母と兄嫁の暮らす家
ミアを連れ去られてしまえば、俺のやることは一つだけだ。
領地に戻り、母にベロニカの死を伝え、そして、ベロニカに対する虐待的行為について問い質す事だ。
昨夜、いや、今朝方に俺は疲れて宿屋に戻り、そこでミアに教えられたのだ。
兄の死について。
話の流れとしては、こうだ。
まず俺は、俺と結婚を約束してくれたミアに対し、ベロニカが母に受けていたらしき事を俺が母に咎められなかった事がとても恥ずかしいと言った。
そして、そんな母をミアに紹介することになるだろうが、母が俺の目を盗んでミアを傷つけるような事をしてきた時は、気兼ねなく何でも教えて欲しいとミアに頼んだのである。
彼女は言い辛そうに、お母様を責めてはいけないかもしれない、と答えた。
「母を責めてはいけない、とは。」
「あの。あなたのお兄様を、ベロニカとランベールという名のあの男の人が、ええと、殺したって言っていたの。だから、お母様がそのことをご存じでいらしたとしたら。だって、ジョゼリーン様には外出も自由にさせていらしたそうよ。」
俺は戦地で、電報によって兄の落馬死を知らされた。
葬儀などは俺が戻った時には完全に終わっていたので、俺は兄の遺体も見てはいないし、その時はベロニカの心神喪失が酷いからと彼女に会って弔辞を述べる事も出来なかった。
母は一人で兄の死を嘆き、その報復をベロニカにしていたのだろうか。
それを確かめるために半日かけてアルマトゥーラ伯爵家のマナーハウスを訪れたのだが、母も兄嫁のジョゼリーンも不在であった。
「あの、旦那様。お泊りになられますのでしたら、部屋の準備はさせますが?」
俺は俺を伺うようにして尋ねてきた女中頭のマノンを見つめ返した。
この年配の女性は母の同士のような存在であったのだ。
「部屋の準備はいらない。すぐに首都に戻る。そうだね、母がいないうちに屋敷を全て見て回りたい。鍵束をくれないか。」
マノンは自分の持つ鍵束を奪われまいとほんの少し身構えた。
しかし彼女の忠誠が母にあっても、先祖代々勤めている伯爵家を彼女が裏切る事などできやしない。
彼女は俺に鍵束を差し出した。
「ありがとう。何が起きているのか確かめたい。母は女の子が欲しいだけのふわふわした女性だったはずだ。修羅の世界にいるのだったら助けてあげたい。」
マノンは改めて俺を見返した。
俺は彼女に微笑み返した。
少しだけ、彼女の知っている幼い子供の頃のように。
「俺の婚約者には可愛い妹がいるんだ。九歳なのに大人びた喋り方をする可愛い子。お人形さんみたいな金髪に青い目でね、母の理想の女の子だと思うよ。」
マノンは鍵束を持つ俺の手を押さえた。
「坊ちゃま。わたくしがご案内します。わたくしが伯爵家のこの家の中の事をご案内いたしますから、奥様を、クラウディア様にどうぞお優しくしてさし上げて下さい。」
「ありがとう。」




