エピローグ 微睡みも残る朝のはじまり
私は隣に眠る夫の頬をそっと撫でた。
起きてしまうかもしれないが、彼に触れたくて堪らないのだ。
そう、起きても欲しい。
私は今度は唇で彼の頬をなぞった。
柔らかい頬には少しだけチクチクと髭の生え始めの感触がある。
「おはよう、きみ。」
「おはようございます、あなた。お髭時計が鳴ってますわ。」
「うーん。剃ってもどうせまた生えてくるし、このままでいいかな?いまの俺は君の隣でもしゃもしゃになるまで眠っていたい。」
「よろしくてよ、あなた。病めるときも健やかなるときも、ええ、あなたがもしゃもしゃになってしまっても、わたくしはあなたを愛しているわ。」
「じゃあ、キスをして。頬だけじゃなくて、俺は君の唇を唇に受けたい。」
私達は深い深い口づけを交わし、大きなベッドの中で再びお互いに溺れた。
彼の瞳は水色で、明るく晴れた空みたい。
数時間後、とうとう寝室のドアはドカンと大きなノックをされた。
「旦那様。そろそろお着換えされないと祝典に間に合いません。」
重なるスプーンのようにして私を抱き締めていたフォルスは、リーブスの声を聞くと、私をもっと彼の胸に引き寄せて私の肩に顔を埋めた。
「ああ、幸せだ。幸せなのに、世界は俺に優しくない。」
フォルスは万博のテロを未然に防いだとして、中将に位が上がってしまった。
式典とは彼の軍功を称え、私達の結婚を大いに祝おうという、式典だ。
私達は首都をパレードさせられるようなのである。
確かに結婚式の翌日のそれは嫌がらせみたいに感じるが、それが済んだら私達の為にひと月はフォルスをフリーにしてくれる約束でもある。
「明日からは何もしないでいられるのだから起きましょうか、あなた。」
「はっ。君はまだまだ世界が嘘ばかりだと気が付いていない。絶対に呼ばれるね。したくもない接待とか俺はさせられるかもしれないね!休みなんだから良いだろうって。全く、俺はなーんの軍功も上げていないのに中将に任命されてがっかりだよ。退役こそしたかったのに!」
「あら、でも、国宝が守られたのはあなたのお陰だって。」
彼の進言で王立美術館の衛士が誰ひとり現場を動かず、そのお陰で美術館に強盗に来たエンバイル兵を一網打尽に出来たのだそうだ。
「ああ、嫌だ。少将を辞めてもいいって言ったくせに、中将にしようとする王様も軍隊も嫌だ。知っている?中将になった俺に指揮する軍団を勝手に増やしたんだよ。あのアロイス・カンタールが幕僚に加わるの。あいつは俺を働かせようとする悪い奴なんだよ。ほら、そのうちに丸太を使って寝室のドアを破りそうなリーブスのように。」
確かに寝室のドアの執拗なノックはどんどんと音を大きく響かせている。
「もう、あなたったら。だったら、元帥になられたらいかが?元帥の上には位が無いから、あなたは心置きなく退役できますわよ!」
「全く君は。君こそ俺を働かせるんだね。」
「そんな!早く退役なさって自由になられたら、ずっと一緒にベッドに転がっていられるじゃないですか。」
「おや、俺は静かにベッドに転がっているだけでいいの?」
私は昨夜の彼を思い出した。
「ええと、動かないよりも動いて欲しい。」
「えっち。」
フォルスは再び私に口づけた。
私は彼の頬に手を添えた。
「扉がそろそろ破られますわ。旦那様、そろそろお髭を剃りません事?」
「いやだ。」
フォルスは私をもう一度押し倒した。
ドアもがあんと大きく開いた。
私は何て幸せなんだろうと声をあげて笑っていた。
6/2 誤字報告を受け誤字脱字の多さに大変恥ずかしく、読んで下さった方々にはこのような悪文をと、大変申し訳ない思いであります。
読んで下さった皆様、また、誤字を見つけてくださった皆様、本当にありがとうございます。
また追記として、登場人物がボスコについては、「犬」とは思っていないので、鳴くを泣くと表現したり、尊敬語や敬語で語ったりすることもありますが、そういう事なのでご容赦ください。
ボスコのイメージは、ベルガマスコ・シェパード・ドッグをもっと体を大きくして、毛をぼさぼさにした雑種犬となります。その精悍で化け物じみていた姿が、毛を刈られてからはクマのぬいぐるみのような間抜けになったと想像して下さい。




