二話
「そうだ、神人くん。夕飯何がいいかな?」
川の見える歩道を二人で並んで歩きながらの登校中。ふと、思い出したように神奈はそう尋ねた。
「んー、別になんでもいいよ」
「それが困るんだよ。いいから何か考えてよ?」
ムスー、と頬を膨らませて意思表示をする神奈。神人はそんな彼女に苦笑いを浮かべながら、横断歩道の手前で立ち止まる。
赤に変わった信号を眺めながら、神人は顎に指を置いた。
「そうだなぁ。じゃあ――」
と、その時だった。
――にゃー!
猫の鳴き声が、直接脳内に語りかけてくるような、そんな声が聞こえた。
「……?」
「どうかしたの?」
「いや、ちょっと」
神人はそう言うと、周囲をぐるりと見回した。
――にゃー!
「まただ。神奈、ちょっと荷物持ってて!」
「またって、何が……って、神人くん!?」
神人は神奈に荷物を預けると、引き寄せられるように川へと駆け出した。
するとそこには、必死に波に抗って、岸へと辿り着こうと藻掻いている仔猫の姿があった。
「ごめん、病院かどこか電話して!」
神人はそう叫ぶと、我構わずと川の中に身を投げた。
水深がそれなりに深かったことが幸いして、幸運にも川が浅くて落下死、という風にはならなかった。
「今助けてやるからな!」
神奈はそんな彼の様子を確かめると、すぐさまブレザーのポケットから携帯端末を取り出して、動物病院の番号を検索にかけた。
神人が川の上流に落ち、仔猫が下流にいた事が不幸中の幸いか。神人はそれほど時間をかけずに猫を川から引き上げることに成功した。
しかし、その瞬間。
神人の姿が、まるでその仔猫に吸い込まれるようにして、その場から消え失せた。
「……え?」
気がつくと彼は、見知らぬ森の中に放り出されていた。
「ここは……」
神人は、ガンガンと痛む頭に手を当てようとして、自分が縄で拘束されていることに気がつく。
(一体、何がどうなってるんだ?)
神人は、最近の記憶を脳内でリプレイを試みる。
(そうだ、確か川で溺れてる仔猫を手助けようとして、川に飛び込んだんだ。そして、それから……えーっと、どうなったんだっけ?)
彼は思い出そうとする度に疼く頭に手が届かないジレンマを堪えながら、うぅと呻いた。
暫くすると、松明を手にした小太りなおっさんがこちらへと歩いてきた。
やけにファンタジックでボロくダサい服を着ていて、頭には緑のバンダナが巻かれている。
「Ah? Hoo ar u? Und,Hwara ar u hir?」
《あ?お前誰だ?てか、何でここに荷物があるんだ?》
何語だろう?
何言ってるかさっぱりわかんねぇ。
「あ、あの!誰か知らないけど、助けてくれませんか?」
たぶん、言語は伝わらないだろうが、この状況だ。
おそらく助けを求めていることくらいはわかるはずだ。
そんな願いを込めて、神人は一か八か、その目の前の男に話しかけた。
すると彼は怪訝そうな顔をすると、こちらへやって来て、目の前で屈んだ。
「Hm? U ar Irese,right?」
《はっは〜ん?さてはお前、異世界人だな?》
値踏みするかのようにそう見つめて、ハッハッハと笑う男。
そして、何を思ったのか。神人も彼に合わせて、ハッハッハと愛想笑いを返してみる。
小太りな男は、ニヤニヤ笑いを浮かべると何事か呟いて、歩いてきた方向に向かって呼びかけた。
「Oi!Ich satti torege!」
《おーい!お宝見つけたぞ!》
すると、向こうの森の中から、複数の足音がこちらへと響いてきた。
(助けを呼んでくれたのだろうか?ラッキー!)
しかし、そんな思いもつかの間。彼らの姿を見た神人は、冷や汗を大量に流すこととなった。
やってきたのは、数名の男。
全員、抜き身のサーベルを所持している。
あ……。これ、完全に終わった。
神人はこの時、もう、自分に生き残る術なんて無いと確信した。