはぎを舐めたり、伯爵の靴を齧ろうとして伯爵に踏んづけられたりと、広くて豪勢な馬車を少々狭苦しく乗り心地の悪いものにしてくれていたのだ。


「全くこの馬鹿犬は。番犬は主人の馬車の安全を見守るために馬車に並走するものだ。それが、無理やりに馬車に乗り込んだだけでなく、人の足元でぐにゃぐにゃの汚れた毛皮になっている。」


 ボスコは自分が話の主役になれたと尻尾を大きく振ると、グルんと体を回転させて仰向けになった。


「ニーナ。わざわざ足をボスコから避ける必要は無いよ。足をあの太ったお腹に乗せちゃいなさい。」


「まあ、伯爵様!可哀想だわ、ボスコが!」


「好きな女性に何をされても嬉しいのが男なんだ。」


「ふふふふ。伯爵様ったら。でも、だから、私は伯爵さまが怖くないんだわ。ええ、二年前だって怖くなかったわ。それはきっと伯爵さまがボスコとよく似ているからですね!」


 私はニーナの言葉にその通りだと自分に認めた。


 私も彼が怖いと思った事は無い。


 髭とぐしゃぐしゃの髪の毛で顔が隠されているからこそ、私は彼を毛深い男と認識しないで安心していられるのだ。伯爵の顔が隠れているからこそ、伯爵自身の男性性や個性を見ない振りが私にできたのだ。


 彼の髪色はあの夜に出会ったあの人と同じ色合いだ。


 私は彼をあの人だと思って愛していくことも出来るのかもしれない。


「ニーナの言う通りだわ。わたくしがあなたを怖いと思わないでいられるのは、あなたがその姿をして下さるからなのね。」


 伯爵は私の言葉に何か気が付いたようにびくりとして、そしてそろそろと自分の顔や頭を触り始めた。

 私はそこで、私達が失礼な物言いをしてしまった事にようやく気が付いた。

 父の前では失言しないように気を付けていたのに、どうして伯爵の前では脳みそが動かないのだろう。


 心のまま口が動いていたなんて!


「あ、あの、わた、わたくしは失礼なことを、あの。」


「あ、いや。俺がとんでもない忘れ物をしてしまったと気付かせてくれてありがとう。どうして君達が目の前にいると俺の脳みそが止まってしまうのだろうね。」


 私は物凄く嬉しくなっていた。

 私と同じことを考えていた人がいるという事。

 一緒に同じことを共感できる他人に出会えたことが、凄く新鮮で嬉しく感じたのだ。


「わ、わたくしも、ですの。あなたがいらっしゃると安心できるからですね。」


 しかし伯爵は喜んで下さるどころか、気の抜けた笑い声を上げただけだった。


 あははっはは、はぁ、って感じに。

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