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結婚前には挨拶するもの

 俺はジョゼリーンとアラン・リリューの文通恋物語に感動し、ジョゼリーンには彼女の家族の事は気にするなと言い含め、持参金も持たせて駆け落ちさせた。

 彼女はピエール・ド・リュンヌホテルからアランが借りていた家に移動した。

 アランの子供も、本物のジョゼリーンが約束の馬どころかおもちゃの銃も用意していた事を知り、ジョゼリーンに完全に懐いた。

 アルマトゥーラ少将にはネルソンなどという馬は無く、銃だって持ち歩いていないが、俺は大人なので真実は子供に黙ってあげた。


 畜生!戦場を駆け抜けるフィッツが俺だと思われていたなんて!

 確かにあいつは格好良いよ!


 さて、幸せになったアランは俺にお礼をしたがったので、代わりに万博で講演をしてくれと頼んだ。

 人気がある博士の講演は万博の目玉となるらしく、俺は万博主催者の一人であるイーオスの暗殺予定者リストから名前を消去してもらえたようだった。


 しかし、こんな幸せだらけの中で不幸せになった人間もいる。


 俺の母だ。


 彼女はベロニカとジョゼリーンという娘二人をいち時に失い、たった一人で豪華なホテルに取り残されてしまったのである。

 俺は彼女に慰めの言葉と、このホテルは凄いから楽しみなよ、という励ましはしたが、リーブスの守るタウンハウスへ誘う事は口にしなかった。


 俺はリーブスにしっかり躾けられている。


 俺と同じ栗色の巻き毛に水色の瞳を持つ母は、俺のミアよりも小柄で細い。

 けれど、少女時代に流行したデコラティブな形のドレスを未だに好んでいるので、全体的に見れば彼女の存在感はかなりある。

 ただし、顔だけ見れば少女の面影を残す弱々しく傷つきやすそうな人である。

 だが実際には弱々しくない彼女は、生まれた時から嫌っている俺に対して、彼女が抱いていた鬱憤をぶちまけた。


「大体あなたが女の子に生まれなかったから問題なのよ!あなたを生んで二度と子供を望めない体になったのに、あなたは男の子だった。とってもかわいいのに男の子だった!私は女の子を育てたかったの!一度ぐらい小さな女の子を抱いて見たかったのよ!」


 俺の隣のミアは、俺の母の言葉に言葉を失っていた。


 俺の母親と対面して言われるだろう言葉を想定してはいたろうが、嫁候補の自分ではなく、実の息子など要らなかった自分の不幸の元だと、俺自身が罵倒されるとは思ってはいなかっただろう。


 彼女は俺を守るようにして俺の腕に自分の腕を絡め、わなわなと震えながらだったが、俺の母親に感謝しますと言った。


「あなたは生みたくなかったとしても、産んでくださってありがとうございます。あなたが嫌いな子供だとしても、最愛で、この世界には一人しかいないくらいにフォルスを私は愛しているの。私がフォルスに会えるように、フォルスを生んでくださってありがとうございます。」


 あ、駄目だ。

 俺が泣き出してしまいそうだ。


 俺は俺の腕に絡むミアの手を空の手で包むと、帰ろうか、と彼女の耳に囁いた。


「帰ろう。俺は君に愛されているだけで幸せだから良いんだよ。」


「よくはありません!私だってあなたを愛しているわ!」

 俺とミアは俺の母を見返した。

「え、お母さんは何を。俺が女の子じゃなくて嫌だって言ったでは無いですか。」


「あなたは女の子じゃないから、女の子みたいにいっぱい抱っこをさせて貰えなかった。大きくなったら戦争に行っていつ死んでしまうかわからなくなった。私は、あなたを男の子で生みたくは無かった。女の子だったら傍にいてくれたでしょうに、男の子のあなたは帰って来ないし、お母様なんて甘えてくれない!」


