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異形種々雑話5「娘の嫁入り」

作者: ロジーヌ

挿絵(By みてみん)

狐の姫が鬼の住む山に行ったその日から、狐一族の間では、とある話題でもちきりだった。


末っ子姫様が結婚なさると。

相手は鬼らしい。

しかも天狗の差し金だと。


化け狐から普通の狐まで、山じゅうが騒がしい。


これは荒れるな

今のうちに逃げたほうがよい

山が無くならなきゃいいがな


縁談に似つかわしくない、不穏な雰囲気だ。

そう、本当に山が無くなりかねないのだ。

何故か。

九尾である。




「父上」

あの日の晩、とびきりの笑顔で九尾の寝所にやってきたのは、尾が三本の末娘だ。

小柄で、子供みたいな体つきだが、これでも十八。

垂れ気味の大きな目はときたま妙に大人びた表情をつくる。

「おお、来たか」

幼い頃から寝所で寝物語を聞かせてやったが、さすがにこの年齢になると周囲からも寝所で会うのは止められ、最近は顔を合わせる機会も減ってしまっていた。


うん、可愛い。さすが俺の娘。


久しぶりに会う愛娘を見て九尾は上機嫌になる。

九尾は、その名の通り尾が九本ある、狐一族の長だ。

もう何百年生きているかわからない彼は、強大な力を持ち、神界にも人間界にも異形の間にも数々の伝説を残してきた。

そんな彼が人の姿を形作ると、そんなものものしい逸話を想像できないような優男になる。

垂れ気味のまなじりを更に下げ、同じく垂れ目の可愛い幼子の姿を膝の上に乗せたり、小さな狐の姿を掌に抱いたり。か弱い三本尾の末っ子と、可能な限り一緒に過ごしてきた。

今日は、迷ったところを助けてもらったという鬼のところへ、挨拶にいかせた。

どうしても礼がしたいと姫に言われたので、お目付け役をごそっと付けて、ついでに礼の品物もごそっとつけて送り出した。

まあそこまでやらなくとも良いかなと思ったが、姫の頼みなら仕方ない。

「どうだ?恩人には会えたか?」

実は、里に戻ってきたお目付け役には既に様子を聞いたのだが、歯切れが悪く、姫からご報告したいとのこと、としか言われなかった。

まあ、俺の娘として、周りの異形どもに顔を売るのも悪くない。首尾良く近隣付き合いをこなしてきた愛娘の得意気な顔を見るのを、九尾は楽しみにしていた。

しかし、なにか想像と違う。

「父上、実はご報告があります…」

頬が赤い。何やら胸騒ぎがするが、平静を装い、なんだ、と促す。

私…。と、ためらったかと思いきや、勢いよく言葉が出た。

「お嫁に行きます!」

きゃ、恥ずかしい!と姫が手で顔を隠したのは正解だったかもしれない。

もし見えていたら目の前にあったのは、長としての威厳も九尾としての畏怖もない、ただただ呆然と口を開けた、間抜けな父親の顔だった。





それから数日、天狗の山では珍しい光景が見られた。

「駄目!もっとしゃんとして!」

天狗の屋敷の庭から、烏天狗のきびきびした声が響く。

「しゃんと、って何だよ~」

疲弊しきった声の主は、鬼である。

この度執り行われる狐の姫と鬼の婚儀だが、特段用意するものもなく、着の身着のままで構わないと狐たちからは言い渡された。

鬼は言葉どおりに捉えたが、同席する天狗たちーー特に烏天狗からは、せめて着物は着崩さぬように言われたのだ。

「だってあんた、すぐ脱ぐじゃない」

烏天狗が心底嫌そうに言う。

「うるせえな。本当は脱いで欲しいんじゃねえの?」

鬼も負けじと、わざと片肌を脱ぎながら応戦する。

「欲求不満なら相手になるけどな?」

勿論冗談だが、ここが天狗の家ということを半ば失念していた。飛んできた天狗の蹴りを、間一髪でかわす。

「…婚礼前に怪我しないで良かったな」

あーあ、と烏天狗は溜め息を吐いたが、これ幸いとばかりに鬼はそのまま走り出した。

「あ、こら!」

かろうじてこちらの声が届く位置から、ちょっと水浴びしてくる!と声がこだまし、そのまま消えた。

やれやれ、と顔を見合わせた2人だが、頭上からの笑い声に驚き顔を上げる。

「父さん」

天狗の父親、大天狗だ。

庭木に悠然と腰掛けている様子をみると、一部始終を見物していたらしい。

「相変わらずだな、あいつは」

困ったやつだ、と全く困っていないような口振りで言う。

やれやれ、父さんも鬼に甘いな、と天狗はひとりごちた。




その時、辺りが急に暗くなった。

木々はざわめき、鳥が騒ぐ。地鳴りがして足元に地面の痺れが伝わってきた。

もしや、と大天狗が羽団扇を構えるやいなや、一陣の強風が天狗たち目掛けて吹いた。

触れたら皮膚が避けそうな風刃を羽団扇のひとあおぎで押し返したとき、金色の竜巻が3人の前に舞い降りた。




「大天狗よ…」

風を弱めた竜巻の中心から、低い唸り声を上げて何かが立ち上がる。

「…九尾か」

顔かたちは人型を保っているが、肌は紅潮し尾は逆立っている。

大天狗と九尾の付き合いは長いが、このような姿になることは滅多にない。九尾は天狗たち三人を見回すと、鋭い爪を有した拳に力を込めた。


「…お前たちが…あの子を」

烏天狗が頭上を見上げると、暗雲が立ち込めている。しかし不思議なことに、本当にこの場所だけなのだ。


視界の隅に捉えた景色は、普段通り新緑の瑞々しさをたたえている。

