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母というもの

 私の記憶の中の母は、ただ微笑んでいるだけの人である。


 私が幼い頃はまだ家にはお金があり、貴族の子供達が親ではなく乳母に育てられる慣習通りに私にも乳母がおり、母や父に「おはようございます。」や「おやすみなさいませ。」の挨拶の時にしか会えないのだからそんな印象も当たり前なのだろう。

 けれど私が七つになるぐらいの頃に母のスキャンダルが(おおやけ)となり、父は酒浸りにギャンブル狂いと身を持ち崩し始めた。

 我が家から召使は一人二人と消え、母が亡くなった時には母の侍女のユゼファ一人だけが残っているという状態だった。


 私とニーナ、特にニーナが生き延びられたのは、ユゼファが母の死の後も給金が無くとも家に残ってニーナの世話をしてくれたからだ。


 彼女はニーナが四つになる頃に買い物に行ったまま帰って来なくなった。


 それからは私が一人で家事をしなければいけなくなったが、家事を理由に家の外に出ることが出来るようになったのは大きな利点だった。

 私は殴られ脅えるだけの生き物から、逃げるための計画を練る事が出来る人間へと変化できたのである。

 結局は自分の力だけでは、逃げることも、ニーナを守りきることも出来なかったが。

 こんなことを考えるのは、私の目の前にいる人のせいであろう。


「あなたは我慢強いのね。こんなに恐ろしい怪我をしてるのに泣き言一つ言わないなんて。」


 私達を追い出したかったはずの男爵夫人は、私の怪我を一目見るや、なんと、ヒヨコを守るめんどりのように私を守ろうとし始めた。

 彼女は私とニーナを「こんな寒々とした応接間」から追い立てると、二階の彼女の部屋の近くにある客室に私達を放り込んだ。

 広々として日当たりのよい部屋は、黄色の小花が散ったバニラ色の地に青灰色のボーダーが横に引かれているという壁紙が貼られている。

 備え付けの家具は青く塗られたシンプルなもので統一されており、華やかでも煩くない若い男性の部屋のような雰囲気だった。


「フォルスが勝手に自分の部屋にした部屋よ。だからあなた方も勝手にここを使いなさいな。あの子はお友達が来ていたじゃない。お友達が使っている部屋の隣で充分よ。」


「あ、あの、そうしたら彼の私物は。」

「大丈夫。あの子の物は移動させたから。ふふ、マットレスも全部取り替えましたから男臭くは無いはずよ。安心して居座りなさい。」

「あ、ありがとうございます。」


 私は面食らっていた。

 貴族の女性なのに、男爵夫人は母と違ってこんなにも生き生きとして、こんなにも力強い人なのである。

 彼女が母の身の上だったら、絶対に母のように不幸せのままでいようとはしなかっただろう。


 私は彼女のようになれたら良いな、と思った。

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