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万博に行こう!

「開会式は沢山の花火で素敵でしたのよ!せっかくのお祭りですもの、ミア様もニーナ様を連れて私達と一緒に参りませんこと?」


 マルグリットの孫のミュリエルは愛嬌のある笑顔を私達に向けた。


 ここでカミラの名が出ないのは、カミラは夫が滞在する男爵家のタウンハウスに行ってしまったからである。

 彼女は結婚式の打ち合わせに毎日マルグリットに会いに来ているが、その話し合いが終われば真っ直ぐにタウンハウスに帰る。

 カミラはなんだかんだ言っていても、イーオス一筋であり、留守がちな彼が戻って来るタウンハウスで彼を捕まえようと張っているのだ。


 さて、私達を万博に誘ったミュリエルも、カミラのようにとっても気さくで楽しい人である。

 中肉中背でマルグリットに似た彼女は幸せな結婚の証なのか、いつも幸せそうに微笑んでいる。

 今の笑顔など、まるでミルクを飲んだばかりの子猫のようだ。


「まあまあ、あなた。ポーラをまた人混みに連れて行くの?あの子はまだ一歳にもならない赤ちゃんじゃないの。」

「もう!おばあ様ったら。もちろん、ひどい孫の私はポーラをおばあ様とおじい様に預けてお出掛けしてしまうつもりよ!」

「まあ、ミュリエルったら。結婚しても全然落ち着いていないのね。」

「ええ!私に変わって欲しくないってあの方が言うのだもの!」


 侯爵令嬢のミュリエルは本当のところ駆け落ちなどしていなかった。


 押しかけ婚をしていたのだ。


 彼女の夫の名はスウェイン・メルキュール。


 彼女は十七歳の時に、スウェインと舞踏会で出会った。

 当時十九歳のスウェインは近衛に任命されたばかりにもかかわらず、その美男子ぶりでパーティの花形であったという。


「私は元帥閣下の孫という特権で彼とダンスを踊る事が出来たの。うれしいけれど、とっても空しい過去だわ。」


 ミュリエルはその頃から彼に恋心を抱いており、国外追放されていた彼が八年後に恩赦で国に戻ってきたことを知るや、彼女は侯爵家を捨てて彼の元へ押しかけたのだそうだ。

 彼女の娘の名前がポーラなのは、娘にも迷わずに進んで幸せを掴んで欲しいとの思いだそうだ。


 私はそれはとっても素敵な名づけだと思う。


「いやかしら?」


 私達の身の上を知っている彼女は私達に夫を紹介する前にも同じ言葉で尋ねて来たと思い出した。

 スウェインなど私達には会ったことも無い他人でしかないのに。

 けれど、スウェインと結婚すると決めて二十六歳になるまで独身を貫いた彼女に、完全な他人の私が嫌だなどと言えるはずもない。

 私達こそ侯爵家の居候なんだし。

 そして、紹介されて顔を合わせたスウェインには、頬と首筋に焼き鏝をあてられたような傷跡が見受けられた。

 私は彼が受けていた傷跡に彼を憎む事など出来ないと思った。

 私達は普通に「はじめまして。」と挨拶しあい、それで蟠りも終わりにした。


 そうしなければいけないだろう。


 ユゼファが讃えていたその通りに、銀髪に青い瞳の元近衛兵がどんなにハンサムであろうとも、ニーナの目元が彼にそっくりだったとしても!

 今の彼は妻と子供がいるという幸せな人生をようやく掴めたのだから。


 そう。


 母に裏切られた思いを感じても、それは全部終わった事なのだ。


――私はあなただけを夫だと思っているわ。


 死にゆく母の言葉が、一夜の過ちの相手であるスウェインへ向けたものだと今更に知ることとなったけれど、私にはもうどうでもよいのだ。


 母も、父も、死んでしまったのだから。


「ねえ、行きません事?ねえ、私と私の夫と一緒に行ってくれません事?」


 万博に行こうとなおも私を誘うミュリエルの目は真剣だった。

 とても必死だと言っても良い。


「ミュリエル?」


「ねえ、お願い。ポーラもすぐにニーナぐらいに成長するわ。生意気盛りの難しい年頃とも聞いている。夫は予行練習が必要かもしれないでしょう。」


 私はミュリエルの手を握った。


「あなたは本当にスウェインを愛しているのね。スウェインだけなのね。」

「ええ。彼にはいつも幸せでいて欲しい。」


 彼女の視線の先では、ニーナとスウェインがチェスをしていた。

 ニーナは相手を負かせてやろうと憎たらしい顔つきになっていて、彼はポーラに向けているのと同じ眼差しでニーナを見守っている。


「彼が望むならニーナを引き取ってもいい。」

「それは駄目。私の大事な妹なの。それに、ニーナは私の婚約者が大好きなの。彼も本当の妹みたいにしてニーナと遊んでくれるわ。万博に行くのならば彼も誘っていい?私とフォルス、あなたとスウェイン、そしてボスコとニーナで行きましょう。」

「あの犬を会場に入れる気?大丈夫?」

「入れなければ会場を襲撃して大暴れしちゃうわよ。」

 ミュリエルはマルグリットと同じ猫のような笑顔を作った。

「いいわよ、どうなるか分からないけどあの大犬さんを連れて行きましょう。人生は賭けてこそだもの!」

5/20 ミュリエルが独身を貫いた年齢25歳から26歳に修正

ミアの年齢による簡単年表

7歳――王子との噂から母が浮名を流し始めて夫婦仲悪化

    ミュリエル(17)がスウェイン(19)と出会う

8歳――ワイン蔵事件 スウェイン(20)国外追放

9歳――ニーナ誕生 母死亡で父DV徐々に

13歳――ニーナ4歳 ユゼファ蒸発 フォルスが伯爵位を継ぐ

16歳――ニーナ7歳 フォルス(26)と出会う 

    スウェイン(28)帰国 ミュリエル(26)押しかけ女房

    孫娘の出奔で元帥閣下は引退、孫娘を許さないマルグリットと不仲に

    →フォルスは少将位を買わされる

    ミア達は管理人室で侍女と住むマルグリットと出会う

17歳――ニーナ8歳 

    ミュリエルとスウェイン結婚半年後に赤ん坊が生まれる

18歳――ニーナ9歳 フォルス(28)ようやく結婚したくない男になる

 よって、現時点の年齢 

 ミア18歳・ニーナ9歳・フォルス28歳・スウェイン30歳

 ……ミュリエルは28歳

 ミュリエルが押しかけ婚をしたのは26歳でした。

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