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その自由な世界は電脳空間

私の知らない存在するようでしない世界がそこにはあった。

ボタン一つでバーチャル空間に意識が転送される超小型パッチ型通信機、通称ぱっちゃる。発売当初、その高額さに反比例し飛ぶように売れたその商品はライト版やさらに性能を高めたものなども販売されており実に様々な型が存在している。ぱっちゃるは現在その人気を世界にまで広め、日本国内だけでも28万台も売れていた。

だが最近になってそのぱっちゃるにひとつの問題点が発覚した。最近ぱっちゃるにて転送されるバーチャル空間に悪い噂が立っている。ぱっちゃるは額にぺたりと貼ればそれだけでバーチャル空間に意識が転送されるのだが意識が向こうにある時はどうあってもこちらの身体を動かすことが出来ない。そして向こうである事が起こると二度とこちらでは目覚めることが出来ないというのだ。そのある事というのは「死」である。

最初の報告は子供が目覚めないという母親が販売会社に問い合わせた時の事だ。その少年の元へ開発者が向かい直接ぱっちゃるにコンピュータを繋ぎなぜ目覚めないのかを詳しく調べた。だがいくら調べてもぱっちゃるの不具合は見つからず最終手段として開発者はその少年の見ている景色を画面に映し出した。画面に映ったものは一面の黒。それだけだった。脈拍、呼吸、共に何ら異常はない。だがその少年が目を覚ますことは無かった。この事件が発生した直後、販売会社は業界からその姿を消し、当時その会社の営業として働いていた友人もその数日後どこか姿をくらましてしまった。

「俺たちはあの空間に死なんて概念を作っちゃいない。」

彼は居なくなる前それを何度も繰り返し言っていた。

そして警察は何故かこの事件を隠蔽し、知らぬ存ぜぬを貫いている。そしてこの事件はまだ続きを見せる。警察のこの対応に反感を抱いた母親はすぐさま警察とその会社を裁判所へと訴えた。しかし裁判所は裁判をすぐには取り合わず数日経つ頃、突如母親は訴訟を取り消し、その更に数日後自宅のマンションで手首を切り落として自殺した。謎が謎を呼んだこの事件は結局世間では息子が植物状態になり精神を病んだ母親がとち狂ってぱっちゃるのせいにして訴えたのだろうという結論に至り、すぐに皆の頭の中からその影を薄めていった。

だが私はこの事件を知っている。何故か、私がそのとち狂った母親を1番近くで見ていたからだ。私はこの狂った一連の事件の真相を知りたかった。ある日突然動かなくなってしまった兄とそのせいで死んだ母親の真実を、そしてこの機械に狂わされた人生の精算を。

起動方法は簡単だ。ぱっちゃるの電源コードを繋ぎ、コンピュータと同期させて公式より配布されたソフトウェアを立ち上げる。そのまま額にぺたりと貼れば準備は完了だ。あとは布団にでも寝転び、転送を願えば脳波を判断しぱっちゃるは起動する。

「……いくか。」

私は覚悟を決めて両の手をぐっと祈るように組んだ。

ー転送ー。

すうっと身体が軽くなる。まずはここで自分の使うアバターを作成するようだ。事件のことを知るためとはいえ自分の向こうでの身体だ、せっかくなので好みのものにすることにした。

性別は女、ロングヘアーで髪色は……

そうやってガチガチに固めた理想の人を作成する。

ーこちらのアバターでよろしいですか?ー

「こんなもんか……割と可愛くできたな。」

私ははいのボタンを押して先へ進む。本格的な転送が始まり、私の意識はしばしの間真っ白に覆われた。

ぱっと目が覚めると、そこは広場だった。転送されれば必ずここに来るのだろうか、周りには待ち合わせをしている人が沢山いた。

「思ったよりいっぱいいるんだな……」

そういって私は少し感動を覚えた。兄がいつも遊んでいたとはいえ話を聞くだけで一度も遊んだことはない無かった私は少し歩いては周りをキョロキョロしていた。

「ここに来るのは初めてかい?」

そう言われて私はくるっと振り返る。すると後ろに立っていたのは筋肉質の目方百貫はあるような大男だった。いかにも村人Aが話し出しそうな言葉で話かけてきたがこいつは一体誰なのか、キョトンとしていると大男は突然笑いだした。

「ははは、本当に初めてっぽいな。俺はコブラ、この先の店でカフェをやってる。」

自らをコブラと名乗るその男は私の背中をばしばしと叩いて笑っていた。それにしても店……?

「店って……なんで店なんかやってるんです……?なんか冒険とかするんじゃないんですか?店なんてCPUとかがやってるイメージなんですけど」

そう言うとコブラはニヤッと笑った。

「この世界はな、冒険するも自由、平穏に暮らすも自由、そして店を開くのも自由なんだ。ついでに言うとこの世界にCPUなんてもんは存在しない、ここにいる人間は全員現実の人間なんだ。当然そこの八百屋の店主だってプレイヤーだぞ?」

そう言って指さした方を見ると沢山ある野菜を少しつまみ食いする八百屋の主人がいた。確かに、CPUなら絶対にしないだろう。

「そう……なんですね。はじめて知りました。ありがとうございます。」

私がぺこりとお辞儀をするとコブラはほう、と言って顎をさすった。

「さっきから丁寧な言葉遣いに加えてお辞儀するってことはさてはお前日本人だな?俺は日本人が大好きなんだ。色々教えてやるから店まで着いてこい。」

そう言うと私はそのまま腕を掴まれて引っ張られた。

この先の幾度となく助けられる事になるこの謎の男コブラとの出会いは私のこの世界での大きな物語のその始まりの1ページにしか過ぎないことを私はまだ知る由はなかった。そしてこのゲームの謎、まさにそのパンドラの箱を開けてしまっていたことも私はまだ知らなかった。

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