兄嫁という名の婚約者候補達
フォルスには年が少し離れた兄が二人いらっしゃった。
長男ユベールは五年前に公国中で大流行した流感に患ってそのままお亡くなりになり、次男ジョエルは伯爵になった三か月後に領地で落馬してお亡くなりになったという。
それぞれには子供はいないが妻はいた。
彼女達は実家に帰るよりも再び伯爵夫人としての栄華を極めたいと考えているようで、彼女達の夫の弟であるフォルスとの再婚を望んでいるという事だ。
私に耳打ちしたカミラの話では。
私とカミラは以前に私が案内された応接間におり、そこに案内されたという事は以前の私へのように招かれざる客だという証になるらしい。
二人のアルマトゥーラ伯爵未亡人達はそんな待遇をカミラにされている事を知っているであろうに、私達の目の前で高慢そうにしてソファに座っていた。
長男の妻であったジョゼリーン・アルマトゥーラと、次男の妻であったベロニカ・アルマトゥーラである。
ジョゼリーンは黒髪に青い瞳の清楚な美女であるが、美しさを消すような家庭教師風のカチッとした服に身を包んでいた。
少々痩せぎすな上に170ぐらいある長身にその服装という事で、私には彼女が意に添わぬ結婚話に抵抗する乙女のようにも感じた。
反対にベロニカは再婚には大賛成な様子であり、彼女は昼間だというのに胸の開いたドレスを着こみ、コルセットで腰をかなり細く締めていた。
砂時計が派手なひらひらを重ねつけしたようだと思いつき、すると、私の頭の中でひらひらの砂時計がタンバリンを持って踊り出してしまった。
「何か?あなた?」
「ああ、いえ。」
自分の想像で吹き出しそうになった私をベロニカはぎょろりと睨みつけて来たが、私を睨む美しい緑の瞳を囲むまつ毛が焦げ茶色という事が不思議だった。
彼女の髪色は金色なのだ。
それもただの金髪では無い。
縦ロールのようにくるくると髪の毛は巻いていて、天使の髪形と呼ばれる形状なのである。
それなのに、太い眉と密集した長いまつ毛は焦げ茶色なのである。
そのせいで緑色の瞳が際立ってもいるのであるが。
つまり、ベロニカは個性的で物凄く目立つ派手な美人だと言えよう。
「髪の毛の方はカツラよ。あの沢山のまつ毛も偽物。」
ボソッとカミラが私の耳に囁き、その囁き声が聞こえたのかベロニカは天使とは言えない笑顔を私に向けた。
「こちらの方も素敵なお化粧をなさっているわね。右目が奇麗なまだら模様になっていますわ。」
「ありがとうございます。怪我の痕に脅えて目を逸らされるよりも清々しいわ。それで、この機会にと眼帯も作ってみましたのよ。海賊のような。」
「まあ。図々しくアルマトゥーラに乗り込んで来たあなたですもの、きっとお似合いでしたでしょうに。どうしてつけていらっしゃらないの?」
ジョゼリーンの言葉に、確かに図々しく居座っていますわよね、と私は感じ入るしかない。
すると、カミラがおっほっほっほと、しらじらしい程の笑い声をあげた。
「イーオスという海賊がアルマトゥーラにはいるではりませんか。彼は自分への贈り物だと勘違いして自分のものしてしまいましたの!」
なぜか伯爵未亡人達は、ひゅっと同時に息を吸い込んだ。
フォルスと行き違いのようにして自宅に帰って来た男爵は、焦げ茶色の長い髪に灰色の瞳をした大男で、確かに風貌は海賊そのものであった。
カミラが一番好きだと貸してくれた恋愛小説に出て来た海賊のように。
そんな彼はフォルスの不在に舌打ちをして残念がり、しかし、フォルスの友人の滞在を知るや小躍りするほどに喜んだ。
フィッツはイーオスに引きずられるようにして外遊びに連れ出されている。
そしてカミラは騒々しい男爵が追い払えると、大喜びでフィッツを生贄に送り出した。
フィッツはダンス担当の先生だったはずで、彼の不在という事は、これではダンスの練習が全くできません事よ!
