何も持たない伯爵令嬢
5/24 颯爽と現れた筈のフィッツさんの名前表記間違っていました。
ご指摘くださった方、本当にありがとうございます。
フィッツジェラルドは小さなイでしたね。
ごめんなさい!フィッツ!
エグマリヌ男爵夫人は伯爵の母親同然だとアルマトゥーラ伯爵は言っていた。
だが、母親なのだと考えれば、母親だからこそ大事な息子が不幸に片足を突っ込むような婚姻を認めるはずは無い。
私は結局認められなかったようで、男爵夫人にお会いできるどころか応接間に閉じ込められ、伯爵は怒り出して男爵夫人に詰問へ行ってしまわれた。
そこで帰ってくる彼を待ちながら、私と妹はお茶とケーキをモクモクと食べていた。
「お姉さま。この応接間は我が家の応接間よりも豪勢ですわ。それなのにフォルス様がこんな粗末な所をって怒ってしまうってことは、本物の応接間なんて入ったら私は気を失ってしまいます事よ!」
「まあ、ニーナ。わたくしもそう考えていた所よ。何も知らなければ、この美味しいケーキと紅茶で歓待されていると勘違いしていましたものを。どうしましょう。これがわたくしを認めていないという意思表示なのだとしたら、歓迎されてしまったらどうしていいかわからないわ。」
私達は貧乏過ぎたのかもしれない。
初めて食べたフルーツケーキには何種類あるのかわからない程のドライフルーツがぎっしりで、こんなケーキは建国などのお祝いの時に食べるものじゃないのかと驚いたぐらいだ。
家では何度も自分達で作り食べたことあるクッキーというものでさえ、食べた事など無かった芳醇なバターが香る至福な味わいのものなのだ。
「お姉さま。私は蔑まれてここを追い出される事になっても、絶対にこのお屋敷に来たことを恨みませんわ。」
「ええ、ニーナ。わたくしもその気持ちよ。わたくしはチョコレートなるものを初めて食べました。それも、ああ、今口にしたのはお酒がしみ込んだチェリーが入っていましたわ。ああ、わたくし、これを食べられただけで後悔はありません。」
「え、お姉さま。それはさくらんぼ入りだったの。」
「あら、でも、お酒も入っていたわ。お子様のあなたには……。」
「お姉さま!これを逃したら二度と私はさくらんぼ入りチョコレートを口にする機会は無くてよ。」
私は自分達の不遇を考えた。
ここを追い出されたら結婚話も無くなるのだ。
では、チョコレートなど一生食べられないのではないのか?
私は眼前に輝く黒い宝石のどれも食べてもいいと、ニーナに許可を出してあげることにした。
「もちろんよ。今日だけの幸せですものね。」
ニーナは私を見上げてうるうると瞳を潤ませた。
「お姉さま!」
アハハハハハハハハ。
若々しい男性の笑い声が応接間に響き、私達が伯爵が戻って来たのかと振り向けば、戸口にいるのは初めて見た若い男性である。
伯爵よりも細身の体で、伯爵よりも明るい髪色。
そう、輝ける太陽神のような金髪に金目のその男性は、私達に対してダンスを踊る前の挨拶みたいに胸に右手を置いて腰を少し落とした。
「初めまして。僕はもしゃもしゃ伯爵の親友のフィッツジェラルド・シーフル子爵と申します。フィッツと呼んで頂ければ、あなた方の行く先々であなた方を守るべく参上仕りましょう。」
こういう時に社交を知らない人間は本当に恥ずかしい思いをする。
私は女性は身内か友人知人に紹介された時にしか男性に挨拶を返してはいけないというルールを知っているが、こういった場合はどうすればよいのか知らないのである。
やはり私には伯爵夫人になる資格など、無い。
けれど、挨拶をどうするか悩む必要は無くなった。
戸口に立つフィッツ子爵が誰かに後ろから突き飛ばされたのだ。
「うわっと、転ぶじゃないのさ。何をするの!」
「君こそ何をやってんの。どうして君がここにいるの?」
「何って、君は――。」
あら不思議。
突き飛ばされた男は自分を突き飛ばした男に抗議することをやめ、自分を突き飛ばした男を指さして笑い転げ始めたのだ。
すると、伯爵は自分を指さしたフィッツの手を掴むと、笑い袋となった青年を引っ張って再び戸口の向こうに消えた。
そして、彼等が消えてすぐに別の声が応接間に響いた。
「何てこと!あの男は何を考えているの!」
艶やかな黒髪に黒い瞳、そして、尖ったあごで意志が強そうに見える美しい年齢不詳の美女が出現したのだ。
彼女が着ているハイウェストの緑色のドレスは、たっぷりと布地をとった裾の方に金色の糸で古代語の帯のような刺繍が施されていうものだ。
彼女こそカミラ・エグマリヌ男爵夫人であるのだろう。
私とニーナはすぐに席を立ち上がった。
この場合ならマナー本に書いてあることを応用できる。
 




