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婚約解消という話

 フォルス様は出立されてちょうど四日目に帰って来た。

 今度も男爵様が首都へと発たれた後すぐにお戻りになられたので、カミラは絶対にわざとだわ、と笑っていた。

 美男子で常に余裕そうなフィッツがたった二日で姿を消した所を見るに、私達には温和そのものの男爵はかなり危険な男なのであろう。

 フォルスは自分の留守の間に起きた事を、つまり男爵家への伯爵未亡人達の襲来や、私達が勝手にパーティドレスをフォルスのつけで作った事、それから男爵の振る舞いでフィッツが消えた事をカミラから面白おかしく聞かされる事となった。


 でも、彼はもしゃもしゃで表情はわからないけれど、なんだか心ここにあらずだという風なのはよくわかった。


 きっとお疲れなのだろう。


「勝手なことをしてすいません。」

「いや、いいよ。どんなドレスを作ったのかな。君が嬉しいならそれでいい。」


 物凄く疲れていて、私が選んだドレスもどうでもよいような口調だった。


「あの、一緒にデザイン帳を見て下さる?」

「いや。パーティで君がそれを着た時を楽しみにしたい。」

「ま、まあ。ありがとうございます。あの、お疲れでしょう。私達の事でご迷惑がまた掛かっているのかしら。」


 フォルスはびくりとしたあと、大きく息を吐き出した。


「ちょっと、話さなければいけない事がある。庭と応接間、ああ、召使の目があるから庭の方がいいかな。大事な話を君にしたい。」


 私は胸がどきんと鼓動を打った。

 とうとう結婚の話をされるのかしら。


「はい。参ります。」

 思いもかけず上ずった声が出た。


 私は彼がいない間、彼が別の可哀想な人を見つけたらと、凄く心配になっていたのだ。

 心配になって、そしてようやく、私は彼と結婚したいのだと気が付いた。

 心の中で恋した人はいたけれど、そう、それは恋愛小説の登場人物のヒーローに思うような憧れに近いのではないかという気がしたのだ。


 私の同意の返事を聞くとそのままフォルスは庭の方へと先を歩き、私は彼の後ろ姿を見つめながら彼の後ろを歩いた。

 彼は私に腕を差し出さないが、今は私の先を歩いているが、絶対に私の歩幅を考えて歩いている。

 ニーナと一緒の時はニーナの歩幅に。

 私は彼の後ろ姿を追いかけながら、彼をとても気遣いのある優しい人だと思いながらも残酷な人とも思った。


 私はあなたの横を歩きたいのに。


「え?」


 私があげた声は小さなものだったが、フォルスの足はピタリと止まり、彼は私に振り向いた。


「どうかしたの?」


 彼の声は本気で私を気遣っている。

 私だけを気遣っている。

 私は彼に向かって右手を差し出した。


「あの、手を、あの。」

 手をあなたの腕にかけていいですか?

 あなたがカミラをエスコートする時みたいに、私もあなたの腕に手をかけてみたいの。


「ああ、そうだね。」

 彼は左手を私に差し出し、私達の手は子供がするように繋ぎ合った。

 彼は私と友達になりたいと言っていた。

 これが丁度良いのかもしれない。

 私は彼の手を掴む手に力を入れた。

 そして、これから庭を歩こうともう一歩踏み出したが、彼は一歩も動かず、私から背けた顔は空を見上げていた。


「フォルス、さま?」


「ああ、庭を一周しようか。私達が一緒に歩くのは今日限りになるだろう。」


「なんの、事ですの?」


 彼は空に向けていた顔を今度は下に向け、婚約は解消だ、と言った。

 私の耳は鼓膜が破れた様にしてキーンと耳鳴りがなったような気がした。

 でも、そんなことは起きてもおらず、これは幻聴では無かった。


「どう、して?」


「君とニーナをアガート侯爵夫人が後見したいとのお申し出だ。君達は侯爵家で、君達姉妹の親友であるマルグリットに守って貰える。私が君を結婚して守る必要など無くなったんだ。」


 喜ばしい私達の境遇の変化であるのに、私は不幸のどん底に陥ったような気持ちになっていた。

 私はフォルスの手を握っていたいのに力が抜けて、すると、するっと私の手からフォルスの手が引き抜かれた。


「君は愛する男性の元に行ける。喜ばしい事じゃないか。」


「……いけるはずありません。彼は貴族でも紳士階級の人でも無いもの。」


「君のお父様は伯爵位を返上されている。君には侯爵夫人が用立てた持参金もある。その男を本気で愛しているのならば、外国にでもどこにでも一緒に行けるのではないか?」


「いけるはずはありません。私はその方が好きでも違うのです!」



 私はあなたも好きになっていたの!

 私はたった数日であなたが大好きになっていたのです。

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