七話
村へ向かう途中、フローラは思い出したように神人に告げた。
「ああ、そうだ。神人、お前村に入ったら、二人きりになるまでは絶対に喋るな」
突然の指示に、え?と顔を顰める神人。
それもそうだろう。
村にいる時間や、街にいる時間を考えれば、かなりの時間口を閉じていなければいけないことになる。
「まあ、そんな怪訝な顔をするな。吾輩とて、好きでそう言ってるわけじゃない」
「じゃあ、一体どういうつもりなんだ?」
「まず第一に、目立ちすぎる。これだと、奴らに感づかれやすくなるからな。お前の服装は、まあ見たところ、ちょっと高めの服くらいにしか見えないから、そこはあまり関係ないが」
なるほど。
確かに、異言語を話す男とどこかの娘が自分のことを嗅ぎ回っているらしい、なんて噂を聞けば、どこの誰かだなんて、すぐにわかるはずだろう。
「でも、それなら敢えておびき寄せる的な意味ですればいいんじゃないのか?」
神人はそう一応提案してみるが、彼女はえ、こいつ何言ってんの?みたいなジト目でこちらを見上げてきた。
「そんなことしたら、捕まえる前にこっちが殺されるだろ?本命は吾輩の両親かもしれないんだ。なら、それを助けるべく嗅ぎ回ろうとする犬なんて、排除したほうが都合がいいだろ?」
「あ、そっか」
しかしこの少女。
十二歳とは思えない思考回路だ。
さすが、自分で天才と呼ぶには稚拙な頭脳の持ち主と言ったことだけはある。
神人は、よくそこまで考えられたなと感心していた。
そんな呆け面を見せる彼に、それにとフローラは続ける。
「それに、体験でもわかったと思うが、一瞬でお前が異世界人であることもバレてしまう。それは非常に面倒だ」
「なるほど」
その話を聞いて、多分昔にも、日本からここに飛ばされてきた奴がいたんだろうなと推測する神人。
ちなみにその推測は当たりである。
この国の文明がここまで進歩したのも、その異世界人のお陰ということあってのものだからだ。
当然、また異世界人を見つければ、また同じように新しい知識や技術を伝承してくれるに違いないとか考える。
そうなるとまた人攫いに会うわけだ。
それは非常に面倒なことである。ロスタイムも甚だしいところだ。
「会話は吾輩に任せておけばいい。何、宿についたら、レッスンをつけてやる」
フローラはそう言うと、グーっと伸びをした。
村につくと、村を警護していたのだろう兵士が、慌てた様子でこちらへと走り寄ってきた。
《ど、どうなされたのですか、フローラ嬢ぉ!?》
「3日ほど前に盗賊に襲われてな……。両親が攫われたのだが、何か聞いていないか?」
《まだそういった情報は、こちらには流れていませんねぇ……。上に掛け合って、調査を依頼してみます。お疲れでしょうから、これから宿を用意しましょう》
「ありがとう」
兵士はそう告げると、二人を引き連れて、簡易な造りの宿へと足を向けた。
村は、街を取り囲むようにして、点々と展開されていた。
主に木でできた建物が多いが、中には石でできたそれなりに高い建造物も見える。
文明のレベルの割には、造りが安いように見えた。
街の周囲を覆っている巨大な城壁は、近くで見るとかなりの高さを有しているように見えた。
推定、二十五メートルほどだろうか?
