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婚約者とハンサムな男

 母と兄嫁はピエール・ド・リュンヌホテルに泊ってはいなかった。

 そこで母親達の行方不明に恐慌をきたした俺は、唯一の手掛かりである万博に毎日来ては自分の母親と兄嫁を捜していたのだ。


 苦労の甲斐か、三日目の今日、ようやく兄嫁の後ろ姿を見つけた。


 しかし彼女は俺に気が付いた素振りも無かったはずなのに、とあるブースに入り込んだそこで煙のように消えた。


 俺は慌てて周囲を見回した。


 するとなんと、麗しき婚約者が目の前にいるではないか。


 日参して崇めたいのに、家族の混乱で三日も会えなかった俺の女神。


 彼女は薄ピンクのツゥードのスーツを着ていたが、細い体にはツーピースのカチッとしたスーツはとても似合っていた。

 頭には服と同じ素材で出来た帽子を被っていたが、帽子には顔を隠すベールが付いているという貴婦人仕様だ。

 小柄な彼女は人込みに紛れやすいかもしれないが、俺にはすぐに彼女だと見つける事が出来る。


 俺好みの可愛い人を捜せば彼女しかいない、それだけだ。


 逆に言えば、俺好みの女性が一人もいない場所にはミアはいない。


 よって俺好みの女性だと見つめてみれば、やっぱりミアで、そして彼女の隣にニーナがいるのはいつもの事でも、まるで恋人のようにして俺が立っているべき場所に立っている背の高い男がいるのはどういうことだ。


 銀色の髪に青い瞳の組み合わせの男など滅多にいないが、秀でた額に真っ直ぐな鼻筋と貴族的な顔立ちという滅多にいないハンサムでもあった。

 顔に火傷の痕があるが、そんなものはその男をよりよくみせる化粧みたいに俺には思えた。

 百戦錬磨の軍人のような姿勢の良い姿は俺の癇に障るものでしかない。

 そいつがニーナを無造作に抱き上げた。


 まるで俺の子供だという風に、だ。


 俺はすでに動き出しており、目の前の色男から俺の大事な婚約者と子供を奪い返すために両手を伸ばしていた。

 ニーナは突然の男の行動で、ほら、あんなにも脅えている。

 彼女は俺に気が付くや俺を求めて両手を差し出してきた。

 俺は可愛い子供を腕に抱きしめ、彼女の無事にホッとしたその時、俺の右腕が微かに引っ張られたのである。


 うわ、ミアが自分から俺の腕に彼女の左手を絡ませている。


 わあ!これは夢なのか?


 ミアの眼が俺に抱き締められるニーナを羨ましそうに見ているではないか!


「ニーナばっかり。」


 俺はこれで心が落ち着き、いや、ミアの言葉で心は鳥が羽ばたいて呼吸が出来なくなり、うわ、ミアの胸が俺の腕に当たっているよ、という感触で俺は頭が逆上せかけた。


「やきもちやき。」

 彼女を揶揄うどころか、嬉しさで口からふわっと飛び出ただけの言葉だ。

 語尾だって無意味に上がっていた。


「すいません。私が出過ぎた真似をしてしまいました。」

 男の声は低く擦れていて、それだけで俺は逆上せていた頭に思考が蘇り、再び見ず知らずの男に対して闘争心が湧いた。


 畜生!俺もそんな格好の良い低い声が欲しいよ!


「この二人を守るのは私の仕事で権利ですから。私の邪魔をしないでください。」


「まあ!ミア様の婚約者様はヤキモチ焼きでいらっしゃるのね!」


 若い元気な声の方を見れば、猫みたいな笑顔をした女性が俺の敵意を受けている男の腕に腕を絡ませたところだった。


「初めまして。ミュリエル・メルキュールですわ。アガート侯爵令嬢を二年前までしておりました。わたくしの夫が失礼をしてしまったようで!」


 俺は元侯爵令嬢の紹介に毒気を抜かれたどころか、嫉妬丸出しな自分の振る舞いに恥ずかしいとシオシオと体までも小さくなっていく気持ちだ。

 彼は付添人として自分の妻の友人達の面倒を見ていた親切な男だったのだ。


「こ、こちらこそ、し、失礼を。」

 男は俺の謝罪に対して、自分こそ悪かったという風に首をゆっくりと振った。

「いえ、私はニーナ殿に失礼をしてしまいました。脅えさせてしまった事を心より謝罪いたします。」


「あの男がいるのよ!フォルス様!」


「え!」

 俺の首にしがみ付くニーナの囁き声は震えていた。

 俺はニーナが抱き上げられた時に目にしただろう方向に目線を動かした。

 人に紛れられるベージュ色のスーツの男達は三人いたが、彼等の立ち姿は俺が隊で目にしてきた軍人のものだった。

 目の前の男のように真っ直ぐではなく身をかがめている所は、懐に武器を持ち辺りを警戒しているだろう仕草だろう。

 そう、いつでも誰かを攻撃できる体勢なのだ。


「ニーナ。三人組みがいるな。そいつらか?」

「あの中の若い人。金髪の若い人がお父様の隣に座っていたの。」

「わかった。」


 俺は自分が失礼なことをした男に笑顔を作った。


「すいません。この子は落ち着いたようなので抱っこして守って頂いてよろしいですか?私の妻となるミアの安全もお任せします。」

「ええ?」


 ミアは俺の行動に本気で驚いた声を出したが、俺は有無を言わさずにニーナをアガート侯爵令嬢の夫に手渡した。

 彼は俺に宝物を手渡されたように両目を見開きながらニーナを抱き締め、そしてなんと、命に代えても守ります、とまで言ってくれた。


「ええ、頼みます。」


 俺は自分の腕をつかむミアの手を掴んで、彼女の手の甲にキスをした。

「フォルス様。」

「ミア、実は職務中なんだ。」

「まあ、あなたったら。」

「行ってくるよ、ミア。」

「あ、ああ。行ってらっしゃい。あなた。」


 それから物凄く心残りだと思いながらミアから手を離し、ニーナが脅えた男がいる三人組の方へと俺は歩き出していた。

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