三話
夕日が西に沈む空を見上げながら、フローラ・ヘヴンは、背負っていた鞄からカーペットの切れ端を広げ、地面に敷いた。
「吾輩、あれから結構歩いたなぁ……」
少女はカーペットに腰を下ろすと、ススだらけの手を、汚れたドレスで拭った。
傷は魔法で消毒して癒やした。
残念ながら、彼女は自分の魔法で服や体をきれいにできなかったので、ボロボロなその姿は相変わらずであった。
ギュルルルル、と、可愛らしくない音が、胃袋から告げられる。
「お腹、空いたなぁ……」
フローラは胸元のペンダントを取り出すと、両手で握って、額の前に翳すように持ち上げた。
『Wolter,qulich ye surowth』
《水よ、我が喉を潤せ》
呪文を唱えると、そのペンダントは光り輝き、たちまちに枯れそうになっていた喉に潤いを与えた。
「はぁ……」
彼女はため息をつくと、鞄からもう一枚布を取り出して、眠る準備を整えた。
(不味い。これは、非常に不味い!)
神人は今、数人のサーベルを持った謎の集団に包囲されていた。
この状況だ。
もしかすると、彼らは噂に聞く食人族なのかもしれない。
ていうか、ここ日本じゃねえの?え、違うの?
変に思考回路が麻痺して、正しく判断できない自分に、愚痴を吐きたい気分だ。
すると、ある一人が、サーベルをこちらに向けて、何やら話しかけてきた。
「Feliy to gradde!U ar'll changi to whc item tameno show!Haha!」
《光栄に思いな!お前はこれから俺達の商売道具になるんだ!ハッハー!》
何故か異常なテンションで早口でまくし立てる男に、本能的な恐怖を感じる神人。
体が拘束されて、身動きが取れない事が、さらに恐怖を煽っている様である。
彼の言葉を切っ掛けに、二人の男が動いた。
どうやら彼を持ち上げて、どこかへと運ぶようである。
商売道具になる、ということは、おそらくフリークショーに並べる珍獣のような扱いをする、ということなのだろう。だがしかし、そのことに彼は気がついていない。
(ヤバイ!このまま連れて行かれたら、解体されて肉にされる!!)
神人はそう判断すると、担ぎ上げようとした二人の男に、必死に抗う事にした。
ジタバタとあばれて、相手から必死に逃れようとする。
「誰か!誰か助けてくれ!」
そう叫ぶも、近くには誰の気配もない。
くっそ!こうなったらちょっと痛いかもしれないけど、全身バラされるよりマシだ!
神人は力を振り絞ると、彼らの肩の上で態勢を巧いように立て直し、彼らの持っていたサーベルの刃を、足を縛り付けるロープに引っ掛けて、勢いに任せて押し切る。
サーベルは刃が脆いのか、一発では上手には縄は解けなかった。
だが、それでいい。
神人はテコの原理を使って、サーベルを中空へ投げると、その柄を口で掴み、近くにいた男に斬りつけた。
しかし、それが当たるはずもなく、顎の力が足りずに、その剣は地面に転がっていった。
その隙きに、自力でロープを引きちぎる。
股関節がこむら返りそうになったけど、ならなかったからとりあえず無視。
取り押さえようと向かってくる盗賊に向かって、神人は蹴りと頭突きとタックルで対応する。
暫くそんな攻防戦が続いたが、いかんせん、敵の数が多い。
いくら剣術で鍛えていると言っても、体力には限界が来る。
てか、この人たちまだ一切息を荒げてないぞ!?
それに、体力の消耗が、いつもより激しいように感じる。
腕を縛られているからか?地面がぬかるんでいるからか?
そんなことを考える余裕もなく、神人は彼らを振りほどくのに必死になっていた。
と、その時だった。
「Ich ist hiar to syau……jeez」
《騒音が聞こえてくると思ったら……まったく》
そんな台詞と共に木の影から現れたのは、ボロボロの絹のドレスを身に纏った、金髪の少女だった。
(子供……?)
胸元には赤いペンダントがついたネックレスを下げており、その青い瞳と甘い声には、明確な殺意が込められている。
神人は、そんな異様な彼女を見ると、薄っすらとその周りを包むオーラのようなものに気がついた。
「Ich can omit reever to u satti」
《探す手間が省けたよ》