船長室に追い立てられて
私達は馬車から降ろされると罪人のようにして縛り上げられ、なんと、異国の船の貨物室から乗せ上げられた。
そして兵隊のような男達に囲まれて上階の船長室迄歩かされたのだが、最初からここに連れてくるならば普通の乗降口から乗せた方が良いのではないかと私は長い道を歩かされながら首を傾げた。
縛り上げられている私もニーナもマントを着せられて縛られている風には見えない姿にさせ、その上で船内を延々と歩かされているのだ。
「お姉さま。」
「黙れ、お前達は一切口を開くな。お前達が騒げば、それを知った一般人が全員死ぬことになる。わかったな。」
ぞっとした私とニーナは目線を交わした。
これは父とベロニカ達だけの単純な誘拐劇では無かったのだ。
私達の前を偉そうに歩く父はこの状態を判っているのだろうか。
そして、私達は船長室に着くやマントを剥ぎ取られ、私達は床に転がされた。
「乱暴はいけないよ、大事な人質じゃないか。」
「あ、失礼しました。大佐。」
「たいさ?」
床から見上げれば蛇のような眼つきをした若い男が立っており、彼はその目に似合ったつるんとした仮面のような顔付をしていた。
大佐と呼ばれていたが軍服は着ておらず、彼は貴族のような旅行服だ。
だが、腰ベルトに銃が入ったホルスターと剣をぶら下げているのならば、彼が軍人なのは疑いようは無いのかもしれない。
「初めまして。アグライアのお嬢さん。私はエンバイルのクライブ・カーターと申します。明後日の万博開会式に大きな花火を予定している者です。」
エンバイル?アグライアと常に戦争状態にある国ではないか!
「お父様!国を裏切ったの!何を考えていらっしゃるの!」
父は私の言葉を聞くや私を平手打ちにした。
「お姉さま!きゃあ!」
父は、ああ、なんと、ニーナを蹴り飛ばしたのだ!
「ニーナ!」
ニーナは船長室の隅に転がっていき、そこでびくりとも動かなくなった。
「ニーナ!ニーナ!ああ、なんてこと!あなたは狂っているわ!あなたはろくでもないわ。あなたは人として最低だわ!」
「お前達のせいで私は爵位を奪われたんだ!そして、檻のある病院へぶち込まれた。この恥辱、お前はわかるか?私こそ国に裏切られたんだ!」
私は私達を守るためにフォルスがそこまでしたのかとぞっとした。
「ささ、お嬢さんには優しく願いますよ。アガート侯爵に対する大事な人質です。」
「アガート侯爵?」
父は大きく舌打ちした。
「妻がアガート侯爵と縁続きとは知らなかった。お前は知っていたのか!知っていたはずだ!お前は自分を引き受ける男を見つけた途端に私を侯爵家に売ったんだからな!」
私は何のことだかわからず父親の激高する様を見つめるしかないが、父が爵位を奪われ云々に関してはフォルスの仕業では無いようでほっとした。
彼は私とニーナを守るためなら、父を酒もギャンブルも出来ない状況にするかもしれないが、罪人のように檻に入れる事まではしない気がするのだ。
父は私やニーナを殴っていたが、それは死んだ妻への意趣返しという父の心情も考えれば仕方ないともいえるものだ。
母のスキャンダルが公になるまで、父が私に手をあげたことなど無いのだ。
だから、檻に入れるのは酷すぎると言えたが、でも、今は本当の意味で父は犯罪者になってしまった。
それに、今までに彼が幼いニーナにした暴力は、彼の不幸などどうでもいいぐらいに酷い事ではないのか。
「お父様。お父様が受けたらしい恥辱は同情するわ。でも、これはしてはいけない事だわ!国を裏切るなんてしてはいけない事だわ!守られるべき幼子にした事は絶対に許せない事だわ!あなたは弱い人しか殴れない最低な人間よ!」
「黙れ!」
私は再び大きく殴られ、床に大きくその体を打ち付けて転がった。
「ほら、ほら、もうお父様、止めてくださいよ。大事な人質でしょうに。顔が判別できないほどに膨れたら人質にならないのですよ。」
「黙れ!これは私の娘だ!躾けるのが親の役目だ!私は伯爵だ。馬の骨でしかない男は黙っておれ!」
「ああ煩い男だ。」
蛇のような男は父の足を蹴って跪かせ、父の頭を掴んで上を向かせた。
カーター大佐は父の頭を押さえたまま右手を横に差し出した。
すると、控えていた部下が酒瓶をその手に手渡した。
「ごふ、ぐふ。」
父の口には酒瓶が咥えさせられ、その強い酒を無理矢理に飲ませられている。
「ぐはあああ。」
父の口から吐き出された酒は私に思い切りかかり、私は胃液と酒の混ざった異臭で自分までも吐きそうになった。
男はいつの間にか私の前に立っており、私の頭をがしっと掴んだ。
私の視界は男の黒いズボンを掃いた足がほとんどを占めていたが、意識を失った父が彼の部下に引きずられて船長室から出ていく姿も見えた。
「さあ、お父様の退場だ。君の身柄が我が手にあることは侯爵家へ使いを出した。明後日のはずが、小蠅が煩すぎて時を早めるしかなくなった。君はどのぐらいの金額になるのだろう。価値はどのくらいなんだろう。兵隊の足を止める事は出来るのかな。」
私の頭は父がされたように仰向けにされた。
カーターが私を見下ろす目は狂気に輝いており、私は髭も何もないつるっとした肌を持つ男である彼が何よりも恐ろしく感じた。
あんなもしゃもしゃの伯爵には一欠けらも恐ろしさを感じなかったのに!
「ああ、酒塗れで臭い。そんな汚れ物を脱いでしまいましょうか。」
カーターの左手は私の服の襟元に入り込み、そこでグッと力が籠った。
服を破かれる。
「フォルス!」
私は大声で叫んでいた。
「フォルス!助けて!フォルス!」
服は破かれなかったが、船長室のドアは破かれた。
飛び込んで来たのは私の夢の人。
「ミア!ああ!貴様!彼女から離れろ!」
声はフォルスだ。
あなたはフォルスだったの?




