表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物剣士と魔術師のフローラ  作者: 記角麒麟
第一章 魔術師と護衛
7/13

六話

 それは、ある日の夜の事だった。

 フローラ・ヘヴン宅に、誘拐犯が強襲を仕掛けてきた。

 相手は複数。

 手慣れた動きをしていたことから、常習犯だと彼女らは確信していた。


 男達はフローラを攫い、両親から彼女を引き剥がしたという。


 フローラ・ヘヴンの父親は天才的な発明家であった。一方で彼女の母親も、天才的な学者であった。彼女はその血を受け継いだのだろう。フローラ・ヘヴンは天才だった。――いや、天才と呼ぶには稚拙だった。


 わずか齢十歳の頃、彼女はとある、魔術理論研究家たちが集うコンペティションに参加し、魔法という世界に新しい概念を与えた。

 それが、魔法マジック(Magic)と魔術マギック(Magick)の言葉の概念が別れたきっかけとなった。


 フローラが人攫いに捕まり、連れてこられたのは、とある山小屋だった。

 最近配電設備が整ってきたばかりのためか、まだその場所までは電線が引かれてはいなかった。

 ランタンの淡い光に呼ばれて、パタパタと舞う蛾等の羽虫の姿を、彼女は恐怖と共に鮮明に記憶している。


 その後、誘拐グループはその小屋の地下に作られた、シェルターのような場所へ連れて行かれた。

 どうやら、周囲の人たちの話を聞く限り、どこかの誰かに、私を攫ってほしいと頼まれたようだ。曰く、明後日の夜に迎えをよこすだそう。


(逃げるなら、今の内しかない)


 幸い、彼女は魔術を使用するための仕掛けを所持していた。

 これは、彼女が組み立てた論文を参考に、父親と母親が協力して造りあげたものだ。


 疑似精霊回廊と呼ばれる霊的な不可視な回廊を通して、所有者のロゴスを思考と共に読み込ませる。

 それは言わば、人工の物質的な精霊であった。


 フローラは服に忍ばせた人工精霊にロゴスを流した。


 結果的に、作戦は巧く行った。

 誰にも気づかれずに、私はその場を駆け抜けたのだ。


 恐怖と不安で、胸がいっぱいだった。

 張り裂けそうな心臓の鼓動が鼓膜を打って、ゼェゼェと息を弾ませながら、少女は森を駆け抜けた。


 ――が。

 少女が屋敷へと帰ってくると、そこはもぬけの殻と化していたのだった。


 瞬間、彼女の中で、何かが弾けた。


(アイツらか……。あの下郎共か……)