「いるの?あの男爵が。首都にいらっしゃったのでは無くて?」
ベロニカは本気で嫌そうにして部屋をぐるぐると見回した。
「そうですわ!男爵様は首都にいらっしゃると聞いていましたわ。万博の開催に男爵が関わっていらっしゃるというお話では無いですか!失敗されたらどうされるおつもりですの!」
ジョゼリーンは男爵の在宅に意見があるというよりは、彼の不在で万博の開催が滞るのでないかというような物言いだった。
「万博ってなんですの?」
ジョゼリーンは嫌味な程に長い溜息を吐いた。
「博覧会の事ですわ。他国の参加で国が主催するような大規模なものを万博と申しますの。こんなこともご存じないとは!」
私は素直に小さくなるしかない。
しかし、私の敵であるはずの片方がはすっぱな声をあげた。
「ええ!万博なんて物を楽しみにしてるのはあなたぐらいのものよ。長男嫁は型に嵌ったつまらない女が多いと聞くけれど、ほんとーにあなたはその通りだわ。五年も一緒にいるけれど、あなたのその取り澄ました所はうんざり。」
「人がアカデミックなものに興味を持たなくなったら猿への回帰よ!わたくしこそあなたにはウンザリ。あなたはいくらでも自由になれるでしょう。別にフォルスで無い方でもより取り見取りで再婚だって出来るじゃない。」
私は目の前で仲間割れをし始めた二人に驚くばかりだが、カミラはこの状態に慣れているのかドレスのデザイン帖を開いて眺め出した。
あら、あの水色のドレスは素敵だわ。
昼間のドレスのようにゆったりした形で、でも昼間のドレスにはありえない胸の開きもあるが下品には見えないのだ。
私の胸は自慢するべきのものだとカミラは言っていたけど、あのドレスのように見せつけるのはフォルスには下品に見えないかしら?
「男を誘うなら頭の良さをひけらかすよりも、胸を見せればいいんだよ!」
私の思考を読んだようにしての下品な言葉が言い放たれた。
それはベロニカで、私は驚いて飛び上がりかけた。
「まあ!なんて下品な!」
抗議したのは私ではなくジョゼリーンだ。
「その下品なこともあなただって結婚したんだからしてるでしょう。ハハハ、もしかしたら、あなた、初夜のシーツを使わなきゃ夫婦の褥も一緒にできないって人?まだ男の裸は見ていませんって、そんな人?」
ジョゼリーンは真っ赤になって自分の胸元を交差した両腕で隠した。
「そんな気取り返ったあんたが、どうやって伯爵さまを垂らしたのか知りたいよ。あんたさあ、パーティでも壁の花確実じゃないのさ。」
「あああ、あなたなんか、パーティ会場にさえ足を踏み入れられない立場の人間でしょう。わ、我が家は爵位は無くとも子爵家の血筋の、し、紳士階級の娘ですわ!お金はあっても商家の娘風情とは違いますの!」
「お黙り!今は私だって伯爵家の貴族様よ!」
「パーティの招待券が一枚も届かない貴族様ですわよね!ジョエルが生きている時だって、ジョエル一人しかご招待されませんでしたものね!」
ベロニカは猫が絞殺される声を出すとジョゼリーンに襲い掛かり、ジョゼリーンは大人しいようでベロニカよりも上背があるからかベロニカの手を抑え込んでいた。
私はおろおろとこの怖い女性達の争いを眺めるしかないのか!
でも、私を扱き下ろしに来たらしき二人が、私を虐めるよりも仲違いで喧嘩しあっているから良かったと思うべきなのだろうか。
「ねぇ、あなたはこのデザインはどう?色は好きに変えられるのよ。」
二人の争いに無頓着どころか完全無視なカミラは、私にデザイン帳を開いて見せつけた。
カミラが見せたバニラ色のドレスの図は素直に美しいと感じた。
コルセットは必要そうだが、コルセットがあるからこそ体のラインがマーメイドのようになるドレスは確かに着てみたいと思う程に素敵であり、私もカミラを見習ってデザイン帳に逃げることにした。
「わ、わたくしは先ほどのブルーのドレスも、す、素敵だなって。」
「うーん。じゃあ、二着つくるか。大丈夫よ、フォルスのお金だもの。」
え?
伯爵未亡人達の争いには入りたくないが、カミラに逃げたらフォルスを散財させることになるらしい。
進退窮まる状態ってこの事?