村にはまだ電線は引かれていないようだ。
確か、日本に電気がそこら中で使えるようになったのって、もう少し後くらいだったような気がする。
《そういえば、先程から気になっていたのですが、その男とはどういったご関係で?》
「こいつはただの護衛だ。気にするな」
兵士の疑問にそう即答して、目的地へと足を早めるフローラ。
神人はと言うと、フローラの応答から、兵士のセリフを予測しながら、いち早くこの言語を理解できるようになろうと耳を傾けている。
勉強熱心なことだ。
《へぇ、護衛ですか……。にしては、若くありません?》
気にするな、という彼女のその言葉を無視して、兵士は少女に問いかける。
その目にはどこか、探りを入れるような、そんな雰囲気が感じ取れた。
フローラはそれに気がついていないのか、顎に指を当てるとボソリと呟いた。
「ふむ、それならちょうどいい。神人、お前の腕がどれほどか見てみたい。兵士さん、いいかな?」
「!?」
いきなり声を掛けられて、思わず言葉を発しそうになったが、間一髪抑えることに成功する神人。まあ、目に見えて動揺の色が浮かんでいるのは、妥協するしかない。
《いいですよ。こう見えて自分、結構強いですんでねぇ》
しかし。
兵士はでもと続けて、目の前にある建物を指し示しながらこう続けた。
《先ずはそのお召し物をどうにかしましょう》
その建物の中は、色とりどりの反物が備えられていた。どうやらこの店は呉服屋だったらしい。
「呉服屋か……。だが、吾輩たちにはお金なんて一銭もないぞ?」
目を輝かせながら店内を見渡すがしばらくすると、今は無一文であることを思い出し、その兵士に告げる。
《それは問題ありません。自分が支払いますから》
「それは嬉しい!神人、行くぞ!」
彼の言葉を聞いて、先程までの少し張り詰めた印象からうってかわって、年相応の笑顔で店の奥へと早足で駆けて行った。
「どうだ神人、似合うか?」
試着室で着付けしてもらったフローラが、少し頬を赤く染めながら聞いてきた。
黒を基調にした、白い花の模様が描かれた和装である。
これもおそらく、以前ここに来たと思われる日本人が広めたものなのだろう。
「………」
うん、似合う似合う。そう言いかけて、神人はさっと自分の口を手で覆った。
危ない。危うく声を出すところだった。
慌てて口に手を当てる神人の仕草を見て、思い出したかのようにフローラはあ、と呟く。
(そうか。このままじゃ不便だな……。何かいい方法は無いか……)
慌てて首を縦に振る神人のその仕草に、笑いがこみ上げてくる。
(後で考えておくことにしよう。今は我慢だ)
「そうか。じゃあこれにしよう」
フローラはそう告げると、兵士に会計を頼みに行った。
それから場所を移して、三人は冒険者ギルド付属の訓練施設にやってきていた。
そこは、円形闘技場のような造りになっていて、あちこちで冒険者と思しき人たちが、木の剣や刃を潰した武器を手に、訓練を行っていた。中には、魔法を使っている者もチラホラといる。
(あれが冒険者か……。やっぱりいるんだな、そういうの)
そういえば森を抜ける途中、フローラが冒険者というワードを口遊んでいたような気がする。
「どうかしたか、神人?」
得物を借りに向かった兵士を見送りながら、フローラがそう尋ねてきた。
「いや、やっぱり異世界に来たんだな〜と思ってさ」
「何を今更」
「いや、そうだけど異世界だぞ、異世界。なかなか来れるものじゃないっての」
なかなか来れるものじゃないというレベルの話ではないが、敢えてそこは指摘しないフローラ。
興奮未だ冷め遣らず、と言った風にはしゃぐ彼を見上げて、あそと呆れたように肩をすくめる。
「そういえば、神人は何か得意な武器ってあるのか?」
「そうだな。刀があればいいんだけど、剣でもそこそこ扱えるよ。反りがあるものなら尚良し」
思い出したように訊いてくるフローラに、神人はそう答える。
「刀?」
「後で説明してあげるよ」
和服は伝わってるのに、刀は伝わっていないのか。不思議だ。いや、それとももしかしたら、刀はマイナーな武器なのかもしれない。
そんな会話を繰り広げていると、剣を二本抱えて、先程の兵士が戻ってきた。
どちらも木製の物だ。
《君、得物は剣でよかったかな?》
木剣を差し出しながら尋ねてくる兵士に、神人は首肯を返した。
言葉は分からないが、言っている内容はなんとなく理解できる。
兵士の男はニコリではなく、ニヤリとニヒルな笑みを浮かべると、そうかそうかと頷いて、神人にそれを握らせた。
「試合は一本勝負でいいか?」
《いいですよ》
フローラがそう提案すると、彼はにこやかに(?)笑ってみせた。
二人は距離を取ると、兵士は剣を抜いてこちらに体を向けた。
この世界には、どうやら試合前の礼という習慣はないようである。
神人はそれに若干戸惑いつつも、彼に倣って剣を向ける。
「両者構えて――」
フローラの合図で、神人は木剣を中段に構えて片手に持ち、極限的な程に半身で構えた。
対して、兵士の構えは、面と胴がガラ空きの構えである。どうやら彼も片手剣らしい。
神人は彼の構えから、次に出す確率の最も高い技を判断して、微妙に剣の線をずらした。
「――始め!」