お相手はもしゃもしゃ様
私は毛深い男性は好きではない。
どんなに良い方でも、ブラウスの袖口からもさっと体毛が出ている所を見てしまうと、大変申し訳ないのだが私はそれだけでお付き合いはごめんこうむりたいと身構えてしまう。
それは自分の父が体毛が濃いからかもしれない。
彼はちょっとしたことで声を荒げ、私や妹に手をあげることが多々あるのだ。
私は私を殴る父の腕を思い出すから、体毛の濃い男性に近寄り難いと感じてしまうのかもしれない。
ただし、一名を除いて。
出会いは偶然というよりも、魔が差した、と言った方が正しいだろう。
私はとある夕方のある日、父の機嫌が悪いからと妹を連れて近くの公園に出掛け、そして、大きな馬鹿犬に出会ったのである。
真っ黒くてもしゃもしゃの犬はモップのような形状だが、ゴリラかクマぐらいのサイズという凶悪なものだ。
それが私と妹に向かってきた!
私は咄嗟に妹を押しのけて逃がしたが、私そのものは凶悪な犬に押し倒されてしまったのだ!
「お姉さま!」
「いいからあなたはお逃げなさい。この獣はわたくしが引き付けておきます!」
「ですが、お姉さま!その犬はしっぽを振っていますわ。」
「まあ、ほんとう?」
私は自分を押し倒した犬を恐る恐る見上げれば、鼻しか見えないモップ状態は変わらないが、襲いかかるという表現が似つかわしくない程に私に愛嬌を振りまいていた。
「まあ、自分が子猫サイズと思い込んでいる馬鹿犬ですのね。」
私が頭を撫でてやると犬はさらに尻尾を振って喜んだが、ハフハフと興奮するだけで私の上から退いてはくれなかった。
「もう!お退きなさいよ!この馬鹿犬!」
「お姉さま!お姉さまも黒づくめですもの、この犬はお姉さまをお母様と勘違いなさっているのでは無くて?」
「まあ、そうなのかしら。ねえ、あなた、わたくしはお母様じゃなくてよ。あなたは自分を取り戻して!」
「自分を取り戻してもただのすけべえな馬鹿犬ですよ、お嬢さん。本当に申し訳ありません。」
素晴らしく清々しい声と一緒に私のうえから巨大な毛玉は取り除かれ、私は解放に大きく息をついてから身を起こした。
「まあ。」
犬の首輪を掴んだだけで大きな犬の動きを制してしまった大男は、犬のように毛むくじゃらな顔をしていた。
いや、犬のように顔がわからないと言ってよいだろう。
顔の下半分はもしゃもしゃの髭で覆われ、顔の上半分はウェーブのある栗色の髪でもしゃもしゃに覆い隠されているのだ。
「お姉さま!雪男ですわ!雪男は大きな獣と一緒に現れると聞きました!」
「まあ!なんて失礼なことを!あなたは!」
ハハハハハ。
「いえ、失礼なのは僕の方ですよ。飼い犬すら主人の姿に脅えて逃げたしたというこの姿でご挨拶することになってすいません。私はフォルス・アルマトゥーラ。雪男でも変態でもありませんが、あの、あなたの服を汚してしまいました。私の家がすぐそこです。お洋服の汚れを落としにいらっしゃいませんか?」
「お姉さま!独身男性らしき方の家に行ってお洋服を脱いだら一大事ですわ。」
「こら、ニーナ。うふふ、でも、妹の言う事も一理ありますから、ごめんあそばせね。」
私とニーナは手を取りあうと、姉妹だもの、一身同心のような感じでもしゃもしゃ男の前から身を翻して駆け出した。
気分を悪くさせたかもと一瞬考えたが、私達の背中に響く好ましい若い男性の笑い声で、なんだか気持ちだけ軽くなったような気がした。
私達は彼の笑い声のお陰か、帰りたくない家に逃げ込むのに楽しい笑い声をいつの間にか立てていたのだ。
「で、結婚式は一か月後だ。文句はないな。」
私は物思いから自分を取り戻すと、物思いに浸ったままの気持ちで父親を見上げた。
「もちろんですわ。お父様。」
二年前のあの好ましい男性こそフォルス・アルマトゥーラ伯爵様だ。
二年前に恋をしたあの人が勧めるならば、私はきっと幸せになるだろう。
とっても毛深い人かもしれないが。
5/21 さあ、本編書き終わったので、改行等これから挑戦してみます!
※雪山遭難の救助に犬が駆り出されていますが、その犬達が遭難者の幻覚で熊か化け物と思われて撃ち殺されるという悲劇も時々あります。そういった間違いからか、雪山には犬を連れた雪男が命を奪いに来るという伝承があったりします。ので、ニーナはそんな昔話の本を読んだことがあるという設定です。