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宿屋

 人が寝静まった時間帯でも、伯爵という名とお金さえあれば宿の扉は好意的に開かれるものだ。

 私達は宿屋の女将に嫌な顔一つされずに客間に案内され、その部屋が寝室と居間が続き部屋となっている身分の高い人用の特別室であることに驚いた。

 そして、私とニーナにこの恐れ多い部屋を使えとアルマトゥーラ伯爵は言うのである。


「あたしだって、偉い旦那さんが使うべきだと思いますけどね。この部屋以外は普通の客室なんですよ。旦那様、本当に良いのですか。」


「ええ。女の子の安全が第一ですから。」


 伯爵はもしゃもしゃの顔を女将に向け、笑顔なのかもしれないがもしゃもしゃでしかない顔を向けられた女将は大きく溜息を吐き、そのまま階下の方へと戻っていった。


「早馬で夜食の準備もさせるように連絡してありましたから、すぐに女将は持ってくると思いますよ。私は向かいの部屋を取りましたから、何かあれば叫んでください。必ず助けに参ります。」


 私達にも彼はもしゃもしゃの顔を向けたが、でも、私には彼が物凄い笑顔を向けているような気がして、嬉しい気持ちのままありがとうと言っていた。


「ああ、いや、こんなのは、ふ、普通で!では、おやすみなさい!」


 彼の擦れた慌て声は、彼が照れている、と私に思わせた。

 私はあたふたと向かいの粗末なドアへと歩いていくアルマトゥーラ伯爵の後ろ姿を見送りながら、私が彼が怖くない本当の理由を知ってしまった。


「彼の声がとても好ましいからだわ。」


「お姉さま。お姉さまもそう思う?私もフォルスさまは素敵な声だと思うの。」

「このおしゃまさん。それで、どうしてわたくしの先にフォルス様なんて呼んでいるの。あなたはボスコ様でしょう。」

「お姉さまったら。フォルス様こそフォルス様ってお姉さまに呼んでほしいって、お願いしていたのに呼んで差し上げなかったくせに!」

 ニーナは顎をツンとさせて言い返して来た。

 確かに、彼は馬車の中で名前を呼んでほしいと私に頼んだ。


「ああ、名前も呼んで貰えなくて可哀想なフォルス様。」


 ニーナはアルマトゥーラ伯爵、フォルス様、に夢中だ。


 宿屋に入る前に自分の頭の状態を思い出したらしきニーナは馬車で寝ると言い出し、だが、伯爵は自分のスカーフを解くとニーナの頭に巻いて、それだけでなく自分のブローチの一つをそのスカーフに飾ったのだ。

 宝石が飾られたトンボという綺麗なのか悪趣味なのか私には判別のつかないアクセサリーだったが、ニーナが水色のスカーフにもトンボにも大喜びしたからそれは構わないのだ。


 実際にスカーフを頭に巻いた今のニーナは、無残な坊主頭の女の子ではなく、異国趣味の貴婦人のようにしか見えないのである。


「ねえ、お姉さま。明日からはフォルス様って呼んで差し上げなさいな。」

「そうね。でも、結婚式が終わってからにする。」

「なあぜ?」

「だって、あなたの奥様になりましたって、そういう気持ちを知ってもらえたらいいかなって思うのよ。ええ、わたくしがそうしたいってだけなんだけど。」


 私を見上げていたニーナはがっくりと頭を下げた。


「まあ、急にどうしたの?」

「だって、私のせいでお姉さまは恋した相手を忘れるのでしょう。」

「それは違うわ。そしてね、フォルス様は嫌々結婚する相手では決してない。あんな素晴らしい方がわたくしに真心をくださるならば、わたくしもあの方に真心を返したいと思っているの。」


 ニーナは首が折れるんじゃないかという勢いで顔をあげ、そしていつものような生意気を言った。


「あら残念。私が大人になってフォルス様と結婚しようと思ったのに。」


「ふふ、残念ね。さあ、お部屋に入ってしまいましょう。お夜食が来る前に旅の汚れを落としてしまいましょうか。」

「賛成!」


 私達はこんなに幸せな気持ちで夜を迎えたことなど無いと有頂天で、それだけで私達にはフォルスが神様のようでもあった。

5/12 この部屋以外は旦那様は普通の客室なんですよ→この部屋以外は普通の客室なんですよ

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[気になる点] ここがちょっと気になりました。 >「お姉さまったら。フォルス様こそフォルス様ってお姉さまに呼んでほしいって、お願いしていたのに呼んで差し上げなかったくせに!」 [一言] たくさん続き…
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