12/19(月)
流石に疲れていた。
今日の主戦場は吹きさらしの3階。建築中の建物なのだから壁がないのも当然ではあるのだが。
季節にしては暖かい気温のせいでひどく汗をかき、夏場の仕事を思い出す。それは地獄のような暑さだった。硬化するコンクリートが発する熱、言わずもがな気温、そして労働自体の過酷さ。その季節になると連日舐めている塩飴の味を思い出した頃、今日の仕事は終わりを迎えた。
相変わらず荒い運転の車に揺られていた。運転席の高野には雑談の折もう少しゆっくり走れなどと言ったのだが、完全に無かった事にされているようだ。
もう年寄り臭い説教はやめよう、などと考えながら目を閉じた。自分が運転するとは言わない訳であり、あまり文句を言うべきではないだろう。
いつものように閉じられた暗い視界。やはりいつものように流れるラジオ。別に興味もなかったが、流れる曲の歌詞に思わず目を開いた。
一人きりで歌う歌は……その後は聞き取れず、その歌詞さえも不確かなその言葉。
それになぞるのならば、俺が喚き散らす歌は場所は違えど、一人で歌っていることなどない。
こことは違う空を眺め、それが和音を奏でることはなくとも、きっと彼女も同じ音を奏でている筈だ。
揺れる車の中、ため息をつきながら再び目を閉じた。
頭を下げる俺の目の前で、いつもよりも派手にタイヤを鳴らしながら車が走り去る。文句を言われたのを忘れた訳ではないらしい。
「子供かよ……」
独り言を言いながら幹線道路に背を向け、家へと歩き始める。
「あー。疲れた」
コンビニを出ながら再び口をつく独り言。
土曜の夜から日曜にかけて、少し遠出しすぎたかもしれない。あの程度の距離はままある事なのだが、現地で歩き回り過ぎてしまった。
箱根峠を経由し、富士山の周辺。以前そういった雰囲気を感じた場所を辿る道のり。未だ諦めきれない気持ちがあるのは事実だった。
結局何がある訳でもなく、趣味はツーリングです、という自己紹介ができそうな行動を済ませ、ただ疲れただけの短い休みを終えた。
かつて倒れていた公園の前の家に戻り、いつものルーチンワークを済ませた22時頃。
久々にPCを起動し、検索をはじめた。
別世界。転移。世界線。研究者の名前。検索結果の文字の大半が紫色に反転している。ここ数年で調べ着いたのは、極端な高電圧アークの中に異次元らしきものがある、程度の事だった。これじゃ黒焦げだ、などと考えながら焦げどころか根元まで灰になった煙草を灰皿に押し付ける。
仮にどこかへ移る方法が発見されていたとして、少なくとも自分のような訳の分からない人間がそこに関わる事など出来はしないだろう。
自分が異世界から帰って来たものだ、などと説明すればもしかしたら何か向こうからコンタクトがあるかもしれない。そんな事を考えた事もあったが、各所に送ったEメールはその悉くに返信などなかった。
そりゃあそうだろう。
異世界で魔王と戦い、倒してきた。現地の恋人の元へ戻りたいので協力して欲しい。
……狂人の書く文章だ。
溜息をつきながら布団へと潜り込む。
アラームの確認の為、一度携帯電話を開いた。簡単なスケジュール機能の中、12月26日に仕事納め、という記載がある。今年は少し早いその日程に再び溜息をついた。奇しくも、それはかつて俺がこの世界に戻った日付だ。
仕事納め、というのは間違っていないだろう。これが仕事というのかは定かではないが。