新婚旅行は月の砂漠に行きたい
警備主任室に閉じ込められて良かったことは、まるっきり無事な婚約者と再会できたことだ。
悪かったことは、もと元帥閣下様が馬鹿犬を連れてやってきたことだ。
彼はワハハハと大きく笑い、ボスコは素晴らしい犬だと褒めた。
「この犬はな、我が家に忍び込んだ工作員をあぶり出したのよ!人間と違って喋れないからな、池の泥を家中にばらまいたのさ。その掃除に召使を狩りだしてみれば行方不明が五名だ。それも新しく雇った奴らばかり。奴らの部屋を探索すればだな、間抜けな事にテロの手順書まで見つかったわ。」
俺はそれは怪我の功名なだけであって、ボスコは絶対にそんな事など気付いても考えてもいないと思った。
彼が鯉を狩ったのは、そこに鯉がいたからだ。
しかし、高額な弁償請求をされる可能性から逃げるために、閣下のおっしゃる通りにボスコは自慢の犬ですと、カラスは白と追従してしまうことにした。
俺はこれから結婚式というものに、俺の希望も聞いて貰えないのに財産を搾り取られる予定であるのだ。
可愛いミアの希望ならいざ知らず、あのおっかないカミラと侯爵夫人という悪夢があれ買えこれ買えとしてくるものに金を払わねばならないのだ。
さて、侯爵が万博会場の警備主任室に来てくれたならば、俺はお役御免になってミアの所に戻れると考えて喜んだのも事実だ。
しかし、現実は俺に冷たい。
「閣下がいらっしゃったのならば、私も避難誘導に出ます。閣下にはこちらの本部で私達に指揮をお願いいたします。」
「いやあだよ。」
「はい?」
「嫌だって。ワシは引退したんだよ。現役の君が指揮を執りなさいよ。ワシはこのままこのワンコロと一緒に現場を走ろうと思うんだ。ああ、前線に立つのは何十年ぶり何だろう。ワクワクするねぇ。」
閣下の御身の事を考えてワクワクしない俺は、ただでさえ少ない人員を閣下のボディガードに割り当てるという無駄な人員配置を考える羽目になった。
好きにさせてしまえ!という俺の中の悪魔がリーブスの姿を取って囁いたが、閣下がどうにかなった場合の責任が全部俺に来そうなので、カンタール中佐の部下がどうにかなる選択の方を取った。
結果、後手に回って二か所のパビリオンで避難誘導前に爆弾は爆発した。
それらがパニックを想定しただけの音と煙だけのものから、これ幸いとガス爆発で片付けた。
もうカンタールの言う通りに、会場設営が安普請のせいでガス漏れで爆発しちゃったね、を通す事に決めたのだ。
俺が主任室にいる以上、俺の責任になるではないか!
これだと責任は万博企画の奴らに被せてしまうことになるが、その奴らには我がイーオス様がいるので大丈夫だろう。
ざまあ見ろ!イーオス!
結果として、爆弾六個のうち爆発が二個で、あとの四個は人知れず撤去できたので上々の出来とも言ってよいのではないか。
爆発二か所も、不幸中の幸いで、爆発した一つは人気の全くないブースであったために何の問題にもならず、もう一か所は農業ブースで人混みはあったが、生石灰が爆発しちゃった、小麦爆弾やっちゃった、牛のメタンが爆発しちゃったことあるの系の失敗経験多数の方が多く、いや、日常的に実験やっちゃっている系の人々なのかもしれないが、とにかく何の問題にもならなかったのだ。
ミアがまだそこにいたと知って、俺一人がパニックになっただけだ。
だからミアと再会した時、俺は良かったと飛び上がって喜んで、人前なのに彼女を抱き締めてキスをしてしまった。
いや、人前だからキスをしてしまったのかもしれない。
カンタールよ、ミアに鼻の下を伸ばしていたが、彼女は俺の婚約者だ。
このぷっくりとした柔らかいピンクの唇は、この俺のものなのだ。
「もう!フォルス様ったら!」
「嫌だった?」
「いいえ。凄く、うれしい、です。」
ミアは両の頬をほわっとピンク色に赤らめた。
「ああ、最高だ。結婚式が終わったら、新婚旅行は砂漠にしよう。北極でもいい。とにかく人がいないところに行きたい。俺は君と二人きりになりたい。」
ミアは人前なのに俺に抱きついた。
「わたくしも同じ思いですわ!」
「やっぱりお兄様は私はいらなかったのですわね。」
俺は笑いながらニーナを抱き上げ、彼女を自分の子供のように抱き締めた。
「やっぱり君がいてこそかもね。ねえ、ニーナ。」
彼女は悪戯そうな顔で俺を見つめた。
「あら、ここで私の欲しいものは何でも買ってあげるから、でしょう、お兄様。私はお土産の為にお留守番をいたしますわよ!」
俺におねだりがしたいだけだったなんて!
なんて妹っていう生き物は可愛いんだ!
「ふうん。君は何が欲しいんだい?」
ニーナはうふっと笑顔になると、トラクター、と可愛く答えた。
俺は可愛い幼女の脳みそから内燃機関式牽引車の記憶を消すために、彼女を激しく振り回すことにした。