「ちょっといいかな。」

 俺はミアの手を俺の腕から渋々と解き、面倒だと思いながら自分の母へと一歩踏み出した。

 そして、母をぎゅうっと抱きしめたのである。


「いやあああ。やっぱり男くさい。体が大きいから嬉しくない。私は小さい女の子がいいの!子供の時に抱きたかったという話でしょう!男の子のあなたは小さい時から大きかったじゃないの!」


「リーブスには子ども扱いしかされませんけどね!」

 俺は母から離れると無言でニーナを抱き上げ、そしてそのまま母に差し出した。


 ニーナの脇の下に手を入れてぶら下げるような感じで、俺は母親の目の前に彼女を突き出したのである。

 ニーナは義理の兄のその行動に対しての抗議の為か、彼女の眉が一本になるほど眉間に皺を寄せた顔をして俺を睨んだ。

 だが、ニーナの整った顔がその位で台無しになるわけがない。

 それどころか、その歪めた表情によって、彼女は二倍三倍と可愛らしさが増しているのだ。

 俺の母はぱあああと顔を輝かせ、俺からニーナを奪うようにして受け取った。


「なんて可愛いお嬢さん、ねえ、フォルス、私は赤ん坊も欲しいわ。」

「俺の結婚を手放しで喜んでいただけるのならば、俺は頑張ってミアにそっくりな女の子を作れるように努力します。俺も俺に似たガキよりもミアに似た女の子が欲しいですから。」

 俺の母は結婚を歓迎しますと、それはもう満開の笑顔でミアに微笑んだ。

「ああ、フォルスは何ていい子なの!あなたを生んでよかったわ!」


 幼いころに聞きたかった言葉を適当に言いやがって。


 俺の母は俺とミアと話し続けるよりも、俺から渡された美少女と遊びたくて堪らないらしい。

 彼女はニーナの手を繋ぐと、とっとと俺の前から去って行こうとし始めた。


「おい、母さん。」

「あなた方はお好きにお出掛けなさいな。私はこちらのお嬢さんとお買い物に行くわ。ねえ、あなた。お洋服はどんなものが好きかしら。たくさん買ってあげる。お人形は持っている?あなたはピアノがお好きだって聞いたわ。真っ白のピアノをあなたの為に注文しましょうか?お菓子は如何?チョコレート屋さんには必ず行きましょうね。ああ、お腹は空いていないかしら?」


 彼女はニーナの手を引きながら、来客である俺とミアをほったらかしにしてホテルの部屋を出て行こうとしている。

 俺はニーナを物で釣ろうと散財するつもりの母の後ろ姿を眺めながら、俺はミアには男の子だけを生んでもらい、俺達だけで子供を育てた方が良いような気になっていった。


 あんな祖母がいたら、子供はろくでなしにしか育たないであろう。


 うわあ、ニーナが俺の母に手を引かれて部屋を出て行く直前に、俺に顔を歪めて見せたじゃないか。

 この、大馬鹿男!覚えていなさいよ!って感じで。


「ミア。俺達は母に干渉されない男の子を作るべきなのかな。赤ん坊は俺達でちゃんとした子に育てたいじゃないか。」

 ミアは俺の手に彼女の指を絡ませてきた。

「うふふ、そうね、フォルス。私はあなたにそっくりな男の子こそ欲しいからあなたのその提案は賛成よ。あなた似の息子はとっても可愛らしいでしょうね。」

「あ、やっぱり女の子にする。」

「あら、なあぜ?」

「嫌だよ。君が甘やかす男の子は俺だけにして欲しい。」

「まあ!あなたったら。ええ、あなただけを可愛がるわ。」


 俺達は手をぎゅっと繋いでいた。

 これからの二人一緒の未来。

 俺には親友も犬もいて、有能過ぎる執事達がいる。

 そして、これからを一緒に歩いてくれる俺を愛してくれる妻がいるのだ。

 可愛い妹は俺を猛母から守ってくれるようだし。


 ああ俺は本気で幸せ者だ。

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