「あの子とは、末姫のことか。変な輩に見つかる前に助かって良かったな」

大天狗はひとごとのように答える。

「そうさな。変な輩にな…」

九尾の体が、一回り大きくなったが、気にせずに大天狗は喋る。

「俺たち天狗には礼はいらん。なに、鬼が一番良いものを手に入れたようだから、俺はそれで満足だ」

うんうん、とわざとらしく頷いてみせる。

刹那、九尾がその手を大天狗目掛け繰り出した。

体を裂くような鋭さをもったそれを、大天狗は団扇で巻き起こした風で軽やかにいなす。

「どうした九尾。お前らしくないな」

「…よくもぬけぬけと」


天狗と烏天狗は、二人が起こす風が直撃しないところまで下がり、場を見守っている。

「ねえ、なに?九尾様がこんなお怒りになられるの、初めて見たわ…」

烏天狗は、固唾を呑んでいる。不安そうだ。一方天狗は、やれやれ、と呆れた表情をしている。

「あー…まあな。こうなるかとは思ったけどな。まあ父さんが相手してくれてるから、いいか…」

天狗が父と、その旧知の間柄である九尾を見る。

一触即発の空気が、大天狗の言葉で崩れた。


「何百年も生きてるくせに、娘が嫁にいくくらいでがたがた言うな」

刹那、九尾の体が大天狗目掛けて飛ぶ。

「うるさい!」

あーあ、と溜め息を吐く天狗の隣で、烏天狗が目を丸くした。

「鬼なんぞに、俺の可愛い娘を引き合わせやがって!」

雷が近くの大木に落ちた。めりめりと幹が避ける。

「言っておくがな、夫婦になりたいと言ったのは姫のほうだ!逆恨みも甚だしい!」

大天狗は口元に笑みを浮かべながら軽やかに飛び上がり、既に半獣の九尾が起こす風をかわす。風は雲を呼び、雷雲となって強い雨を降らせた。木々は倒され、大地はえぐれ、草花は枯れた。

幸い、動物たちはこの不穏な空気をいちはやく察知し、逃げたようだ。

狐と天狗、両一族の長による、天地を揺るがすかのような戦い。


「…娘が嫁に行くのが嫌で、喧嘩を売りにきたってこと?」

「そういうこと」

呆れた烏天狗に、のんびりと天狗が答える。

濡れないように、どこからか取り出した傘に身を隠しながら、二人は長老たちの戦いを静観している。

「老け顔のお前に父親の心の機微がわかるか!」

「若作りしてるだけでお前の方がじじいだろ!」

もはや嫁入り云々の話ではなくなっている。

子供のような罵りあいと、それにしては被害甚大な戦いは、ひとときほど続いたのち収束した。


九尾は泣き崩れる。

「あの子だけは…末姫だけは手元に置いておこうと思ったのに、よりによってあんな女癖の悪い鬼のもとへ拐われるなんて…浮気をされたらあの子があまりに不憫…」

「女癖が悪いのは九尾も同じだろう。何百年も次から次へと」

大天狗の言葉は容赦ない。しかしあまりにも悲しむ九尾を見て、大天狗もさすがにかわいそうになる。


「まあ、あの子は可愛いからな…そうだ」

そこで何やら提案を始める。これで何事もなければ、夫婦として認めてやれ、と。

しぶしぶ九尾が頷いたところで、血相を変えた狐面たちが、ぞろぞろとやってきた。


「大天狗さま!申し訳ありません…こうなることを懸念し鎖で繋いでいたのですが…」

「長に対して随分ひどい扱いだな」

鎖は数日はもったらしい。というか、衝撃のあまり無気力になった間だけは、おとなしく鎖に巻かれていただけのことだ。

「ちょうど良かった。お前たちも協力を」

そうして、先ほど九尾に伝えたのと同じ話と、あくまで末姫と鬼が無事夫婦になるため善きにはからうよう、と念を押す。ははあ、と狐面たちは驚いたような顔もしたが、それで自分たちの長が引き下がるなら、従う以外の理由はない。

しおしおと自分たちの山へ帰っていく狐たち一行を見届け、大天狗は大きくのびをした。


「やれやれ、九尾にも困ったものだなあ」

「困った人は父さんの方でしょう。なんですかあの提案」

いやあ、鬼がどうでるか、俺も見たくてな、とにやにやしながら言う父親を天狗は見る。

「父さんて、案外食わせものですよね」

「まあ俺もそこそこ長く生きてるからな」

のんびり答える大天狗を見ながら、烏天狗は、一連の出来事と、この話の結論を反芻していた。

「では、婚儀で鬼に別の女をあてがい、鬼に浮わついた気色が見られたら直ぐ様婚姻を解消…と?」

「そういうことだ」

えー!確かに!

九尾様の気持ちもわからないではないですが!

姫の気持ちはどうなるんですか!と、烏天狗が天狗親子に詰めよっていると、あれ、大天狗様いたの?と言いながら、鬼がのんびりと戻ってきた。

全身ずぶ濡れである。


「なんかよ、水浴びしたあと川原で昼寝してたら、空は明るいのにいきなり土砂降りになったみたいでさ。起きたら着物まで川に浸かったみたいになってて」

川まではかなり距離があるが、雨は案外広範囲に及んだらしい

…しかし土砂降りとわかっていながら寝ていたのか。

一同の呆れ顔をよそに、鬼はすっきりした表情だ。

「なんだかひどい天気雨みたいだったな。ほら、大天狗様が昔教えてくれた、狐の嫁入りってやつ」

当たりだろ?と鬼は言う。子供みたいに得意気な表情だ。


天狗たちは顔を見合わせる。

場が、どっと沸いた。


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