 おそらく、狙いは初めから私一人ではなかったのだろう。

 いや、本命は私ではなく、両親の方だったのかもしれない。


 途端に、フローラの中にどす黒い何かが生まれた。

 それは、怒りと悲しみ。そしてそれを超えた殺意。


 彼女はボロボロの姿のまま、その場を抜けて、山小屋へと駆け出していった。


 それから、拷問が始まった。

 最初こそ躊躇いはしたが、最初の一線を超えてしまえば、案外易いものだった。


 しかし、結果は芳しくなかった。

 誰もが口を揃えて、知らないと答えるのだ。


 フローラは怒りのままに山小屋を昇華させると、その場を離れて街へ向かうのだった。


 街には沢山の人が出入りする。

 沢山の人が出入りするということは、それだけ情報が集まりやすい。

 フローラはそう検討をつけたのだった。


 そして、その街へ向かう途中。偶然にも、盗賊に絡まれている異世界人イリーゼ(Irese)に出会い、今に至る。


 出雲神人は、そんな彼女の事情を耳にすると、静かにそうだったのかと呟いた。


「そういう事なら、俺も協力するよ。いや、そうじゃないな。そうでなくても、俺はきっと君に協力しただろうし」


「それは助かる。吾輩、実はあまり他人ひとにこれを見られたくはないのだ」


 フローラはそう言うと、服の下に忍ばせたペンダントに手を重ねた。


「そうか。なら、俺は君の護衛役って事だな?」


「そういう事だよ、ナイトさん」


 そう言って、からかう様に微笑むフローラ。

 その笑顔には、どこか自分自身を励まそうとしているような、そんな暗い影も見て取れた。


 どうやらフローラは、作り笑いが苦手らしい。


 神人はそんな彼女の頭に、ポンポンと手を載せると、そっとその髪をなでた。

 ブロントの髪は、まるで絹のように滑らか……とはいかなかった。

 当たり前だ、あれから三日ほども水浴びをしていないのだから。オマケに森の中で野宿だ。

 綺麗なままでいられるはずがない。


「なら、まずはその服装をどうにかしないとな。どこか近くに、村とかあったりするのか?」


 何気なくそう尋ねてみると、フローラは驚いたような表情を見せた。


「お前、この世界の言葉わからないだろ?まぁ、通訳は吾輩がなんとかするが、それ以前にお金がないじゃないか。どうやって身支度を整えろと?」


 言われて、神人はハッと顔を強張らせる。


 言われるまで忘れていたが、ここは異世界。しかも、日本語がそのまま通じるというご都合主義的な世界ではないのだ。


 そこまで考えて、彼はさらに頭を悩ませた。


「ん?じゃあどうしてフローラは、日本語が話せているんだ?」


「ああ、それか」


 少女は一つ頷くと、服の上から、そのペンダントに触れた。


「これを使って、自動的に言語を翻訳しているんだよ。残念ながら、効果範囲は吾輩だけのものなんだがな」


 へぇ〜。

 魔術って便利だな……。


「だから、別に吾輩が日本語とやらを理解しているわけではないのだよ」


 そう言うと、彼女はふぅと息をついた。


「だがしかし、それもそうだな。この姿のままでは、街に通してはくれなさそうだ。神人、何か売れるものとか無いか?」


「売れるもの?」


 フローラの出した提案に、神人はそうだなと色々ポケットの中を物色し始めた。


「んー、あ。携帯のキーホルダー。これなんてどうだ?」


 そう言って取り出したのは、アルミ製の剣の形を模したキーホルダーだった。ちゃんと鞘から剣を抜くことができる作りになっていて、刃の部分はペーパーナイフになっているのだ。


「うん、それなら銀貨二枚くらいにはなるだろう」


 ……え?銀貨、二枚?


 神人は唖然と、そう告げるフローラの顔を眺めた。

 銀貨二枚というのが、どれほどの価値があるかわからないが、少なくともそれほど安い値段であるようには感じなかった。

 何せ、ただのガチャガチャで百円ほどの代物なのだ。

 まさか銀貨一枚がたったの五十円ぽっち、とはいかないはずだろう。


「ちなみに、貨幣の価値って、どんな感じなんだ?ほら、銅貨何枚で銀貨とか、普通一日に必要なお金とか、そういった諸々」


 すると、彼女は顎に人差し指を置いて、考える素振りを見せた。


「普通の会社員の月収は、だいたい銀貨五枚から六枚くらいだな。一ヶ月普通に過ごすなら、銀貨一枚か二枚は貯金できる。冒険者の平均収入は大銀貨一枚から二枚。ニュービーの冒険者なら、大銅貨三枚くらいかな」


 フローラ曰く、貨幣の価値は十進数で統一らしく、銅貨十枚で大銅貨一枚。大銅貨十枚で銀貨一枚らしい。

 銅貨より価値の低い鉄銭も存在するが、これは量が多く、細かいのであまり使われないらしい。ちなみに、鉄銭は百枚で銅貨一枚になるらしい。


(ということは、鉄銭一枚が一円位か。銅貨一枚百円だとしたら、銀貨一枚は……一万円!?てことは、このキーホルダーこの世界じゃ二万円相当てことか!?)


 いや、ありえないだろ。

 彼女の説明から察するあたり、この世界の文明レベルは明治初期くらいだろう。

 なら、これくらいの技術はあってもいいと思うんだが……。


「ペーパーナイフは高いんだよ。この国だと、そのペーパーナイフを所有しているのは大方貴族くらいだからな。そりゃ、その分値段も高くなる」


 よくわかったような、わからないような。

 そんな事を思いながら歩いていると、ようやく二人は森を抜けた。


「おぉ……」


 思わず、息が漏れる。


 ザーッと強い風が吹いて、森の木の葉が舞った。


 森の外に広がる、広大な平原。

 その向こうに見える、巨大な防壁。そして、その手前に広がる、簡易的な村。


 神人はブレザーのポケットから携帯端末を取り出すと、思わず写真を撮った。


 幻想的なその風景は、普段写真を撮らない彼でさえ、残しておきたいと思うほどの絶景だった。


「やっぱり、凄いか?」


「ああ。こんなの、初めて見たよ」


「そうか。喜んでくれて何よりだ。さて、ここからあそこまで、徒歩で一時間くらいだ。早く行って、服とか諸々の支度を整えよう」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