翌日の菜畑家の父と息子
日曜日。特に予定もない。
昼食後、いつものように父にあの広場に誘われ、いつものように広場のベンチに腰かける。
二人は顔を見合わせることなく正面を向いたまま会話を始める。
「ナツ、昨日は遅かったな。なにか、、あったのかい?」
父さんは無表情だった表情を少し緩ませる。
「知ってんだろ。なにがあったかは」
「知ってるはいる、が、、詳しく教えてくれよ。」
俺と父さんの間には隠し事と言える隠し事はない。だがらある程度の範囲のことは話している。
「、、あれがあった後、反省会させられて」
「反省会とは?」
当然の反応だ。告白されて付き合いだして五分もたたないうちに反省会。普通の人なら理解ができない。
「マニュアル通りにやらなかったことに対しての説教。一時間ほどかかったかな、正座で。」
あのときいつ俺が正座しだしたかは覚えていない。説教が始まったときはたしかに俺もあいつも立っていた。が気づけば俺が正座、あいつが仁王立ちになっていた。
「正座で、、ね。それから?」
なにか自分にも思い当たる節がある、父さんの顔はそんな表情だ。
「さあ帰ろうと思ったらあいつが寝ちゃって、おろおろしてる間に日付変わって、急いであいつのチャリ押しながらあいつをおぶってあいつの家行って、あいつ寝かせて帰ってきた。」
「あらあら、優しいなぁナツくんは。まぁ良かったんじゃないの?お前にも春が来て」
確かに要所々々では俺の心の中はものすごい春模様であったのだが、、
「春ねぇ、、時々極寒になりそうな春なんだよな。」
「おぉ怖い怖い、、気を付けろよもしかしたら苦労するぞお前」
俺は父さんが、自分は苦労してます、そう明言しているように思えた。
「もう苦労してるよ、、あいつの呼び方、、ナツキヨのままでいいかな?」
「知らねっ、勝手にしろよ。」
父さんの口調が一気に冷たくなった気がした。さっきのあれのせいだろう。
「そーいえば、さっきの怒ってる?」
「いや、怒ってはないけどくたびれたよ。」
昼食中、俺は母さんに父さんがあのマニュアルを渡してきたときに俺に言ったことを教え、実際はどうだったのかを聞いた。
結果的には父さんがどうしてもって感じで母さんに迫っていたらしいが、それに行き着くまでがすごかった。
毎度のことだが怖い母さんが出てきて相変わらずの圧力で父さんの顔をひきつらせ。完全に主導権を握り。常に薄気味悪い笑顔で質問を続け。少しでも濁そうとすれば[~で?]を使い、した、と言えば正解になるように言い換え。時間がかかれば[はやく!]と迫る。そして気づけばお父さんが正座で母さんは仁王立ち。
どこか怖い夏清さんを思い起こさせるような凄く圧倒的な責めかただった。
「そろそろ慣れろよ、てか、なんでそんな嘘をついたの?」
口では、慣れろよ、といってみたものの俺も昨日の怖い夏清さんに慣れる日が来るとは思えない。
「何となく。」
何となくで嘘をついてあの責められ方か、割りに合わないな。
俺もマニュアル通りにしなかっただけであの仕返しだからな、俺の方が割りに合わないかもな。
「しかし、告白する相手に告白するのでこの通りに進めてくださいってマニュアル渡すか普通。」
あのマニュアルを渡されたのは先週のこの時間だ。
「ナツキヨちゃんね、、あれ見たとき父さんも驚いたけどまぁナツの方はよくわかってるんじゃないの?」
考えてみれば俺の家族の中であいつを、夏清、と呼ぶのは誰もいない。両親も、姉も、ナツキヨ、と呼ぶ。
「あいつのマニュアル使う癖中学からか、」
「そうだね。」
あのマニュアルだけではない。あいつから渡されるマニュアルは全てこの時間に父さんから渡された。
「少しでもマニュアルと違うことをすれば、あいつが暴れだして、」
毎年のように俺はマニュアル通りにやらなかったが、決まってあいつの誕生日の二週間前のこの時間にマニュアルが俺に渡され、毎年のようにあいつは暴れた。
「うん、」
「最終的に俺が膝に手をついて必死で謝っているるところにあいつがうっすらハニカミながら手を差し出す」
「そして?」
「かえり道ずっとあいつに、説教される」
「よくわかってんじゃん。」
そうだ、あいつはいつもそんなやつだった。
マニュアルを渡されたときはどんなに暴れても最後は嬉しそうにハニカミ、優しい顔をしてくれた。
あいつの中ではそれで楽しかったのかもしれない。
昨日との違いは、昨日はうっすらとしたハニカミが一段階上がって微笑みになったことと、説教中正座させられていたことくらいだ。
いや、昨日とそれらのときの違いはもうひとつある。
「そして別れ際に、また明日って言われる。」
二人とも肘を膝につけ俯いた。
空気が一気に重くなり二人とも小刻みに震えだした。
二人ともあれを思い出したのだ。
「ナツ、、お前、今日の、予定は?」
「何もないけど、、恐らく、、いつも通りかと、、」
高校入って部活をすぐにやめた俺は毎週日曜のこの時間のあとはあいつのサイクリングに付き合わされるか、俺の家であいつと少年漫画を読むかの、二通りだ。
だがここ三ヶ月は毎週のようにサイクリングに付き合わされている。
が、例の一件で俺の自転車は壊れた。
あいつのことだ、走りでついてこいと言われそうなきしかしない。
「そ、そうか、、、良かったじゃ、ないか、仲良くやれて。ハハ、ハハ」
違うんだよ父さん、いつも通りだけどちょっと違うんだ!と言いたくなる気持ちを抑える。
「と、父さんは?よ、予定は?」
「ハハ、ハハハ、い、いつも通りだよ、ハハ。」
可愛そうに。この人はまた買い物に付き合わされるか。
父さんは俺の後ろの人影に気がつき、、
俺は父さんの後ろの人影に気がつく、、
二人の小刻みな震えは一瞬で止まった。
「ナツ、楽しんでこいよ。」
「父さん、姉ちゃんによろしくな。」
父さんは言葉を残し母さんに腕を引っ張られながら家へと帰っていき、俺は首絞められたまま体を後ろに反らされ、あいつの自転車のもとへと連れていかれた。
恐らく父さんも思っただろう、二人はにていると。
この日のあいつはいつも通りのナツキヨだった。