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後始末の男

 俺は自力で陸に戻れなかった。


 情けない事に、黒犬様は沈んだ俺を心配して俺を助けてくれたのだ。


 まず俺が黒犬様によって有無を言わさずボートに運ばれ、一人取り残されて頑張って浮いているミアが俺の後に救出された。


 ボスコにミアよりも俺の方が危険状態だと見做されたなんて!


 ハハ、確かにミアには俺は危険な奴状態でもあったが。

 つまり、今回の事では、俺はミアの唇を奪っただけの役立たずだったのである。

 いや、役立たずと罵倒されようとも、ミアにキスできたという自分の行動に全く悔いは無い。

 全ての栄光も称賛も真っ黒で大きな犬に奪われたとしても全くかまわない。


 かまうのは、俺はにわか部下にも親友にも役立たずの烙印を押され、美しき婚約者と無情にも引き離された事だけである。


 そして、このぐらいはやっとけと、事後処理に駆り出されている。


 くそう、ボスコでさえ俺が確保した宿の最上ルームで寛いでいるというのに!


 ただし、俺の最愛の女性は俺が一番という最高の女性だった。


 彼女に風邪をひかせてはならないと最上ルームに彼女こそ押し込めたのだが、彼女はすぐに宿の者に言いつけて俺へ着替えを持ってこさせた。

 俺は適当な衣服どころか、古代人のように全裸に布を巻き付けて凌いでいた状態だった。

 ハハ、そこに軍服のジャケットを羽織らせられていたんだよ。


 全くなんの嫌がらせだよ!


 俺は届けられた着替えに感動し、地面に跪いてミアの素晴らしさに賛歌を捧げたが、荒くれの男達にはやっかみを込めて足蹴にされた。


 俺は自分が着る白いシャツの胸元をさらっと撫でた。

「ああ、早くミアの所に帰りたい。」


「結婚していない女性の所に帰って何をする気なの。どすけべえ閣下。」


「煩いよ。ねえ、帰っていい?ここの現場は君がイーオスから貰ったものでしょう。俺は誘拐事件を追って来ただけだし、異国からの侵略工作行為なんか知らなかったで帰りたい。」

「だめ。僕だってもともと荒くれ仕事は専門外だし、交渉仕事も専門外でしょう。僕は情報屋なの。伝令係なの。あっちの戦場こっちの戦場と、情報持ってネルソンと走り回る郵便屋さんなだけなのにさ、あの大将、人使いが荒いよ。初対面よ、初対面。それなのに百年前から知ってます、みたいに僕を捕まえて荒くれ男しかいない場所に放り込んだんだよ。頼むね!って。」


 フィッツは俺よりも憤懣が溜まっていたようだ。


「ああ!僕はミアにワルツを教えてあげていない!可愛いあの子にダンスを教えてあげたいのに!」

 俺はフィッツの肩に、がしっと腕を回した。

「一緒に頑張って後処理しよう!」

「ハハ、抜け駆けはさせないって?うーん、茶髪の俺は良い男だもんねぇ。」

「言ってろよ。」


 殴られていたミアとニーナも医者に診せてあるし、侯爵家には俺とミアは相思相愛なので手を引けという文言をオブラートに包んだ風の手紙も送った。

 彼女はもうどこにも連れて行かれる心配は無いはずだ。


「さあ、今後望まない呼び出しを受けないようにさ、俺達は完璧に後始末をしてしまおうよ。」

「そうだねぇ。君はこれから絶対に邪魔をされたく無い時間を過ごしたいだろうものね。ようやく下半身が開放できるってね。」

「うるさいよ!」

「まあ、笑い話じゃ無くてね、君の親戚の死はどうする?」

「親戚の死は隠して数か月後に病死かな。ミア達の誘拐も無かったことにする。死んだ元伯爵を改めて国家反逆罪で責める必要も無いだろう。」


 俺達は海に漂う溺死体も収容していた。


 強い酒の匂いから酩酊して船から落ちたとも考えられる死体だが、左膝の皿が完全に割られていた事で殺人でしかないと言い切れる。


「彼らがどこでエンバイルと繋がったのか調べる必要はあるけどね。病院から脱走したのは、あの彼一人では無理な話じゃないかな。ニーナの話じゃ、ベロニカは一銭もお金が自由にならなかった可哀想な人らしいよ。馬車を借りたりするお金は誰が出したのかな。御者台には父親ともう一人座っていたから誘拐犯は四人だって言っていた。その男が潜んでいたからボスコに君を呼ばせに走らせたのだってさ。凄いね、あの子は凄く目敏くて賢い。」


 ボスコも怖い犬だ。


 あいつは俺を遠吠えで結果的に呼んだが、屋敷内でバタバタやっていた俺を呼びには来なかった。

 絶対に隙を見てニーナを助けようと身を潜めていたに違いない。

 犬にくせに情況を読んで自分で考えていたとは!


「君は俺が沈んでいる間にニーナから何があったか聞き出していたんだね。」

「僕は何も聞き出していないよ。海で溺れた子は混乱するものだ。起きて無い事も口走るってだけ。周りもそんな感じで受け止めているよ。だから大丈夫。」

「ありがとう。感謝するよ。」

「いいよ。口止め料がボスコの兄弟犬だ。僕はいくらだって協力するよ。」

「やっぱり君だってあの馬鹿犬にうんざりなんじゃないか!」

「僕は静かに釣りがしたいんだよ!」


 イーオスの港はこれから馬鹿犬達で真っ黒に染め上げられて、ワンワンワンと騒々しく混乱することだろう。

 そんな未来を想像して、俺達はイーオスに押し付けられた面倒を対処しなきゃいけない自分達の境遇を慰めることにした。

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